私、恋愛小説のヒロイン。だから勝ち組だった、そのはずだったの。
私、フリアエ・イスドールは子爵令嬢である。
ある日ふと――本当にふと思い出した前世の記憶から、とある恋愛小説のヒロインであることを思い出していた。
貴族学園――知識や教養の均等化を狙ったその学び舎に入って、王子と熱愛状態に陥り、本来の婚約者からあれこれ嫌がらせを受けつつもなんだかんだすったもんだあって王妃の座を獲得してハッピーエンド。
それが既定路線な世界だとわかった時はそりゃあ浮かれたわ。
だけど、努力をしなければ王妃様なんて無理。
だからものすごく努力をした。
勉強は勿論、教師にあれこれ子爵令嬢では必要のない部分まで踏み込んで教えてもらった。
ダンスや体術も学んだ。
将来のために、国内外の色んな知識を図書館にいって学びもした。
同時に、美貌を保つための努力だって。
でもどうしてだろう。
私は明日、子爵令嬢でなくなる。
全ての始まりは学園に入学した時。
どこもかしこも同じように見えるから、本気で迷ってしまった。
そこに颯爽と現れたのは王子様で、入学式の執り行われるホールまで案内してくれた。
そのお礼にと、手作りの焼き菓子をお届けしたわ。
そこまでは順調だった。
多分。きっと。
だけど王子様はその後私にかまってくれるということもなく。
小説であったように、さりげなく距離を縮めようとしてもやんわりと拒絶される。
どうして?
学園でだって勤勉に励んでいるし、子爵令嬢にしてはものすごく出来がいいと思う。
いわゆるヒドインみたいな感じでありもしない逆ハーを狙ってもいないし、婚約者さんにいじめられたとかウソをついたりもしていない。
なのにどうして拒絶するの?
分からないまま、でもなんとか原作通りになるように努力した。
王子様の心を射止めることが出来るように。
その内心に抱える闇を打ち払うことさえ出来れば、きっと私を愛してくれるはず。
そう思って、王子の抱えたトラウマをそれとなく理解している風な素振りを見せた。
王子は一瞬だけ困惑した顔をして――即座にその場を離れていった。
そして、三日ほど登校しなかった。
どうして?
実母の側室様に邪険に扱われた事がトラウマで、だから人に心を許せないのでしょう?
だけど私はそうじゃない、あなたを愛していると伝えたはずなのに。
四日後。
王子は取り付く島もなくて。
失敗してしまったのだろうか、なんて軽く考えていたけれど、宿舎に届けられた手紙で私はものすごく驚いた。
退学。
家からの除籍。
修道院入り。
どうして?どうして?どうして?
私ヒドインなんてしてないわ。
原作通りにしてきたじゃない。
それどころかもっとずっと努力してきていたわ。
なのにどうしてバッドエンドみたいな事になるの?
逃げる、と簡単に言う人もいるかもしれないけど、どこに逃げればいいの。
お金だってろくにないお嬢様が生きていけるほど世の中って甘くないに決まってる。
どうしてこんなことになったの。
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王子、アルバーンにとって、実母との確執は触れられたくないものである。
タッチの差で第一王子になれたものの、その数週間後に正妃が男児を――第二王子を産んだことで、実母からは役立たず、と思われてきた。
そこで正妃に恨みを抱かなかっただけまだマシではあるが、幼いころから実母より向けられる負の感情は彼の心を竦ませるに十分だった。
新婚早々に側室を娶って、正妃と同時に孕ませた実父たる王にも思うところがある。
それがまた彼の心を病ませた。
せめて正妃との子が生まれた後であれば、母はここまでの思いをぶつけてこなかったろうに。
そんな中、従兄のライネルに言われたのだ。
親の愛は確かに大事だが、友人や婚約者との間に愛があればそれだっていいんじゃないか?と。
僕との間の絆は君にとって重要じゃないものなのか?と。
雷に打たれたような衝撃を受けた。
確かに、従兄や弟とはきちんとした関係を構築できていた。
かけがえのない縁を結んでいる。
それなのに自分はもっともっととねだりすぎていたのではないか?
