第十四話:悩ましき選別
「さて、と……」
並んでいる原石を見ながら、気合を入れるべく腕まくりをしてみたものの。
選別っていったって、一体どうすればいいんだ?
原石が魂灯に使えるかどうかって観点だけなら、俺でも問題なく選別できる。
ただ。そもそもの原石の選別──つまり、宝珠灯 に使えるかどうかの選別については、良し悪しの基準は知っているものの、鑑定する技術はないに等しい。
まあ、これに関しては絶対に師匠が悪い。うん。間違いなく。
§ § § § §
確か、俺が十五歳の頃だったかな。
原石を加工する技術を学び始めた頃。
汚れが目立つ白い作業用のクロークを纏い、回転する円柱型の研磨台の前に座り調光珠を削り出している師匠に、こう尋ねた事があった。
「師匠って、どうやって原石を選んでるんですか?」
それを聞いたあの人が手を止めず、平然と答えた内容は、未だに忘れられない。
「その道の職人に頼んでる」
まさかの答え過ぎて、俺は面食らって動けなくなった。
ただ、すぐに納得いかない気持ちが大きくなって、矢継ぎ早に質問を重ねたんだ。
「で、でも。魂応する宝珠の原石を見つけるには、魂視が使えないと駄目ですよね?」
「勿論。そこまでの厳選はあたし自身がするよ。で、そこから先はお任せ」
「それって、自分じゃ選ばないって事ですか?」
「いんや。時には宝飾職人じゃない、雇われ商人みたいな奴から買わないといけない時もあるからね。そういう時は自分で選ぶさ」
ふぅっと息を吐き、研磨機から調光珠を離すと、片手で赤髪を後ろに払い、そのままクロークの下から顔を覗かせた紺色の服の袖で額の汗を拭う。
そして、もう一方の手で近くの宝珠灯に調光珠をかざし、出来栄えを確認していく。
「じゃ、じゃあ、師匠はそういう時、どんな方法で選別するんですか?」
俺が知りたかったのはそこ。
これでやっと本題の答えが聞けるって、俺はちょっとわくわくしていた。
だけど、師匠の答えは結局望んでいないものだったんだ。
「基本は運だね」
「う、運?」
またも驚き目を丸くした俺に、あの人こっちに顔を向けると屈託なく笑った。
「そうさ。そういう巡り合わせもまた運命。そう思って適当に選ぶだけ」
「で、でも、それで外れたら──」
「新しい原石を買えばいい。それも運命って事さ」
今でも、あの時見せた師匠の会心の笑顔と自分の覚えた感情は、鮮明に覚えてる。
冗談じみた言葉で濁されたであろう事も。あの人の言葉に本気で呆れた事も。
§ § § § §
結局、あの日から今日まで、コツらしいコツを教わってはいない。
理由は、俺にはまだ早いから。
──「学ぶ技術にも順序ってのがある。今はそっちは忘れておきな」
俺はまだまだ魂灯職人としても、宝珠灯としても未熟。だからこそ、師匠の言葉にも一理ある。
だけど、こんな話をダルバさんにさせるなら、そろそろコツくらい教えておいてくれててもよかっただろ。ったく……。
まあいい。愚痴ったって何も変わらないんだ。
復習がてら、持っている知識を整理しよう。
まず、今回使う宝珠は魂灯用。
だからこそ、魂応する物。つまり、魂に対して色々と影響を与える力を秘めた物を選ぶ必要がある。
この力はどんな宝珠にも備わっているわけじゃない。だから、力の有無の見極めさえすれば、ある程度の厳選できる。
ただ、宝珠に使える原石選びは結構難しいって、以前リセッタから聞いた事がある。
ぱっと見、綺麗に原石として形どられていても、原石の中が空洞になってしまっている物は使えないし、中に亀裂があったりするのも商品にならないからだ。
あと、原石の厳選でより難易度が高いのが歪みの見極め。
歪みっていうのは、削った時点ですべてが同じ色にならず、微妙に別の色味がでてしまうこと。
これが起きる原因は、別の原石との同化──つまり、混じりっ気があると起こる事象らしい。
原石の表層で起こってくれていれば、見分けるのは案外楽。
だけど、透明な魔光石なんかですら、原石のより内側で起こっていると、見分けるのが相当難しいって言ってたな。
光吸石に至っては漆黒なせいもあり、見た目じゃまず判断できないと思う。
