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魂灯《カンテラ》職人セルリックが照らす想起《もの》  作者: しょぼん(´・ω・`)
第一章:魂灯《カンテラ》職人としての初仕事
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第一話:突然の来訪者

 ──松明(トーチ)蝋燭(キャンドル)炎灯(ランプ)宝珠灯(ランタン)


 光の裏に影がある以上、灯りがまったく必要ない場所なんて存在しない。

 そして、灯りにどれだけの価値があるかは、結局人が決めるもの。

 それもまた、どんな灯りだって変わらない。


   § § § § §


「セルリック君。本当に助かったわー」

「いえ。また何か困ったことがあれば言ってください」

「ええ」


 満天の星空の中、西の空に丸い銀月(イブニングムーン)が煌々と輝く()()

 俺が働く宝珠灯(ランタン)工房の庭で、整備で普段通りの明るさを取り戻した宝珠灯(ランタン)を手にし上機嫌なトルネおばさんを見て、俺も素直に笑顔を返した。


 まったく照陽(シャインズサン)が昇らない極夜地域にありながら、炎の精霊の力が強いお陰で、薄手の服装でも心地よく暮らせる小さな島、ポラナ。

 島の玄関口である港町レトで宿屋を営む彼女にとって、愛用しているその宝珠灯(ランタン)は仕事に欠かせないらしい。


 できる限り部屋を隅々まで明るくしないと、客室の埃を残してしまうのが理由らしくて、埃を見やすくする調光を施した師匠お手製の宝珠灯(ランタン)は、今でも凄く重宝してるんだそうだ。


「そういえば、メルゼーネはまだ戻ってこないの?」


 師匠の動向が気になったのか。

 そう尋ねてきたトルネおばさんに、俺は自然と苦笑いした。


「みたいですね。この間手紙が届いたんですけど、『ちょっとした仕事を頼まれたから、もう数ヶ月留守にする』なんて書いてました」

「あら、そうなのー。やっぱり彼女ほどの名匠になると、色々あるのかしら?」

「でしょうね。遊びに行ったはずなのに仕事をしてる辺り、師匠らしいですけど」


 ほんと。普段はお気楽を絵に描いたような生活をしているくせに。そういう所は真面目なんだよな。

 ここ数ヶ月顔を合わせていない師匠の笑顔を思い出し、俺は少し懐かしさと寂しさを覚えた。


 俺の師匠であり、育ての親でもある女性、メルゼーネ。

 四十過ぎにも関わらずまだまだ若く見えるあの人は、俺が物心がついてから、ずっと一緒にこの場所で暮らしてきた。

 今まで一度もこの場所を離れ旅をするなんてしてこなかった師匠が、突然旅に出ると言い出したのが大体三ヶ月前。


  ──「知り合いから『どうしても遊びに来い』って熱心に誘われてね。悪いけど、久々に羽を伸ばさせてもらうよ」


 届いた手紙を見た師匠は、俺にそう言い残して一人海を渡り、オルバレイア王国の王都、オルロードへ旅に出た。俺に工房の店番を任せて。


 たまには旧友なんかに会いたくもなるだろうし、別に師匠が出掛けた事に文句はない。

 とはいえ、まさかここまで長く店を留守にするなるなんて、正直思ってもみなかった。


「お留守番も大変ねー。でも、もう立派な工房主じゃない?」

「そんな事ないですよ。実際皆さんの炎灯(ランプ)宝珠灯(ランタン)を直してるだけですし」

「そういう仕事を嫌がらずやれる。それだけでも立派よー」

「そうですかね」

「ええ。十分頑張ってるもの」


 褒められ慣れていない俺は、照れをごまかし思わず頭を掻く。

 師匠はあまりこういう事を言ってくれないもんな。

 そんな俺を見て微笑んでいたトルネおばさんが、何か閃いたのか。ぽんっと手を叩く。


「そうだ。今度うちに遊びにいらっしゃい。ご飯をごちそうしてあげるわ」

「え? 本当ですか?」

「ええ。何時もお世話になってるもの。美味しいご飯をたくさん食べさせてあげるわ。町に来たら顔を出してね」

「わかりました。ありがとうございます」


 俺が軽く頭を下げると、彼女はちらりと星空を見上げた。


「さて。もうこんな時間だし、そろそろ戻らないと」

「そうですね。気をつけてお帰りください」

「ええ。それじゃ、またね」


 トルネおばさんは笑顔で手を振ると、俺に背を向けレトへと続く道を歩き出した。

 淡い宝珠灯(ランタン)の光に照らされながら、遠ざかって行く彼女の向かう先に見える港町レトの夜景と、月明かりを浴び海で輝く海星魚(シースター)という神秘的な光景を眺めながら、俺は肩の力を抜いた。


