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魂灯《カンテラ》職人セルリックが照らす想起《もの》  作者: しょぼん(´・ω・`)
第一章:魂灯《カンテラ》職人としての初仕事
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第十九話:原石の加工

 まずは魔光石(マナライト)から捌こう。

 左手にある布を順番にめくり、その内のひとつから出てきた魔光石(マナライト)を手に取ると、そのまま土台代わりの粘土の上に置く。


 原石ながら、宝珠灯(ランタン)の光できらりと輝きを見せる魔光石(マナライト)

 原石の収集家は未加工での輝きなんかも重視する、なんて師匠から聞いたことがあるけど。確かに、この状態でも十分魅力的だ。


 ちなみに魔光石(マナライト)の切り出しについては、難易度はそこまで高くない。

 さっきダルバさんが原石をあっさり割って見せてくれたけど、元々魔光石(マナライト)はああやって力を掛けると、その方向にスパッと割れる性質がある。

 だから、平刃の当てる角度さえ間違えなければ、ある程度の大きさまで削ぎ落とすのは簡単なんだ。


 そういや。リオーネはこういう作業も見ておきたいんだろうか?

 レトに行く間に聞いた話じゃ、装飾の学校でこういった加工技術も学んでいたって聞いていたし、そこは気にしなくてもいいか?

 うーん……まあ、原石はそれぞれふたつずつあるし、まずはそれぞれひとつずつ順番に捌きながら、彼女が戻ってきたら聞いてみよう。


 改めて魔光石(マナライト)の原石と向き合った俺は、左手に彫刻刀を、右手にハンマーを手にすると、原石の上側やや左寄りに刃を添える。

 そして、コツンと彫刻刀の持ち手の底を叩くと、ダルバさんがやったとき同様に、刃の下にスパッと真っ直ぐな亀裂が出来た。


 ハンマーを脇に置き、面積の小さい方の原石を持ち上げると、ちゃんとそっちだけが持ち上がり、ほぼ垂直のまっ平らな断面を晒す。

 うん。上出来。あとはコツコツ地道な作業を熟すか。


 俺は時折魔光石(マナライト)の向きを変えながら、今の動作を何度も繰り返す。

 割れる度に聞こえるパキッという乾いた音。

 小さい頃はこの音と簡単に割れる感覚が好きで、師匠に魔光石(マナライト)の端材をねだって、よく割って遊んでたっけ。


  ──「まったく。加工前の魔光石(マナライト)にまで手を出すんじゃないよ」


 当時、あまりに夢中になって魔光石(マナライト)の破片を割っていた俺を見て、呆れながらも笑ってくれたあの人。

 師匠である以上に、育ての親である彼女が笑ってくれるのは、理由はどうあれ本当に嬉しかったな。


 最近見なくなった笑顔に少し恋しくなりながらも、手を止めず作業を進めていくと、ものの十分もせずに原石を調光珠(ディミング)として使うサイズまで切り落とした。


 一度粘土から剥がし、想定しない亀裂が入ってないかを近くの宝珠灯(ランタン)にかざしながら確認……うん。問題ないな。

 さて、次は問題の光吸石(インヘールライト)に移るか。


 下の布に切り出した魔光石(マナライト)を戻し、机の下から小箱を机に上げると、手に取れる端材はその中に移す。

 細かな破片が残った粘土は、そのまま一旦練り直し、再び土台として使うべく平たくする。


 実の所、細かな破片の残った粘土の使い回しは、次に切り出す原石を傷つける可能性がある。

 ただ、傷がついても研磨前の物。だから、そういった要素も想定し少し大きめに切り出すのが基本になっている。

 しかも、次に切り出すのは魔光石(マナライト)より硬い光吸石(インヘールライト)。それもあって、今回はそのまま使っても問題ない。

 

 平たくした粘土に、光吸石(インヘールライト)の原石を置く。

 透明度のない漆黒の鉱石。何気に加工に関してはこっちのほうが大変だし、結構時間を掛ける必要がある。まずは慌てずゆっくり進めよう。

 手に取ったのは、さっきと同じ形の平刀ながら、薄っすら青白い光を帯びた純白の刃の彫刻刀。これは鉄鋼よりも硬いガルドラ鋼を使った物で、切れ味が普通のものより断然にいい。


 これを魔光石(マナライト)に使えば、優しく叩いてもあっさり砕け散る。

 だけど光吸石(インヘールライト)はこれくらいの物を用意しないと、まともに削るのも一苦労。宝珠灯(ランタン)制作の中でも、重労働な作業のひとつだ。


 刃を原石の端に当て、強く彫刻刀の底をハンマーで叩く。

 すると、魔光石(マナライト)の時には感じなかった抵抗感とみしっという音と共に、少しだけ刃が刺さった。

 ふぅ。やっぱり硬いな。とはいえ力任せに打ち込めば、光吸石(インヘールライト)も変な形に削れたり、最悪砕けたりだってする。


  ──「いいかい? 急ぐ事は悪いことじゃない。だけど、()いた結果ミスを犯せば、結局仕事はより遅くなる。だからこそ慌てない。これを忘れるんじゃないよ」


 そう。師匠の教え通り、時間を掛けて、慌てずに……。

 作業に集中しながら、俺は強くハンマーを振り、少しずつ原石に刃を深く刺していき。ハンマーを振り下ろす回数が二桁に届きそうになった時、やっと乾いた音に合わせて薄い石に分かれてくれた。


