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魂灯《カンテラ》職人セルリックが照らす想起《もの》  作者: しょぼん(´・ω・`)
第一章:魂灯《カンテラ》職人としての初仕事
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第十七話:雨星《あまぼし》

「さて。リオーネさん。そろそろ行きましょうか」


 リオーネに向き直り声を掛けると、彼女は小さく微笑んでくる。


「わかりました。次はどこに行きますか?」

「市場に戻って、お昼と夜の食材などを買って帰りましょう」


 こっちの提案を聞いた瞬間、リオーネがふっと表情を引き締めるとこう言った。


「じゃあ、食材は私に選ばせてくれませんか?」

「え? どうしてですか?」

「セルリックさんにお仕事に集中してもらえるよう、食事は私が作ろうかなって」


 神妙な顔のリオーネの瞳には、真剣さが宿っている。

 まだ家のことを何も手伝っていないし、リセッタの頑張りを見て、自分も何か手伝わないとって、心に火がついたのかもしれない。


 正直、今でも居候だからって何かを手伝ってほしいとは思ってないし、食事は自分で作ろうかなって考えてたんだけど。申し出を無碍にばかりしてたら、きっと彼女も家に居づらくなるよな。


「わかりました。じゃあ行きましょうか」

「ちょ、ちょっと待って!」


 俺とリオーネが店の入口に戻ろうとした瞬間、リセッタが慌てた声をあげた。

 振り返り彼女を見ると、どこか慌てた顔をしてるけど。支払いも済ませたし、忘れ物もないはずだよな。


「どうしたんだ?」

「え、えっと。今晩も、夕食は私がが作って持って行くから」


 ……え?


「いや。今日は店番もあるんだし、リオーネさんの分も作らないといけなくなるだろ。わざわざ無理しなくても──」

「べ、別に二人分も三人分も変わらないもん。いいよね? お父さん」


 こっちの返事を遮り、どこかぎこちない感じで言い訳をしたリセッタがダルバさんを見る。娘を見た瞬間、彼は「がははっ!」なんて笑ったけど……。


「ま、しゃーねーな。今日は仕入れで出かける予定もないし。いいぜ」

「ありがと! ということで、リオーネさんはお昼だけ準備してね! 絶対だよ?」

「え? は、はい。わかり、ました」


 カウンター越しに、リセッタから圧のある笑顔を向けられ、リオーネは戸惑いながらもなんとか頷く。

 食事の準備ひとつで、こんな反応をみセル必要なんてあるのか?

 理由がわからず首を傾げたけど、理由を聞けそうな状況には感じない。

 ま、本人がいいならいいけども……。


「じゃあ、夕食まで仕事してるから。家の鍵が掛かってたら、工房に顔を出してくれ」

「わかった」

「それじゃダルバさん、失礼します。リセッタもまたな」

「おう。じゃあな」

「うん。またね!」


 急にやる気満々の笑顔に戻ったリセッタと、それを見てニヤニヤしているダルバさんの妙な反応に俺とリオーネは首を傾げつつも、そのまま店を後にした。


   § § § § §


 市場に戻り、リオーネさんの食材選びやちょっとした買い物に付き合った後、俺達はそのままレトの町を出て、家に帰るべく人気のまったくない昼の夜道を歩き出した。

 俺が食材などが入った布袋を両手で抱え、宝珠灯(ランタン)は彼女に持ってもらっている。


 朝方に見た 既に暁月(モーニングムーン)は既に南西にある山の向こうに隠れ、東の海から銀月(イブニングムーン)がほんの少しだけ顔を出し始めていた。

 ふたつの月が入れ替わるこの時間が、極夜地域のお昼前であり、最も星空が綺麗に見える時間でもある。


 町の賑やかな雰囲気を離れ、丘に向かう緩い街道を進む俺達を包んでいるのは、優しい虫の鳴き声や、穏やかな風が道沿いの草木を揺らす音のみ。

 時折一人で町に買い出しに行ったりするけど、この心地よい雰囲気もまた俺のお気に入りだ。


「すいません。ちょっと色々買い過ぎちゃって」

「大丈夫ですよ。師匠との買い出しでも、これくらい持たされますし」


 ここ半日でかなり見た申し訳無さそうなリオーネの表情に、俺も今日何度目かもわからない笑顔を返す。

 とはいえ、確かに予想外の買い物もあった。


 数日滞在するからと、思ったより多い食材を買っていたリオーネ。

 それ以外にも、紙袋や手のひらに乗るくらいの四角い堅木(かたぎ)の木片なんかも買っていた。

 今日は彼女の村の郷土料理を作ってみると言ってたけど、あれも料理に使うんだろうか?

