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4 サッカーパンチ

 獣達の群れが出て行ったようなので、僕はクローゼットから出た。

 研究所の方角からは獣達の吠える声やミユカ達の悲鳴が聞こえる。無事逃げ切れればいいが…

 辺りはまだ獣の臭いがたちこめていた。袖で鼻と口を塞ぎながら、あの獣達が何だったのかを考えた。チワワやポメラニアンのような犬種もいたが、それらの犬種ではあり得ないほど大きい。またところどころ欠損した箇所があり、通常では絶命しているだろう。何よりも欠損した箇所から出ている糸のような物が気持ち悪かった。地獄にいる犬って、あんな感じなのだろうなどと想像し『ヘルバウンド』と呼ぶことにした。

 研究所の方からは以前としてヘルバウンドの吠える声が聞こえている。ミユカ達は大丈夫だろうか?助けに行くべきか?行ったところでどうする?せいぜい囮になることしか出来ない。等と自問自答していると、後ろから声をかけられた。男の声だった。

「ねえ。オジサン。こっちに背の低い女来なかった?」

 振り向くといきなりみぞおちを殴られた。痛みと苦しさで膝をつくと、今度は頭を抱えられ顔面に膝が入った。グシャっと嫌な音がした。鼻骨が砕けたのかもしれない。

 僕は男の足元に土下座するような感じでうずくまった。さらに後頭部を踏みつけられ身動きがとれない。

「ごめんね。おじさん。普通質問に答えなかった時に殴るよね。」

 男は会話の途中で一旦足を上げ、再び後頭部を踏んだ。

「でもね、こっちのほうが効率いいんだ。先に痛みを与えたら、次の痛みが想像できるだろ?で、話してくれるわけだし、こっちもいたぶると楽しいもんね。」

 と言って後頭部から足を離し、顔面を蹴り上げた。僕は仰向けに倒れた。そこで男の顔をやっと見ることが出来た。男は20代後半で背が高く端正な顔立ちをしている。右手に拳銃、左手には長ドスを持っている。手や腹部に噛みちぎられたような傷があり、腹部からはあり得ないくらいの出血で履いている白いスラックスが血塗れになっている。

「何ジロジロ見てんの?」

 そう言って、僕の腹部を踏みつけた。踏みつけた拍子に男の腹部から何か僕の胸に落ちた。何か赤い肉の塊に見えたが、よく見ると男の腹部の傷からはみ出した腸だった。

「ひぃーっ!」

 僕は悲鳴にならない悲鳴を上げた。

「ごめん。ごめん。行儀悪かったね。さっき野犬どもに食べられてさ…そういえばあっちの方から犬が吠えてるね。女の悲鳴が聞こえるけど…あれじゃ助からないか。」

 言いながら男は拳銃をスラックスの後ろにはさみ、落ちた腸を腹に戻した。

「なんかさ、おなかに巻くもん持ってない?油断するとすぐ落ちてくるんだよね。」

 男は辺りを見渡しながら言った。

「あっ、良いのあるじゃん。」

 男は僕の顔の横に落ちていた浴衣を見つけて拾い上げた。その際浴衣から何かが落ちた。僕は反射的にそれを隠した。IDカードだった。

 男は浴衣を口元に当て、思いっきり息を吸い込んて臭いを嗅いでいる。

「シャネルのチャンスかな。あの女じゃないな。」

 IDカードのことは気づいてないようだ。このIDカードがミユカの物か沙織の物か確認出来ないが、彼女らがどちらかのカードを持っていれば問題ないはず…僕は背中の下にあるもう1枚の浴衣をバレないように探った。手にプラスチックのカードが当たった。IDカードだ。男はまだ浴衣の臭いをシンナーでも吸うような勢いで嗅いでいる。僕は2枚のカードをそっとズボンの後ろポケットに隠した。

「そそるなぁ…いい女感が半端ないなぁ…」

 言いながら、男は自分の股間を弄り始めた。こちらの様子には気づいてないようなので、そっと仰向けのまま、研究所側の出口に向かった。ヘルバウンドはまだ吠えているので、彼女達はまだ生きている可能性が高い。とにかく研究所に避難して救助を呼ぼう。皇グループの権力で自衛隊の一部隊くらい出動させることは可能だろう。

「ところでさぁ…オジサンこんなとこで何してんの?どう見ても浴衣の持ち主の彼氏には見えないし、金も持ってなさそうだもんなぁ…なんかキショいTシャツ着てるし…」

 男は浴衣の臭いを嗅ぐのを止め、腹部に浴衣をサラシのように巻き付け、帯で固定しながら言った。ちなみに僕が着ているTシャツはアニメのキャラクターが描かれた限定品で一万円以上もするレアアイテムである。マニアの間では着ているだけでステータス爆上がりのアイテムだが、所詮一般人にはわからないのだろう。等とどうでもいいことを考えていると、男から胸ぐらを掴まれ無理矢理立たされた。