 よし。次だ。

 一旦光吸石(インヘールライト)を粘土から外し、残っていた大きな破片を除くと、角度を変え光吸珠(アブソープション)に使う方の原石を置き直し、再び彫刻刀とハンマーで少しずつ削り始めた。


 カンッというハンマーで彫刻刀の底を叩く音。

 ミシッという原石に亀裂が入る音。

 近くの宝珠灯(ランタン)の揺らぎに合わせ、机の上の影が少し揺らぐ。

 ふと、頭の中に浮かんだのは、同じ作業をしていた師匠の真剣な姿。


 いつか師匠みたいになりたい。

 いつかあの人に褒めてもらいたい。


 小さい頃から師匠の姿を見てきたからこその憧れ。

 想いを重ねながら、落ち着いて、ゆっくり、しっかりハンマーを叩き、少しずつ原石を切り出していく。


  パキン


 何度目かの光吸石(インヘールライト)が割れる音。

 使う方の原石を手に取り亀裂の確認……うん。大丈夫。

 さて。まだ大きめではあるけど、そろそろ形に合うように削っていくか。


「ふぅ」


 額にうっすら滲んだ汗をクロークの袖で拭い、大きく息を吐いた瞬間。


「凄いですね……」


 突然、聞き覚えのある声が耳に届いた。


 この声は、リオーネか?

 はっとして顔を上げると、そこには長い栗毛色の髪を後ろで束ねた、ちょっと印象の違うリオーネが立っていた。


「……ふふっ」


 しかも俺の顔を見た途端、神妙な顔から一変。小さく吹き出す。

 え? どういうことだ?


「えっと、何か?」


 彼女がいつの間にかここにいて、しかも急に笑い出すという予想外の展開が立て続きにあったせいで、唖然としながら変な言葉を返してしまう。

 すると、リオーネは微笑みながら俺にこう言ってきた。


「い、いえ。ごめんなさい。セルリックさんの顔の汚れが酷くって、それで」

「顔の汚れ?」


 ……あ。

 近くの壁に掛けてあった鏡を見ると、確かに頬や額に黒い(すす)汚れがあった。咄嗟にクロークの袖を見ると、そこにも(すす)の付いた跡がある。


 あ、しまった。

 昨日トルネおばさんの宝珠灯(ランタン)を整備した時に、いつの間にか付いてたのか。全然気づかなかった。

 穴があったら入りたい。そんな恥ずかしい気持ちになり、ごまかすように頭を掻く。


「セルリックさん。どこかに新しいタオルか何かはありませんか?」

「あ、はい。そっちの棚の引き出しに」

「わかりました。お借りしますね」


 言われるがまま、作業机の正面。壁に備え付けられた棚を指差すと、リオーネが棚の引き出しを開け、きれいなタオルを手にしこっちに戻ってきた。

 ちなみにこのタオル、柔らかな生地に魔術(マナスペル)吸着(ソープション)付与(エンチャント)を施したという師匠お手製の魔道具(マナアイテム)。油なんかも落とせて、かなり重宝して──。


「ちょっと失礼しますね」

「……え?」


 机を回り込み入口側の脇に立った彼女は、俺の言葉を気にも留めず、そのまま前屈みになるとタオルで俺の顔を拭き始めた。

 って、どうして!?


「ちょ!? リオーネさん」

「じっとしててください」


 リオーネさんは顔を間近に近づけたまま、真剣な表情で俺の額や頬をタオルで拭っていく。

 耳に届く彼女の呼吸。整った顔立ちに澄んだ瞳。

 相手は客だし意識しないようにしてきたけど、やっぱり彼女には可憐さがある。そんなリオーネの顔がすぐ目の前にあるという現実が、俺の胸の鼓動を強くした。


 こ、このままじゃ駄目な気がする。だけど、彼女の厚意を無にするのも……。

 困惑する思考と緊張で、まるで静止(フリーズ)魔術(マナスペル)にでもかかったかのように、椅子から動けなくなっていた。

 熱に浮かされるように感じるのは、多分顔が真っ赤になっているから。そのせいで、タオルの肌触りなんてさっぱりわからない。

 間近にあるリオーネの顔から目を逸らせず、呆然としたままなすがままにされていると、暫くしてせわしなく動いていたタオルの動きが止まった。


「これで大丈夫です」


 一息()いた彼女の微笑みにまた胸がドキッとする。

 な、なんかわからないけど、流石にこれはやばい。


「あ、えっと。ありがとうございます」

「いえ。こんな事しかできませんけど、お役に立てたなら良かったです。今後は気をつけてくださいね」


 思わず視線を泳がせ頬を掻いた俺を見て、またクスッと笑う彼女。

 ほんと。リセッタと同い年の子を相手に、ここまでドキドキさせられてどうする。毎回こんな事をされたら理性と身が持たない。

 こういう世話を焼かれないように、本気で気をつけないと……。

 俺は苦笑いしながらリオーネに「はい」と口にしたはずだったんだけど。


「リ、リオーネさん!?」


 その返事は、彼女の背後から聞こえた驚きの声にかき消された。って、この声はリセッタか?

 おいおい。まだ昼過ぎだろ。なんでもうここに来てるんだ?

 背もたれに体を大きくもたれかけ、声に反応し振り返ったリオーネの脇から入口を覗き見ると、確かにそこにはリセッタが立っていた。とても驚いた顔で。

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