第十五話:最善の答え
「え?」
最善?
唖然とした俺に、リオーネは「はい」と毅然とした態度で頷くと、そのまま言葉を続けた。
「さっき、工房でセルリックさんは言っていました。創るなら、中途半端な物にしたくないって」
言葉を濁しながら彼女が口にした言葉に、心当たりがあった。
──「こういう理由もあって、リオーネさんが望む物を使ってあげられないんです。だからこそ、俺はせめて、中途半端な魂灯にしたくないって思ってるんです。その為に自分の意志で最善の行動を模索し、行動しての決断に後悔はありません。だから、リオーネさんが気に病む必要はありませんよ」
確かに俺はそう言って、彼女を励ました。
勿論、今だって俺なりに最善を尽くしているはず。
正直、そう思っていた。次の言葉を聞くまでは。
「私、装飾学校に行っている時にこう教わったんです。『物をひとつ、すべて自分で作れるようになるには時間が掛かります。ですから、それぞれの得意な技術を合わせ、ひとつの作品を作り上げる。そういう選択もある事を忘れないでください』と」
「みんなで、ひとつの作品を作る……」
「はい」
自然と漏れた俺の言葉に、リオーネはまた小さく頷く。
「最善を考え、メルゼーネ様の宝珠灯を使うと決断してくれたのはセルリックさんです。でも、選別の方法を知らない今のあなたが無理に宝珠を選ぶのは、何となく言ってることと違うような気がしたんです」
「リオーネさん!」
と。突然リセッタが強く叫ぶと、小走りにリオーネの方に回り込んだ。
「お兄ちゃんだって、リオーネさんから受けた仕事の為に一生懸命やってるんだよ! そんな言い方しなくってもいいじゃない!」
「あ……ご、ごめんなさい! 確かにセルリックさんが一生懸命頑張ってくれてるのに、私が口を出す話じゃなかったですよね」
声を荒げるリセッタの反応に驚いたリオーネは、ハッとした後、すぐに萎縮し頭を下げてきた。
「本当だよ。ね? お兄ちゃん?」
不満げな顔をこっちに向けたリセッタ。だけど、俺はそれに返事を出来なかった。
……そういう事だったのか。
師匠は、何も教えてくれなかったんじゃない。
あの人はちゃんと教えてくれていた。それなのに、俺が気づけなかっただけなんだ。
何でも一人で熟す師匠の背中を見続けながら、俺は当たり前にこう思っていた。
魂灯職人は、すべてを自分で創りあげるものなんだって。
だから今回の選別だって、自分で選び判断しないとって思っていたんだ。
でも、それがより良い魂灯を創る最善かといえば、違うに決まってる。素人がどう頑張ったところで、本職には及ばないんだから。
勿論、俺が当てずっぽうで選んだ結果、運良く同じ物を手にできる可能性はある。
だけど、それはただの偶然の産物。俺の実力云々以前に、職人としての成長すら見込めない。
それならば有識者に助力を得る方がよっぽど最善だし、しっかり仕事に向き合っているって事になる。
きっと師匠も、こういう経験をしたに違いない。
今だからこそ、師匠は何でもできる。でも、そこに至るまでに誰かを頼り、助力を受けて魂灯を創り上げたこともあった。
だからこそ、俺の質問にああ答えてくれたんだ。真実を伝えるために。
ほんと。自分の頭の硬さが嫌になる。
弟子が師匠を信じないでどうするんだよ。ったく……。
「お兄ちゃん?」
「セルリックさん?」
耳に届いた声にはっと我に返ると、二人が不思議そうな顔でこっちを覗き込んでくる。
「大丈夫? 何かあった?」
「ああ、悪い。ちょっと考え事をしてた」
取り繕うように笑みを浮かべ、俺はリセッタにそう返すと、そのままリオーネの顔を見た。
「リオーネさん。ありがとうございます」
「え?」
意見した側のはずなのに、そんな顔をするとか。
苦笑したくなる気持ちを抑え、今度はダルバさんに向き直る。
「ダルバさん。この中から、問題がありそうな原石を取り除いてもらってよいですか?」
「お、お兄ちゃん!?」
俺の申し出に、おっ? と言わんばかりに興味を示したダルバさん以上に、驚きの声をあげたのはリセッタだった。
まあ、そりゃ驚くよな。さっきまでのは何なんだって話だし。
横に立ったリセッタに、俺は頭を下げる。
「悪い。お前が俺を思ってかばってくれたのは感謝してる。でも、リオーネさんの言う通り俺は原石の鑑定について素人だし、なんなら彼女は俺に仕事を依頼した身。こういう意見が出るのはもっともだし、確かに良い仕事をするなら、その道の職人に任せるのが正論だよ」
「セルリックさん……」
自分の言葉が届いたのが嬉しかったのか。
安堵した顔をしているリオーネに、俺は無言で微笑む。
「ほー」
そんな中、ダルバさんが感心した声を上げた。
「お嬢ちゃんの一言で心変わりか。こりゃ、リセッタもうかうかしてられねえな」
「お、お父さん!」
リセッタに怒鳴られたダルバさんは何故かニヤニヤしてるけど、さっきから一体なんなんだ?