 さて。トルネおばさんの言う通り、もうこんな時間だ。誰か新しい客が来ることもないだろうし、今日はこれで店仕舞いかな。

 俺は大きく伸びをすると、ゆっくりと工房の中に戻っていった。


 幾つかの宝珠灯(ランタン)に照らされた、普段と変わらない仕事場。

 作りかけから完成品まで。多くの宝珠灯(ランタン)が壁や天井に掛けられた部屋。

 中央には工具や部品が置かれた作業机。奥には宝珠灯(ランタン)の部品を鋳造する炉や、鍛造する為の金床(かなどこ)なんかもある。


 そこまで広くはないものの、中々に本格的な工房。

 だけど、そこには工房主である師匠の姿はない。


  ──「お留守番も大変ねー。でも、もう立派な工房主じゃない?」


 工房主、か。


  ──「いいかい? セルリック。あたしがいない間はあんたが工房主。受けたいと思った仕事は受けちまいな」


 出かけ間際に師匠がそんな事を言ってたけど、実際にやっている仕事の殆どは、レトの町の人達の炎灯(ランプ)宝珠灯(ランタン)の整備くらい。

 たまに師匠目当てのお客がわざわざ島にやってくるけど、彼女が何時帰るかもわからないと伝えると、仕事を依頼もせずに肩を落とし帰っていく。

 師匠の弟子とはいえ、俺に宝珠灯(ランタン)制作を依頼するような物好きは、残念ながら現れなかった。


 ふと部屋にある鏡に目をやれば、目に留まったのは質素で地味な布の服の上に、油汚れの目立つ薄汚れた茶色い作業用クロークを纏っている、なんとも冴えない男だけ。

 横着してあまり整えていないぼさっとした暗めの赤髪が、より地味さを際立たせている。


「ったく。誰が工房主だよ」


 誰に愚痴るでもなく、そんな言葉を漏らす。

 そう。俺にはあんたの弟子がお似合いだよ。師匠。


 ちなみに、俺は別にこの生活がつまらないとは思ってない。

 生まれてこの二十年。物心がついてから、一度もこの島を出ずにずっと師匠の下で腕を磨いてきたし、この生活に慣れ過ぎてるってのもある。

 それに、トルネおばさんを始めとしたレトの町の人達も優しいし、何より時間に追われないマイペースな生活は、はっきり言って俺好みだ。

 ただ、これだけ長い間、師匠と離れている事がなかったからこそ、少し寂しく感じる時もある。


「ほんと。何時になったら帰ってくるのやら」


 独りごちた俺は、そのまま部屋の奥に進み、閉店の準備をはじめた。

 作業机にある仕事道具や部品を壁や引き出しに戻し、着ていた作業用クロークを脱ぎ壁に掛けると、そのまま部屋の隅に立てかけていたハタキを手に、天井からぶらさげてある宝珠灯(ランタン)の傘やグローブから、丁寧に埃を落としていく。


 これが終わったら、工房内の宝珠灯(ランタン)の火を落とせば片付けも終わり。

 さて、今晩の飯はどうするか……そういや。リセッタが昼間に差し入れてくれたスープがまだ残ってたな。あれにパスタでも入れて、スープパスタにでもするか。


   コンコンコン


「ん?」


 仕事から解放されようとした意識が、突然聞こえた工房の扉をノックする音で引き戻された。


 この時間に客?

 怪訝に思いながら、俺は自然に入り口の方に顔を向けた。


 あと十五分もすれば、銀月(イブニングムーン)が沈み、代わりに深淵の闇の()だけ紅く輝く、紅月(レッドムーン)が天に昇り始める。


 世界の誰もが知る、(まこと)の夜。

 凶暴な動物達や魔物(デモニア)達の活動が活発になる紅月(レッドムーン)の出ている時間は、聖刻陣(ホーリーエングレイブ)が刻まれ安全が確保された町などを離れ、歩き回る人はまずいない。


 港町レトからこの工房までは、徒歩で約十五分。馬を使えば五分ほどだけど、仕事を頼みに来たのなら、込み入った話もしなきゃいけないわけで。帰りの時間を考慮したら、こんな時間にここを訪れる人なんているわけがない。


 ちなみに、この工房を含めた家の敷地には、ちゃんと聖刻陣(ホーリーエングレイブ)が刻まれている。

 なんでも、稀代の大魔術師(ウィザード)でもある師匠自ら、この場所に聖刻陣(ホーリーエングレイブ)を刻んだかららしい。

 その話を自慢げに聞かせてきたのは師匠本人。だけど、これに関しては俺も否定はできない。

 実際あの人から宝珠灯(ランタン)職人としての技術だけじゃなく、魔術(マナスペル)なんかも色々と教わってるし、実力も垣間見てるしな。


  コンコンコン


「あの、誰かいませんか?」


 っと。考え込んでいる場合じゃなかった。


「はい。少々お待ち下さい」


 どこか不安そうな若そうな女性の声に返事をすると、ハタキを元の場所に戻し、そのまま扉に歩いていく。


 一体誰だ? 聞き覚えのない声だったけど……。

 首を傾げながら扉に手をかけゆっくりと開けると、そこには声相応に若い少女が、炎灯(ランプ)を片手に立っていた。


 ぱっと見年齢はリセッタと同じ十七、八歳くらいか。

 栗毛色の長髪に、質素な感じのコートと服。

 すこし不安げな顔をしていた彼女は、こっちの顔を見てちょっとホッとした顔をするけど、残念ながら彼女は俺の記憶の片隅にすらいない。


「何かご用でしょうか?」


 普段の接客と変わらない笑顔を向けながら、俺は彼女にそう尋ねてみたんだけど。

 まさか、この出会いが俺の人生を大きく変えるなんて、思ってもみなかった。

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