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 ヘルバウンドとの一戦後、研究所に入った祐介達が見たものは、手術室のベッドで複数の管につながれ横たわっている翠の姿だった。

 この研究所には様々な実験が行なわれていたこともあり、医療設備も充実していた。新薬や医療設備自体もこの研究所で開発していたため、その充実度は大学病院レベルだった。

 翠のベッドの真上には無数の針やレーザーが搭載された大きな装置が設置されていた。

『RYOUSEN』

 皇グループが開発した遠隔手術用の装置である。髪の毛の断面に般若心経を書けるほど、正確かつ緻密な動きが出来る性能を持つ。

 隣のモニター室ではいつもどおりメイド服に着替えたミユカが本部と連絡を済ませ、医師と打ち合わせをしていた。

「木村先生、RYOUSENのセット完了しました。患者は山下翠、25歳、内臓破裂している模様です。正確には今、RYOYSRNのスキャンが完了しましたので、まもなくデータが転送されます。」

「ありがとう。でもミユカ、昔みたいに柚月でいいわ。」

 ミユカと話している医師は皇総合病院のスーパードクター『木村 柚月』だった。自ら論文を発表したり、術式を編み出したりすることはないが、今まで不可能とされる手術を成功させて来た。3年前まで戦地を転々とし、野戦病院の軍医として様々な修羅場をくぐり抜けた経歴を持つ。ミユカとはどうやら旧知の仲のようだ。

「じゃあ柚月、データは届いた?」

「うん。今、見てるとこ…… ! 難しいオペね…内臓破裂に…脊椎の損傷は…なるほど…会長から新薬の投与が許可されるわけね。早速始めましょう。ミユカもオペ室に入って、直接RYOUSENをフォローして。」

「了解!あっ、祐介様。通信室で小宮さんが本社に状況報告をしています。祐介様もそちらに行ってください。」

 言い残してミユカがモニター室から手術室へと入って行った。途中の通路では強い勢いで噴射される消毒用のガスを浴びていた。

「私は残るわ。ここで翠ちゃんを見守る。田村さん、モニター室に私は残るんで、何かあったら言って!」

 桃子がモニターの下にあるマイクをオンにしてミユカに言った。

「ありがとう。高峰さん。お願いします。」

 ミユカが桃子にお礼を言っているのを横目に祐介は通信室に急いだ。まずは救急車の手配だ。手術後、山下さんを病院に搬送しないといけない。それから警察にも通報…自衛隊のほうがいいだろうか?ガレージのゲート前につながれているヘルバウンドを駆除出来る火力が必要だ。

 などと考えながら通信室に入るとパンツスーツ姿の沙織がモニターを通して、ヒナガタ サラ本部長と話していた。ヒナガタ サラ本部長は数回父が自宅に連れて来たことがある。日本人離れした整った顔立ちの綺麗な女性という印象だった。皇グループの警備全般を担当しており、緊急案件はすべて警備部を通すことになっている。(いち)ドライバーからの報告で警備部の本部長が出て来るとはグループとしてこの事態を重く見ているのだろう。そのことが少しだけ祐介を安心させた。

 しかし、次のサラの発言に対して祐介は耳を疑った。

「申し訳ないが、救急車や警察などへの通報は許可出来ません。当然、本件は極秘事項扱いです!」

「でも、山下さんは死にかけていますし、外には化物もいます。」

 沙織が食い下がった。

「山下主任については、一流のドクターが遠隔で手術中です。術後については研究所の施設でまかなえるはずです。田村さんも元は一流の看護師ですし。」

「ミユカ、いや田村さん一人では手が足りません!それに外の化物はどうするんですか?死なないんですよ!」

 沙織は反論した後、少し後悔した。今回の件については時系列で詳細に説明したが、『死なない化物』についてそもそも信じてもらえているのだろうか?現実離れした誇張と片付けられていないだろうか…