俺が首を傾げていると、ダルバさんはカウンターに頬杖を突く。
「セルリック」
「はい」
「最良を目指すなら、その道の職人に勝る物なし。その判断は正解だが、この依頼、俺が受けるわけにはいかねえな」
「えっ?」
どういうことだ?
実は師匠から別の手紙を預かっていて、受けるなとか言われてたのか!?
「どうしてですか!?」
思わず声を荒げた俺に、ダルバさんは意味深な表情のまま、すっと何かを指差す。
その先にいるのは──。
「リセッタ。これはお前の仕事だ」
は? リセッタに仕事をさせる!?
予想外の言葉に、俺は唖然とした。
確かに彼女はダルバさんの娘として、この宝飾店で仕事をしている。
でもそれは手伝いで店番をしているだけだ。リセッタが鑑定や加工をやっている姿なんて、今まで見たこともないんだけど。
「えっ!?」
指名された彼女も驚きを禁じ得ない。
そんな中、ダルバさんがふっと優しい顔をした。
「セルリック。お前も知っての通り、こいつに店番以外の仕事はさせてねえ。だけど、こいつはいつかお前の役に立ちたいって、影で色々努力してきたんだ」
「俺の役に立ちたい、ですか?」
「ああ。娘はずっとお前に世話になってきたからな。だからこそ、どこかで恩を返せるよう、こいつなりに宝飾職人としての腕を磨いてたのさ」
わざわざ俺のために?
リセッタのほうを見ると、無言のままその場で顔を赤くし、モジモジとしている。
さっきあれだけ驚いたくらいだ。頑張りをダルバさんにバラされたのが相当恥ずかしかったんだろう。
「お前と一緒で、リセッタにとっても初仕事。加工や細工に関しちゃまだまだだが、鑑定の腕なら保証する。悪いがこいつにこの仕事、やらせてやっちゃくれないか?」
「リセッタからもお願い! お兄ちゃんがメルゼーネさんから技術を学べてないって聞いた時、リセッタだったら役に立てるんじゃって思って頑張ったの! だから!」
両手を胸の前で組み、必死にそう懇願するリセッタを見て、俺は少し胸が熱くなった。ちゃんと職人として力になりたいっていう、強い熱意を感じたから。
俺としては、彼女に鑑定を託しても構わないと思っている。
ただ、この仕事の依頼主はリオーネだ。彼女に最善を尽くすと言った手前、この話を受けていいか迷うけど……ここは、素直に聞いてみるか。
「リオーネさん。すいません。このお話なんですが──」
「はい。セルリックさんの判断にお任せします」
俺が顔を向けた瞬間、彼女はこっちの言葉を遮り微笑んでくる。
って、判断が早すぎないか!?
「リオーネさん。本当にいいんですか!?」
驚愕したリセッタにも、微笑みを崩さず頷くリオーネ。
「店主が腕を保証されていますし。何よりセルリックさんが信じて任せると言うのなら、私から言うことはありません」
その言葉に迷いは感じられない。じゃあ、構わないな。
俺は感謝の気持を込め無言のまま頷くと、リセッタに向き直った。
「リセッタ。お前に頼んでもいいか?」
「……うん! 任せて!」
嬉しさを表情に溢れさせ、リセッタがしっかり頷く。
それを見た俺が一旦箱の前から横にずれると、彼女が代わりにその場に立った。