第十二話:ライバル登場?
ダルバさんとリセッタが驚く気持ちもわからなくはない。
だけど、事情を知りこっちから声がけをした話。だからこそ俺は全然落ち着いていたんだけど、リセッタはそうじゃなかった。
「お兄ちゃん! リセッタと同い年の子を家に居候させるなんて、駄目じゃない!」
彼女が強い口調で憤りをぶつけてくる。
随分当たりがきついな。まあ、ある意味こいつらしいけど。
「別にいいだろ。彼女にも色々事情があるんだし──」
「よくない! そんな事言って、お兄ちゃんリオーネさんに、変な事しようとしてるでしょ!?」
「は? 何でそうなるんだよ!?」
「だってお兄ちゃん、リセッタを泊めたりしないもん!」
「それはダルバさんが許可しないからだろ」
「当たり前だ! 夜に大事な愛娘と二人っきりになんぞできるか!」
当たり前と言わんばかりに、声を張り上げるダルバさん。
まあ、普通に考えて親心ってそういうものだろうし、俺も彼の意見には納得だ。
リセッタはというと、父親の言葉を聞いた瞬間、急に耳まで真っ赤になった。
「だ、だとしても、そういうのは絶対駄目なの! お兄ちゃんだって男の子でしょ?」
「もう男の子なんて年齢じゃないだろ」
「そ、そうだとしても! 絶対変な気持ちになったりして、リオーネさんに手を出すに決まってるもん!」
勝手に何か妄想してるのか。未だ顔を真っ赤にしたまま、あいつが強く抗議してくる。
っていうか。
普段もたまにからかってくるけど、その比じゃないくらい、今日は酷い言いようじゃないか。
そこまで俺って信用なかったのかよ……。
冗談に聞こえないリセッタの言葉の数々に、俺は少しイラッとする。
「リセッタ」
「な、何よ?」
「お前、そこまで信用をおけない奴を、お兄ちゃんなんて呼んでたのかよ?」
俺が不満の込もった表情で本音をぶちまけると、あいつは一瞬驚いた後、しまったって顔をする。
「あ、えっと、そういうわけじゃ、ないんだけど……」
「だけど?」
「なんていうか、その……」
俺がじっと冷たい目を向けていると、バツが悪そうな顔を伏せ、こっちから目を逸らすリセッタ。
ここまで色々言っておきながら、俺の質問に対する明確な答えが返ってこないって事は、勢いで話してたのか?
それはそれで釈然としないんだけど……。
納得のいかないまま、リセッタを見つめていると。
「ごめんなさい! 私のせいなんです!」
突然そう口にし、栗毛色の長髪を振り乱すくらい、勢いよく頭を下げたのはリオーネだった。
「私、今の所持金じゃ代金の支払いどころか、制作期間の旅費すらままならないなんて知らなくって。それでセルリックさんが、だったら宿屋代だけでも浮かせられるようにって提案してくれただけなんです!」
頭を下げ必死に弁解するリオーネを見て、ダルバさんもリオーネも、少し神妙な顔をする。
「セルリック」
「はい」
「そこのお嬢ちゃんの事情はわかったが、何でお前はそこまでした? だいたい、無名のお前に宝珠灯の制作を依頼をするような奴、いるとは思えないが」
流石に腑に落ちなかったのか。ダルバさんがそう尋ねてくる。
俺は答えを返す前に、念の為店内を見渡した。
……ぱっと見、客は俺達だけか?
「今いるのはお前達だけだ。ま、いつ誰が入ってくるかはわからん。話せない部分はうまく濁せ」
こっちの意図を察し、ダルバさんがそう言ってくる。
濁せなんて言った時点で、今回の話について当たりがついてるって事なんだろう。
宝珠灯や魂灯と宝珠は、切っても切れない関係。
そのせいもあって、師匠と昔ながらの付き合いがあるダルバさんはあの人の素性を知っているし、将来の跡継ぎ候補でもあるリセッタも、俺や師匠が魂灯職人だって知っている。
今回の件を納得させるためにも、ある程度の事情を話す必要があるか。
「お察しの通りです。彼女は元々、師匠に仕事を依頼するつもりでここまで旅してきました。ですが、今師匠は不在。なので、俺が初仕事として引き受ける事にしました」
「えっ?」
普通の会話なら違和感を覚えるくらい、初仕事という部分をわざと強調すると、リセッタが思わず顔を上げ、ダルバさんと顔を見合わせる。
二人が驚くのも無理はない。
何故なら、俺の宝珠灯職人としての初仕事の相手は、ここにいるリセッタだったんだから。
返事を聞き、事情を察したダルバさんがニヤリとする。
「ほう。流石にこの機会、逃したくなかったか?」
「いえ。そういうわけじゃありません」
「って事は、お嬢ちゃんに同情したか?」
「それはありますけど、うちに宿泊するのを勧めたのは、彼女がさっき話した通りです。今の彼女の持ち金じゃ、制作期間の滞在費どころか、この先の生活も危ぶまれる状況になるのが目に見えていたので。だから仕事を受ける条件として、滞在期間の居候を提案しました」
正直、人のお金の話を口にするのはどうかと思う。
だけど、リオーネもさっきその点に触れていたし、自分の濡れ衣を晴らすためにも、敢えて事実をはっきりと口にした。
と、その瞬間。
「はっはっはっ! ほんと、お前は昔っから変わらねえな。誠実でお人好し。メルゼーネの弟子とは思えねえぜ!」
納得いく答えだったんだろう。
ダルバさんが大声で笑うと、表情をそのままにリセッタを見る。
「しかし、暫くこいつの家に居候か。そのお嬢ちゃんも人が良さそうだし、ついにライバル登場かもな」
ん? ライバル?
