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6 コースト トゥ コースト

 目の前で人が潰された。

 さっきまで果敢に戦っていた山下さんだ。

 さらに奴は彼女を食べようとしている。

 彼女が持っていた死体が僕の足元に転がってきた。

 僕はそれを拾うと奴の顔めがけて投げつけた。死体は奴、ヘルバウンドの顔に当たり、動きを止め、僕を睨みつけた。

 多分、その時僕はようやく我に帰ったんだと思う。怖さが溢れ出してきた。自分でも足が震えているのが、はっきりわかる。

 そもそも僕は身を挺してまで人を助ける人間じゃない。ケンカだってしたことがない。さっき初めて人(謎の男)を殴ったことで気持ちが高揚していたのだろうか?それとも山下さんを守ろうとしたのだろうか?

 恐怖で震えて動けずにいると、後から誰かがヘルバウンドの頭めがけて飛んで来た。

 さっき僕を助けてくれた高峰さんだった。

 ヘルバウンドをレーザーブレイドで斬りつけようとしたが、ヘルバウンドは山下さんを踏みつけてない左足で高峰さんをはたき落とそうとした。

 高峰さんは咄嗟にレーザーブレイドでブロックしたが、そのまま地面に着地した。ヘルバウンドの左足もレーザーブレイドにより深手を負ったが、既に再生を始めている。

「祐介様、ゲートが開きました。」

 後でミユカが叫んでいる。

「所長はとりあえず車に乗って!」

 高峰さんがヘルバウンドを睨みながら言った。 

 僕はまだ震えが止まらず、動けなかった。

「祐介様、速く!」

 ミユカが叫んだ。

 高峰さんが僕が動かないことに気づき、ヘルバウンドから目を反らし、僕をSUVの方向に突き飛ばした。僕は仰向けに転倒した。高峰さんはヘルバウンドに背を向けたため、ヘルバウンドから押し倒され、顔面を噛みつかれようとしていたが、咄嗟に仰向けになり、レーザーブレイドで防御した。レーザーブレイドと言っても、既に充電が切れており、ただの警棒をヘルバウンドに噛みつかせているだけだった。

 高峰さんとヘルバウンドの膠着状態は数秒続いたが、ヘルバウンドは痺れを切らしたのか、警棒を咥えたまま頭を上下左右に激しく振り始めた。

 その度に警棒を握ったままの高峰さんも大きく振り回された。ヘルバウンドが頭を上に振った時、とうとう高峰さんは警棒から手を放してしまい上空に高く飛ばされた。三階建てのビルくらいの高さだろうか?このままでは落下のダメージで重傷を負うことは間違いない。

 でも僕は高峰さんが笑ったことを見逃さなかった。

「この高さなら…」

 高峰さんの唇はそう動いた。

 高峰さんは脚を地面に向け、より加速するよう落下した。落下の際、ヘルバウンドの左首を右脇に抱え込み、「DDT!」と叫びながら両脚を前方にスイングした。

 落下の勢いに両脚を前方にスイングさせた力が加算されヘルバウンドの左頭は地面に激突した。

 大蛇を首に巻いているアメリカのレスラーの必殺技だった。

 ヘルバウンドは左頭を地面に突き刺したまま、横向きに倒れた。

 山下さんを踏みつけていたヘルバウンドの右足も離れた。

 高峰さんはその隙に山下さんを抱え上げカーゴに乗せた。

 僕はまだ動けずにいたが、高峰さんが戻って来て僕をカーゴに投げ入れた。

「今のうちに早く!」

 高峰さんが叫ぶと同時に沙織がアクセルを踏み、SUVが急発進した。ゲートは通過すると自動的に閉まる仕組みになっている。

 ヘルバウンドは何事もなかったように立ち上がり、走り出したSUVに飛びかかった。

 SUVは既にゲートを通過し、ヘルバウンドは閉まりかけのゲートに両首が挟まり動けなくなった。ヘルバウンドは凶暴さ剥き出しで暴れ、今にもゲートをこじ開けそうな勢いだ。

 見渡すと高峰さんがいない。

 高峰さんはゲートの外でヘルバウンドの後脚にしがみつき、ゲートへの侵入を阻止していた。

「所長!山下さんの呼吸が弱くなってます!早く処置しないと!」

「所長、ここは私が何とかするから、翠ちゃんをお願い!」

 ミユカの叫びに高峰さんが応えた。

 この間にも、ゲートは少しずつ開いている。迷っている暇はない。

「ミユカさんと沙織さんは負傷者を中へ!僕は残ります!」

 なんでこんなことを言ったのか、わからない。僕は今まで真逆の人生を送ってきた。怖くてたまらないのに…。ただ残ったところで、僕に出来ることは…。仮に研究所に避難しても僕に医療行為は出来ないし、ヘルバウンドが侵入するのも時間の問題だ。

 僕は腹をくくり、再度言った。

「急いで、負傷者の治療を!早く!」

 その言葉に気圧されたのか、ミユカと沙織も気持ちを固めた。2人で山下さんを抱え上げ研究所に入って行った。車内にはもう一人気を失っている女性がいるが、命に別条がないと判断し、山下さんを優先したのだろう。

「所長、男らしいとこあるじゃん!見直したよ!」

 ゲートの外から高峰さんの声がした。

「正直、私一人じゃ自信無かったんだ。そっちからヘルバウンドを押し出すことが出来る?」

 出来っこない。ヘルバウンドに近づくと、今にも僕を噛み砕こう2つの頭で咆哮し威嚇してきた。

「無理です!ヘルバウンドに近づくことすら出来ません!」

「あっ、だよね。SUVで押すことは出来る?」

「やってみます!」

 車の免許すら持ってないが、ゲームで運転したことはある。とりあえず運転席に乗り込み、Uターンしようとアクセルを踏みハンドルを切った。

 ガシャン!