そういう意味じゃ、本来宝珠に関しては、ダルバさんのような宝飾職人が加工し、問題なく売り物になっている物を買うのが理に適ってるし、師匠が言っていた事もわからなくはない。
ちなみに残念ながら、リセッタも選別する方法までは教えてくれなかった。
──「お父さんが『宝飾職人独自の技術は、本職以外に話すな』って」
当時、彼女からそう申し訳無さそうに言われたけど、それもそうだ。
何でもかんでも人に教えてたら、それこそ本職が仕事を奪われかねないしな。
知っている知識はこれくらいか。
これだけでどこまでできるかわからないけど、見習いとはいえ俺だって魂灯職人。これだって何時かは通る道なんだ。やるだけやってみよう。
まずは魂応する物の選別だ。
「ダルバさん。すいませんが、もうふたつ箱をお貸しいただけませんか?」
「おう。いいぜ」
意図を理解したであろうダルバさんが、カウンター下から空き箱をふたつ、原石が入った箱を挟む形で置いてくれた。
「ありがとうございます」
魂応を視るのに必要なのは、ペンダントに込もった想いを感じ取る時に使った力、魂視。
俺がその力を解放すると、一部の魔光石と光吸石が淡く白い光に覆われた。
光の強さは様々だけど、まったく発光していない物は、残念ながら魂灯には使えない。
俺は発光していない原石だけを、別の箱に移し替えていく。
……これで最後だな。
選んだ原石は、魔光石が七個に、光吸石が五個。全体の四分の一以下まで減る時点で、魂応する原石が貴重なんだってわかるな。
「こちらとこちらは片付けてもらって結構です」
「わかった」
後から出されたそれぞれの原石の箱を指差すと、ダルバさんがそれを片付けてくれる。
さて、問題はここからだ。
俺はまず、残った魔光石をじっと見た。
見た目や大きさに多少違いはあるけれど、ぱっと見は大差はない。
ひとつひとつ手に取り、表層の歪みを確認してみる……うん。特にそれらしい変な色味は出てはなさそうだ。
内側はどうやって確認するか……光にでも透かしたら、何かわかるだろうか?
俺は片目を閉じ、もう一方の目で魔光石越しにカウンターにある宝珠灯の炎を見てみる。
流石にまだ磨いていないから、透明度も低いしきちっとは見えないな。
空洞があるならともかく、これで小さな亀裂を見つけるのは、かなり厳しく感じる。
そういや、中が空洞だったら重さに差が出るよな。
試しにもうひとつ魔光石を手にして重さを比べようとしたけど、はたと動きを止めた。
これ、多分意味はないだろ。
そもそも同じ種類の原石でも、大きさも形も違うわけで。ふたつ持って比較した所で当てになる気がしない。
あとは、魔術なんかを駆使して、色々検証……いや。ここにあるのは粗悪品交じりかもしれなくたって、将来売り物になるかもしれない仕入れ品。
魔術で傷をつけたりしたら、流石にダルバさんに申し訳ない。
とはいえ、このままじゃ埒が空かないんだよな。
どうすればいいんだ? うーん……。
俺は思わず首を傾げた。
素人目には、どれも問題なさそうに感じる。
でも、それをそのまま受け入れていいのか。指標はあっても根拠がないせいで、どうしても自信が持てない。
眉間に皺を寄せ、手に取った魔光石のひとつを意味もなく眺めていると、リオーネが声を掛けてきた。
「セルリックさんは、メルゼーネ様から何か教わっていないのですか?」
「いえ。選別の技術についてはまったく」
「だったら、ダルバさんにお願いしてはどうでしょう?」
「それじゃ、自分で選んだ事にならないですよね?」
「でもお手紙には、自分で選べとは書かれていなかったですよ?」
そう言われてみれば。だけど……。
一旦魔光石を箱に戻すと、リオーネに顔を向ける。
「これは俺が受けた仕事なんで。俺がちゃんと選ばないと」
そう。俺がリオーネの為に、責任を持って創らないと駄目。
きっと師匠も、それを見越して原石から加工しろって言ってるはず。
自分なりの真剣な答え。
それを聞いたリオーネは、一度目を伏せぎゅっと唇を噛み締めた後、再び俺と目を合わせ、真剣な顔でこう言ったんだ。
「それは、最善なんですか?」