 その事について聞いてみようかと思った矢先、隣から聞こえたのは、これまた何度目かのため息だった。


「ほんと。私って駄目ですね」

「どうしたんですか? 急に」

「いえ。後先考えずに魂灯(カンテラ)が欲しいなんて飛び出して。セルリックさんの善意で仕事から宿まで色々お世話になってるのに。それだけじゃなく、ずっと気遣ってもらっているのが、本当に申し訳なくって」


 横目で見ると、宝珠灯(ランタン)の淡い光に照らされたリオーネの表情に、曇りが見える。


「そんな事、気にしなくっていいいですよ」

「でも。さっきなんて、素人なのにお仕事にまで口出しまでしちゃいましたし……」


 まったく。

 彼女はすぐこうやって気落ちする。


「そりゃ、仕事を依頼した相手が素人まがいの行動をしたら、気にならないってほうが嘘になります。依頼主として自然な行動ですよ」

「だけど、私はセルリックさんに仕事を託したんです。職人に依頼した以上、後はおまかせして見守るべきなのに……」


 まだ一日も一緒にいたわけじゃないのに、自分がこの感じに慣れてきた事に思わず苦笑した。

 とはいえ、別に彼女をあざ笑ってるわけじゃない。ただ、ちょっと気落ちしすぎだって思っているだけだ。

 実際、さっきの選別の話だって本気で感謝してるんだから。


 ……せめて、笑ってもらいたい。

 感謝の代わりになるかはわからないけど。


「リオーネさん」


 俺が歩みを止め向き直ると、彼女も釣られてこっちを見る。


「ちょっとお願いがあるんですけど」

「は、はい。何でしょう?」

「一度、宝珠灯(ランタン)の火を消してもらえませんか?」

「え? どうしたんですか?」


 突然の申し出に、彼女がちょっと戸惑いを見せる。


「理由は後で説明しますんで。お願いできますか?」

「でも、こんなに暗いんですよ?」

「大丈夫ですよ。常に夜空ではありますが、今は昼ですから。紅月(レッドムーン)の出ていない昼の時間であれば、この辺りも安全です」

「そ、そうですか。わかりました」


 不安にさせないように柔らかな物腰で話すと、ゴクリと唾を飲み込んだ彼女が小さく頷く。


「それじゃ、消しますね」

「ええ」


 リオーネが恐る恐る、ゆっくりと宝珠灯(ランタン)に付いたつまみを回し、炎を小さくしていく。

 そして、最後まで回し切ると、炎はふっと消え、周囲が一気に暗くなった。


 星空とはいえ、月明かりもほぼないから、辺りは思った以上に暗い。

 リオーネの顔も、暗がりになった事で随分と見づらくなった。

 それでも時間が経てば目が少しずつ慣れていき、彼女の戸惑いの表情が読み取れるようになっていく。

 さて、そろそろ頃合いかな。


「あの……これが何か?」

「空を見上げてもらえますか?」

「え? あ、はい」


 俺の言葉に従い、リオーネが空を見上げる。

 と、次の瞬間。


「わぁ……」


 と、感激したかのような声を漏らした。

 遅れて見上げた星空に見えたのは、目で見えるか見えないかというくらい、すごく細い線の流れ星が、まるで雨のように空を流れる光景。


「凄い流れ星……」

「これは雨星(あまぼし)と言って、極夜地域の昼間にしか見られない、貴重な流れ星なんです」

「そうなんですね」


 会話の間も星空に釘付けになっているリオーネ。

 それくらいに綺麗な星空。こうなって当然だ。


 師匠から聞いた話では、この雨星(あまぼし)は他の地域の夜では見られない、極夜地域特有の不思議な天文現象。

 これだけ目を奪う光景だからこそ、他の極夜地域ではこれを観光資源とし栄えている場所もあるらしいけど、レトの町の人達はこれを公にはせず、観光資源にも使っていない。


 その理由は、のんびりした町のまま暮らしたいから。

 勿論、俺もそういった町の人達の意思も知っているからこそ、リオーネに見せるつもりもなかったんだけど、今回は特別だ。


「セルリックさんは、この時間に雨星(あまぼし)が流れ出すって知ってたんですよね?」

雨星(あまぼし)が流れ出すのは勿論知っていました。だけど、実は町で買い出ししている時にはもう、降っていたんですよ」

「えっ!?」


 流石の彼女も、この発言を聞いて驚愕した顔を向けてくる。

 俺はリオーネに顔だけ向けると、自然に笑ってみせた。


「気づいてましたか?」

「い、いえ。降ってきそうな星空だなとは思ってましたけど、星が流れていたなんて全然……」

「ですよね」


 俺は再び雨星(あまぼし)の流れる星空を見上げる。


「見ての通り、雨星(あまぼし)は凄く弱い光の流れ星。ですから、ちょっとでも灯りがあると、人の目じゃ見えないんです。例えば、町の中の灯りや、行き来の間に点けていた宝珠灯(ランタン)。何なら月の光まで。これらの灯りが強いと、見ることができないんです」

「そうだったんですね……」


 納得し頷いている彼女の姿をちらりと見た後、俺はこう口にしたんだ。


「あの時の俺も、今のリオーネさんと同じだったんです」

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