 通常だったら、うまくいったかもしれないが、カーゴを牽引しているため目測を誤り、カーゴがガレージの柱に引っかかってしまった。

 アクセルを何度ふかしてもビクともしない。

「高峰さん駄目です!失敗しました!」

「そっか!わかった!所長は避難して!もう持ちそうもないけど、時間かせぐから!」

「それじゃあ高峰さんが…」

 何か使えるものは…

 ガレージの隅に牽引用のワイヤーを見つけた。

「高峰さん!牽引用のワイヤーがあります!使えますか?ヘルバウンドに括りつけ、一方をどこかに繋げば…」

「そうね!庭先で飼われているワンコロみたいになるわね!ワイヤーをこっちに投げて!」

「はい!」

 返事とともに僕はワイヤーを投げた。ワイヤーはヘルバウンドの頭上を越え、無事高峰さんの近くに落ちたようだった。

「ナイスコントロール!」

 ゲートの隙間から高峰さんがヘルバウンドの動きを封じつつ、器用にもヘルバウンドの首にワイヤーを巻き付けているのが見えた。

「巻き付け完了!あとはこれをどこに結ぶかだね…」

「ゲートの側のポールはどうです?」

 ゲートの側には歩道と車道をチェーンで区切ってあり、等間隔でチェーンを通すためのポールが設置されていた。

「了解!」

 答えるやいなや高峰さんはポールにもワイヤーを括り付けたようだ。ヘルバウンドの動きが先ほどより少し弱くなったようだった。

「あとはこのワンコロの頭を外に出して、ゲートを閉めるだけね…今のうちにそっちに行くわ。」

「グォォォォォ~!」

 咆哮の後、ヘルバウンドは再び暴れ始めた。

「まずい!チェーンを固定したポールごと引きぬかれそう!コンクリートの地面にもヒビが入ってる!すぐ行く!」

 高峰さんはヘルバウンドの背中に飛び乗り、ゲートの隙間から身体を横に反らし研究所側に入って来た。彼女の大きな胸がゲートに引っかからないか心配だったが、想像以上に柔らかく杞憂に終わった。

「何か使える物は…」

 高峰さんは乱暴にカーゴをあさった。

「あった!これだ!」

 バッテリングラム。

 特殊部隊が突入時にドアを破壊するために使用する、円柱に持ち手が付いている道具だ。

 寺の鐘突きの丸太のように円柱をドアにぶつけて使用する。さらに皇グループのバッテリングラムには威力を増すためにロケットエンジンを搭載している。その破壊力から通称「打ち壊し」と呼ばれている。

 通常のバッテリングラムは一人で操作出来るが「打ち壊し」はロケットエンジンの推進力がコントロールを困難にしているため、2名で操作する。

 しかし高峰さんは軽々と持ち上げ、一人で操作する気満々だ。

「所長、真後ろに立つとエンジンから出る炎で焼かれるよ。離れて。」

 僕は慌ててSUVの陰に隠れた。

 高峰さんは「打ち壊し」を振り上げ、ヘルバウンドの顔面に叩きつけた。ヘルバウンドは威嚇するためか口を大きく開けたため、「打ち壊し」の先端が口にすっぽりと入ったが、その瞬間ロケットエンジンを点火した。

ゴォォォ

 爆音とともにヘルバウンドの頭が、ゲートの外に押し出されて行く。

 しかしエンジン音は徐々に弱くなり、同時に推進も弱まっていく。

「やはり長くは持たないね。」

 高峰さんの声が上から聞こえた。気づくと高峰さんはSUVの屋根の上に立って様子を見ている。ヘルバウンドとの距離は約5m。高さと距離と佇まいが隣のコーナーにいる相手選手へミサイルキックを狙っているレスラーを彷彿させた。

「所長、もうすぐエンジンが止まるからその瞬間に『打ち壊し』の前でそこのパイプ椅子を構えて。」

 どこから取り出したのか御誂え向きにパイプ椅子があった。某大型プロレス団体のオーナーの息子の得意技をかます気だ。

 ヘルバウンドへの恐怖もあったが、何故かパイプ椅子を持ってヘルバウンドの近くに走った。

 エンジンが止まるや否や僕はエンジンに蓋をするようにパイプ椅子を構えた。

 その瞬間高峰さんが飛んた。

 コースト トゥ コースト

 SUVの屋根からパイプ椅子へ一直線に高峰さんのミサイルキックが炸裂。その衝撃はパイプ椅子から『打ち壊し』に伝わり、ヘルバウンドは吹っ飛んだ。閉まったゲートの向こうからはヘルバウンドの咆哮が聞こえた。

 僕にはその咆哮がヘルバウンドの負け惜しみに聞こえた。

  

 


 

 

 



 






  

 

 

 

 

 

 


 

 

 

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