自分を案じてくれているライネルに謝罪し、今ある縁を、今後の縁を大事にすると指切りをした。
それからアルバーンは、婚約者となった令嬢、エリザベスともきちんと歩み寄り、手を取り合い、相互理解を深めていった。
つらいことや悲しいことは分け合えば半分の重みになるし、楽しいことや嬉しいことは分かち合えば倍ほどの充足感を得られる。
お互いに、未来の国を支えるものとしての教育の困難さを共有しあい、励ましあううちに、次第に感情は育っていった。
誰よりも優しくて美しく聡明な婚約者への愛は、心地よく胸を満たす。
だから、鬱陶しく擦り寄ってくる令嬢のことを疎んでいた。
しかも彼女は王室の秘である、アルバーンと実母の確執を口にした。
どういったルートで情報を手に入れたが知らないが、口封じをせねばなるまい。
そう思ったが、エリザベスに止められた。
一時期の王室を見ていれば推察できたことなのだし、うっすら理解している者は思うよりも多いのだと。
それよりも。
確かに子爵令嬢ながら優秀ではあるが、身分の差や常識を理解していない令嬢がいるということは問題だと。
侯爵令嬢であるエリザベスは家として抗議を送るので、なんとかアルバーンにもその程度で収めてくれないかと頼んできたのだ。
なのでアルバーンは子爵令嬢の家に抗議を送った。
問題の解決を行わない場合、重い処罰を下す可能性がある、と匂わせて。
結果、子爵令嬢は学園から消えた。
どうなったかは知っているがどうでもいい。
彼女のあまりな振る舞いにドン引きしていた周囲も、ほっとしたように見える。
学園では学ぶことに貴賤はないとされていて、そこは平等だとされている。
しかし平等であるのは学ぶ機会や姿勢のみであり、生徒として過ごす間でも身分はそれなりに重んじなくてはならない。
極論を言ってしまうと、唐突に暴漢が学園に乱入した場合。
最優先で守られるのはアルバーンとエリザベスである。
未来の王と王妃候補が守られるのは当然のことだ。
他の生徒とて守られることは間違いないが、優先される存在は確かにいる。
同時に、騎士を志す爵位の継げない男子生徒などは暴漢を制圧する方向に動く必要がある。
跡継ぎではない以上、多少のことがあっても問題ないからだ。
そういった話をあの子爵令嬢は理解していなかったのだろう。
確かに横たわる身分の差を「生徒でいる間はみな平等」だと勘違いし、また優秀であることを鼻にかけて、アルバーンに言い寄ってきた。
アルバーンからすれば失笑ものである。
子爵令嬢としては確かに優秀だったろう。
しかし、侯爵令嬢には決して届かない。
伯爵令嬢とならまだ対等だったろう。
その程度の娘を特別視することなど有り得ない。
ましてや、長年付き合ってきたエリザベスを捨てて彼女を取るだなんて有り得ない。
気心の知れていて、思慕を抱けていて、優秀さも折り紙付きで。
己の妃となるならば彼女しかいないと思っている存在よりも、ぽっと出の、実家の爵位の割に出来がいい程度の存在を選ぶだなど。
王族に言い寄ってくる身の程知らずというものは時たまいるものだと聞いていたが、よもや自分がとはアルバーンも予想外ではあった。
しかも王室の秘まで囁いてくるとは命知らずもいいところ。
過去には篭絡されてしまい廃嫡、どころか毒杯を賜った事例まであるということだから。
それを考えると限りなく穏便に事が進んだ、ということで。
アルバーンは日々の忙しさに目を向けて、名前もろくすっぽ覚えていない子爵令嬢のことを忘れることにしたのである。
創作物だから王子様だって余裕で射止められるわけで、実際のロイヤルなお方がそう簡単に心開いてフォーリンラブは実際中々ないと思うんですよね。
純粋な好意であっても実家の派閥がどうこうとか考えたりしそうだし。
そんなんが自分の誰にも打ち明けてない弱み知ってたりしたら?
とか考えると更にチャンスが遠のいていきますね(´ω`*)