今の会話から、何でそんな言葉が出てくるんだ?
「ダルバさん。その、ライバルって──」
「お、お父さん! 変なこと言わないの!」
俺の言葉を遮り、またも顔を真っ赤にしてダルバさんを怒鳴りつけたリセッタは、すぐさま俺の方を見た。
「お兄ちゃんも! 余計な詮索はしちゃ駄目だからね!」
「え? あ、ああ……」
さっきまでの比じゃない、余計なことを口にすれば噛みつかれそうなくらいの凶暴な顔を向けられ、思わず勢いで返事をしたけど……詮索? 普通に気になっただけなんだけどなぁ。
困って頭を掻くしかない俺を他所に、リセッタはそのままリオーネに向き直り、彼女の両手を取った。
「リオーネさん。顔を上げて」
「は、はい」
「あなたの事情はよーくわかったから、居候は許すけど。もしお兄ちゃんに変なことされそうになったら、ちゃんとリセッタ達に言ってね。リセッタはあなたの味方だから」
「え? あ、は、はい……」
突然真剣な瞳を向けられたせいで、戸惑いの隠せないリオーネ。
急に手の平を返され、近所のおばさんばりの世話焼きな発言をされれば、彼女だってこんな顔にもなるか。
しかも、結局俺が疑われてるのは変わらないじゃないか。ったく……。
「さて。セルリック。お前が今日買いに来たのは、仕事で入り用の宝珠類って事で合ってるな?」
なんとも言えない気持ちで立ち尽くしていた俺に、ダルバさんがちょっと真面目な顔になり問いかけてくる。
っと。そうだった。俺は雑談しにここに来たわけじゃない。
「あ、はい。調光珠と光吸珠、あと純砂と感圧砂を」
「そうか。ちと待ちな」
ん? どうしたんだ?
宝珠灯の時は、店内にある加工された調光珠と光吸珠のコーナーを物色する。今回もそこで見繕うつもりなんだけど。
普段と違う反応に戸惑う俺を見て、またもニヤリとしたダルバさんが、カウンターの下から順番に小さめの箱をふたつカウンターに並べる。
これは……。
カウンターに歩み寄った俺は、箱の中身に入っている物を見た。
それぞれの箱に入っていたのは、同じ種類で分けられた、手の平に乗るくらいの鉱石の数々。
ひとつは滑らかで波打つような表面をした、やや透明がかった青色の鉱石、魔光石。
もうひとつは、漆黒のごつごつとした鉱石、光吸石。
これらはそれぞれ、調光珠と光吸珠の素になる原石だ。
「ここにあるのは、こないだ来た旅の商人から安くまとめ買いした原石だ。買う時に軽く状態を見ただけだから、粗悪品が混じってる可能性があるのは勘弁しろ。それから、メルゼーネから伝言だ。『本気で仕事を受ける気なら、宝珠は有り物を使うな』だとさ」
「……え?」
意味深な笑みを浮かべるダルバさんに対し、思わず疑問の声をあげた。
確かに俺は、師匠から調光珠や光吸珠の加工技術を学んでいる。
ただ、原石の選別については話を濁されて以来、未だにコツのひとつも聞けていない。
そんな状況なのに、師匠は原石から選べって言ってるのか?
いや。それ以前に……。
「ダルバさん。その伝言、何時言われたんですか?」
そう。それだ。
師匠は将来を見越して、ダルバさんにその伝言を伝えていたんだろうか?
突然告げられた内容に、戸惑いながら問いかけると。
「なに。弟子思いの師匠の親心ってやつさ」
そう言ったダルバさんが優しく笑い、カウンターの引き出しから何かを取り出した。