第十三話:師匠の伝言
「それは手紙ですか?」
リオーネが口にした通り、ダルバさんが手にしていたのは手紙を入れる封書……って、まさか!?
俺が思わず目を丸くすると、ダルバさんは表情を変えず、カウンターにすっと手紙を置いた。
「届いたのはつい一週間前だ。俺宛だが、読ませてやるよ」
一週間前っていうと、確か俺宛の手紙が届いた時期と同じくらいじゃないか。
そんな時期に伝言って、どういう事だ?
まるで奪い取るように封書を手にした俺は、中から手紙を取り出すと、食い入るようにそれを読み始めた。
§ § § § §
『ダルバへ
久しぶりだね。マーナやリセッタと元気にやってるかい?
あたしが買い物に来ないせいで、店を畳むなんて事になってなきゃいいけど。
将来有能な弟子が、この先も世話になるんだ。しっかり気張りなよ。
さて、本題だ。
残念ながら野暮用ができちまって、あたしはもう暫く工房に戻れない。
でだ。その間はセルリックが店を頑張ってくれているはずだけど、そろそろあの子も遅かれ早かれ、魂灯を創る機会があるはずだ。
そこで、あんたに折り入って頼みがある。
もしセルリックが魂灯を創る為に宝珠を買いに来た時は、原石を売りつけな。
初めての魂灯制作。
本体を創るのは色々苦労もあるし、多少の手抜きがあってもいいが、魂灯の肝となる調光珠や光吸珠は別だ。
初の仕事くらい、胸を張って自分が創ったんだって言えるくらいじゃなきゃ駄目。だからこそ、原石から宝珠を削り出してほしいのさ。魂を込めてね。
まあ、厳しさもまた愛情の裏返し。ってことで、もしもの時には頼んだよ。
ちなみに、絶対にあたしの名前は出さないこと。あんたが「仕事ってものはそういうもんだ」って、威厳を見せながら言ってやんな。
セルリックも、あんたの言う事なら素直に聞くだろうしね。
勿論、タダ働きにはしないよ。
あんたの好きそうな、オルバレイア王国名産のワインを土産として持って帰るから、楽しみにしてな。
じゃ、すまないがよろしく頼むよ。
あと、当面あの子のことは頼んだよ。
メルゼーネ』
§ § § § §
……この筆跡。間違いなく師匠が書いた物だ。
内容から察するに、多分あの人はリオーネと出会った後、この手紙を書いてダルバさんに送ったに違いない。
だけどこんな内容なら、何で俺に直接書いてよこさなかったんだ?
わざわざダルバさん経由でこの話を──って、あれ?
俺は手紙を持ったまま、未だ笑顔のダルバさんに目を向けた。
「ダルバさん」
「何だ?」
「えっと。これって、俺に見せちゃ駄目な手紙ですよね?」
「だよな」
俺の言葉に、彼はちょっと肩を竦め苦笑いする。
どういうことだ? 本人の意志で行動したなら、ダルバさんもこんな反応にはならないと思うんだけど……。
「どういう事ですか?」
「いや。これは絶対お前に見せるべきだって、リセッタがうるさくてな」
「当たり前でしょ!」
ダルバさんの言葉に強く声を上げたのは、俺の右隣に立っていたリセッタ。
「何を恥ずかしがってるのかわからないけど。こういう話は、ちゃんとメルゼーネさん本人から伝えるべきじゃない。それなのに、代わりにお父さんを使うのなんて。絶対おかしいもん!」
リセッタが腕を組み、まるで自分のことのように不満を漏らす。
まあ、確かにそう言いたなる気持ちもわかる。けど、俺はこの手紙から、師匠の意図が透けて見えた気がした。
多分あの人は、俺を驚かせたかったんだろう。
この間の手紙にこんな事を書いて寄越せば、俺だって何で急にこんな話をしたのかと勘ぐるし、なんなら魂灯の制作依頼が来るかもしれないと、多少は気構える。
そこにリオーネがやって来て、魂灯制作の依頼を口にされた所で、大して驚きはなかったはずだ。
師匠はそれじゃ面白くないって思って、この話をダルバさんに頼んだに違いない。
あの人らしいっちゃらしいけど。わざわざこんな事するなよ。まったく……。
とはいえ、わざわざみんなにこんな話をして、リオーネに実は師匠と出会っていたってバレるのも体裁が悪い。
師匠が仕事を受けず、わざわざ俺に仕事を回したなんて知られたら彼女が傷つくかもしれないし、何で隠してたのか聞かれても返答に困るしな。
「珍しく俺のことを将来有能なんて褒めてるし。流石に直接言い難かったんだろ」
「ガハハッ。ちげえねえ」
俺が吐いた真実味のある嘘を聞き、ダルバさんが豪快に笑う。
リセッタを見ると、彼女は未だ少し不満げ。まあ、こいつのお陰で俺はこの手紙を見れたんだし、感謝しておかないと。
「リセッタ。ありがとな」
普段褒める時のように、あいつの頭を撫でてやる。
いつもならこうすると喜ぶんだけど。
「もうっ。子供扱いしないでよ!」
今日のリセッタはふてくされたまま、棘のある言葉を返してきた。
ん? どうしたんだ?
……あー。そういうことか。
今日は普段いないリオーネがいる。そこでこういう扱いは流石に嫌か。
「悪い。今度から気をつけるよ」
俺が素直に平謝りすると、ちらっと上目遣いでこっちを見たリセッタが、不貞腐れたまま片目を閉じ、また視線を逸らす。
「べ、別に。お兄ちゃんがそうしたいなら、してもいいけど」
さっきまでの勢いはどこへやら。どこかしおらしい声でそんな事を言ってきた。
俺としては別にどっちでもいいし、リセッタが嫌かどうかって話なんだけど……。
こういう時、ちょっと扱いに困るな。
どうすればいいかわからず、頭をポリポリと掻いていると。
「リセッタさんって、セルリックさん想いなんですね」
リオーネがそんな事を口にした。
左隣に立っていた彼女を見ると、普段と変わらない微笑み。
あまりに予想外の展開だったのか。リセッタが唖然としながら顔を真っ赤にする。
「な、何でそうなるのよ!?」
「手紙の件もそうでしたし、今のお話もそう。どちらもセルリックさんを思い遣って、ダルバさんに進言したり、セルリックさんに譲歩したりしてあげてますよね?」
「え? ま、まあ。一応、そうだけど」
「お食事を作って届けているというお話も聞きましたし、本当に優しい方なんだなってわかります」
リオーネの微笑みを見ながら、俺は彼女の素直さもまた凄いなと驚いていた。
嫌味なんて一切感じないどころか、何なら慈愛すら感じる微笑み。
この表情でこれだけの褒め言葉を並べられて、それでも強く言い返せる相手がいるとしたら相当だと思う。
実際リセッタも、どう返していいかわからず困惑しているし。
「え、えっと、その……お、お兄ちゃん! そろそろちゃんとお仕事しよ!」
「え? お、おい!」
どうにも返事に困ったんだろう。
急にこっちに矛先を向けてきた彼女は、背中に回ると俺をぐいっとカウンターに押し付ける。
「ほーら! 早く!」
「わ、わかったって」
照れ隠しに俺を使うなって。ったく……。
内心愚痴りながら、俺は目の前にある二つの箱を改めて眺めた。