 しかしながら、サラはそのことについて詮索しなかった。飽くまでも『死なない化物』は存在するという前提で話を進めていた。

 沙織はそのことについて、疑問を持たなかかったが、祐介は違和感を感じていた。

「本件については化物の件も含め、会長まで報告しています。対応についても検討中です。」

「検討中って…そんな悠長なこと言ってられないですよ!」

「慎重な対応が必要です。万一外部に漏れたら当グループの…」

「外部に漏れたらって、どうだって言うんですか!何か後めたい事でも…」

 サラと言い合っている途中で沙織が祐介が後にいることに気づいた。

「祐介様、聞いてましたか?所長としてガツンと言ってやってください。」

 沙織から煽られて言いたいことはたくさんあったが、そもそも人前で発言することに拒否反応を起こしていた。

「あ、あのぉ、僕は…その…父は…」

 祐介が口ごもっていると、サラの映っているモニターが分割され、役員達が写し出された。ほとんどが横柄な態度でふんぞり返る老人だった。

 その中の一人、ひときわ横柄な態度をとっている老人が右手に持った扇子を振り回しながら、沙織を怒鳴りつけた。

「運転手無勢が、坊ちゃまに向かってなんという口の聞き方だ!坊ちゃまに指示など有り得ん!大体こうなったのはお前らの責任だろ!温泉に入浴中に化物に襲われた?夢でも見てるんじゃないかね」

 この役員はヘルバウンドの存在を信じてないようだ。まあ当然だろう。

「坊ちゃまご安心ください。今回の件はすべてこの者達の責任です。」

 先程の恫喝とは一転して、祐介に対しては吐き気を催すほどの猫なで声語りかけた。

「さて、そこの運転手!運転手とは名ばかりで、どうせ会長の趣味で雇われたんだろ?ああ、『夜は会長に乗り、ギアを操作する凄腕の運転手です』てか?」

 老人は右手の扇子で自分の頭を軽く叩き、落語家のようなドヤ顔で言った。

「そうだ!そうだ!」

「愛人は腰だけ振ってろ!」

 取り巻きの老人達が、一斉に野次を飛ばし始めた。さながら国会中継の様相だが、この人達は小学校で「発言する時は挙手しましょう」など教わらなかったのだろうか?

「うるさい!その臭い口閉じろ!」

 一瞬で野次が止まった。祐介だった。

「小宮さんは優秀なドライバーです。彼女がいなければ誰も助からなかった。外野が口出すのは辞めてください。退場願います。」

 祐介は老人達のオンラインを強制的に切断すると大きく息を吐いた。身体がまだ震えている。

 沙織は目を潤ませながら祐介を見つめていたが、祐介が震えているのに気づくと、そっと近づき自分の胸に祐介の頭を抱き寄せた。

「祐介様、ありがとうございます。怖かったね。」

 そう言って自分の胸に祐介の顔を埋めさせ、頭を優しく撫でた。沙織は巨乳ではないが、乳房の柔らかさは十分に伝わってきた。

「男らしかったよ。好きになるかと思った。」

 沙織は優しく祐介に語りかけながら、祐介の頭をより一層乳房に押し付けた。祐介はどうして良いかわからず、なすがままになっていた。ただ熱くなった股間を沙織に悟られないよう、必死で腰を引いていた。

「小宮君、私の息子をからかうのはそれくらいにしておいてくれませんか?」

 突如オンになったモニターから落ち着いた口調の声が聞こえた。剛造だった。

「剛ちゃ…いや、所長!いつから見てたんですか?」

 沙織は慌てて祐介を突き放した。

「祐介君が役員を怒鳴りつけたあたりからです。いや、小宮君を息子に寝取られんじゃないかと、ハラハラしましたよ。」

「会長、そんなことより本題に戻っては?それから小宮さんからは『剛ちゃん』と呼ばれいるんですね。」

 剛造の発言をサラがたしなめた。同時に沙織に対しての牽制もあった。

 祐介は小宮沙織が剛造の愛人であることを思い出した。

「まあまあ、話を本題に戻しましょうか?」

 バツが悪くなったのか、剛造は話題を変えた。そもそも愛人同士のマウント合戦をしている状況ではない。

「まず、ヒナガタ本部長が言ったとおり、警察などの介入は出来ません。先ほどKENSINのドライブレコーダーの映像を見せてもらいました。」

 剛造がそのまま話し始めた。

「何故、2人が全裸で一緒にいた女性が誰なのか等、疑問点は多々ありますが、それは一旦置いておきましょう。死なない怪物…所長は『ヘルバウンド』と呼んでいましたので、そう呼びましょう。」

「父さん、そんなことより通報許可を!許可が無くても通報しますよ!」

 祐介が剛造の話を遮った。

「所長、父さんではなく、会長と呼ぶべきですよ。公私混同しないように。」

 剛造が冷静にたしなめた。

 その一言で祐介は口を閉じたが、代わりに沙織が剛造に意見した。

「会長!お願い!今、そんなこと言ってる場合じゃないじゃん!今すぐ助けを呼んで!」

「小宮さん!会長になんて口を!」

 サラが沙織に注意しようとすると、剛造が止めた。

「大丈夫ですよ。ヒナガタ本部長。それに小宮君。通報許可はしないが、救援を送らないとは言っていませんよ。実は『SS』を手配済みです。」

「ショットガンスクワッド…」

 祐介が無意識のうちに呟いた。

 『ショットガンスクワッド』。敵地に降り立つとショットガンのように散開し、敵を一掃することから、いつしかそう呼ばれるようになった皇グループの非公式傭兵部隊である。正式名称は『SS(皇スクワッド)』であるが、今やそのダサい名称では呼ばなくなった。

「山下主任達とヘルバウンドの戦闘映像を警備本部長とSSで分析したところ、ヘルバウンドは脅威的な再生能力がありますが、電撃には弱いようですね。皇グループが誇る戦闘ヘリ『SUZAKU』の両翼に雷電を2基搭載したものでそちらに向かわせました。」

 『SUZAKU』∶皇重工が開発した大型戦闘ジェットヘリ。大型で有りながらドローンのような繊細な動きが可能で、主力のジェットエンジンは音速を可能にする。

「他にもヘルバウンドのような怪物がいるかもしれませんので、調査と殲滅を兼ねてSSの精鋭を30人出撃させました。あと5分ほどで到着予定です。」

 サラが加えて説明した。突如、サラが映っている隣のモニターがオンになり、30代半ばの軍服を着た男性が映し出された。男性は祐介に向かって話し始めた。

「初めまして。皇祐介所長。今回の作戦の指揮を執る大尉の城南 海斗です。あっ、隣にいるのは沙織?モナコ以来だね。」

「海斗?えー久しぶり〜。」

 先ほどまでの沈んだ感じとは一転し、明らかに表情や口調が明るくなった。

「会いたかった。とりあえずチャチャってヘルバウンドとやらを片付けてからゆっくり話そう。でも相変わらず綺麗だ。」

 ゴホン!

 話を遮るには充分過ぎるほど、わざとらしい咳払いが聞こえた。剛造だった。

「無駄話はそのくらいにしてもらえませんか?城南大尉。あと、小宮君も今の自分の立場をわきまえるように。」

 無駄話をたしなめるのが目的ではなく、自分の愛人に気軽に話かける男に対する嫉妬と牽制のように思えた。

 沙織は肩をすくめて、舌を出すだけだったが、城南大尉はすぐさま真剣な表情で謝罪した。

「会長、失礼いたしました。間もなく目標地点に到達。目標確認。一旦ホバリングで待機します。」

 城南大尉の報告後、モニターの映像にゲート前の監視カメラの映像が追加された。同時に城南大尉が映っていたモニターはヘリの前方カメラからの映像に切り替わった。

 ヘルバウンドは上空の『SUZAKU』に飛びかかろうともがいていたが、ポールに繋がれたワイヤーが邪魔して飛びかかれない。

 その姿を上空から眺める『SUZAKU』は、今から下界に『怒りの雷』をくらわす前の神のような余裕を発していた。その姿に祐介一同、『SUZAKU』の勝利を確信した。

 ただ、祐介も沙織もこの時はガレージの車に残してきた女性の存在をすっかり忘れていた。

 



 

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