「ふ〜ん。覗きかぁ…キショい趣味だね。覗く暇あるんだったら、殴って犯せばいいのに…てか、背の低い女が来たかどうかいい加減教えろよ!」

 答える間もなく、また殴られた。

「き、来ました…」

 蚊の鳴くような声で僕は答えた。相手はかなり年下にもかかわらず、敬語で…。しかも、聞かれてもないのに研究所の方を指差した。

「あーやっぱりあっちに逃げたか…騒ぎが治まったら見に行くか…」

 言いながらまたみぞおちを殴られた。僕はその場で膝をつく。胃液が逆流して戻しそうになる。

「オジサン…よく見るとぽっちゃりして、うまそうだな。」

 男は顔を寄せ、僕の頬を舐めた。どっちの意味だ?

「あれ?これ食欲?性欲?」

 男も同じことを思ったらしい。でも、さっきはミユカの浴衣で浴場してたが…

「とりあえず犯してから食べるか…」

 僕の疑問とは関係なく、男はいきなり僕の唇をむさぼり始めた。ファーストキスだったが、考える余裕はなく、男は舌で僕の唇をこじ開けようとしている。僕の口の中は逆流した胃液で溢れ、もはや限界だった。僕は必死で男の顔を引き剥がした。男は反射的に拳を振り上げたが、僕の胃液も限界だった。男の顔を引き剥がした勢いで一気に胃液を吹き出した。胃液は男の顔面に直撃し、大部分が目に入ったようだ。僕はその場にうずくまりえずいていたが、男は完全に視界を失っていた。胃液が入った目もかなり痛いらしい。手探りで僕を殴ろうとしていたが、痛みに耐えれず胃液を洗い流そうと温泉に向かった。

 僕はそのまま逃げようかと思ったが、研究所の方からはヘルバウンドの吠える声が聞こえている。そういえばさっきクラクションの音が聞こえたが、何らかの方法でガレージまでたどり着き、

脱出できたのだろうか?ということは研究所に逃げても彼女らはいないし、僕が餌食になる可能大だ。

 温泉の方向にはあの男がいる。目の見えない状態なら勝てるかもしれない。ただ今まで僕は喧嘩はおろか人を殴ったことがない。なんとなく覚えているのは小学校の時に、同級生の康弘君を殴ろうとしたら、あっさり避けられてボコボコにされたことだ。喧嘩のデビュー戦で一切攻撃出来ず、一方的に殴られたのだから、喧嘩にカウントされないだろう。ちなみにその時まで僕の家柄を盾に好き放題やっていたが、それ以来ずっと影でイジメられたのは言うまでもない。

 男はまだ洗い場付近を手探りで進んでいる。僕は手探りでそっと後をつけた。ふと足元を見ると長さ1m位の板が落ちていた。温泉を混ぜて温度調整する板だろうか?何にせよ素手で殴るよりは心強い。僕は音を立てないように板を拾い、男の後頭部めがけて振り下ろした。

 ゴン!

 鈍い音を立て、男は浴槽にうつ伏せに倒れこんだ。後頭部は割れ、出血で湯船が、赤く染まってゆく。

 死んだ?

 恐る恐る近づくと、男は急に立ち上がり、僕の方に振り向いた。

 目は完全に白目だ。口からヨダレを垂らし意識はないようだ。ここでトドメを刺すべきだろうが、僕は恐怖で動けなかった。

 その時森の方から男性の声で断末魔のような悲鳴と怪獣のような咆哮が聞こえた。

 男はおもむろに悲鳴と咆哮の方向に走り始め、そのまま森に消えて行った。

 僕は呆然とそれを見送り、その場にヘタりこんだ。これからどうしよう…

 すると森から木々の折れる音がした。音はかなりの速さで近づいてくる。さっきの男が戻って来たのか?それにしては音が大きい。もっと大型の何かか…

 音はさらに近づいて来る。僕は脱衣場の方に逃げようとしたその時、森から大型の何かが飛び出した。

 何かは温泉に着地し、再び咆哮した。

「ヘルバウンド…」

 今までのヘルバウンドとは比べものならないくらい大型で闘牛くらいの大きさはあった。犬種はシベリアンハスキーだろうか?ところどころ腐っているように見えるが精悍な顔つきをしている。

 等と観察していると、ヘルバウンドは僕を見つけたのか急に突進してきた。

 僕は背を向け一目散に脱衣場の方に逃げた。ヘルバウンドは脱衣場の壁等を破壊ながら追ってくる。

 僕は脱衣場に入り、研究所側のドアにたどり着こうとしたその時、何かを踏みすべりコケた。

 ミユカ達の浴衣だった。

 起き上がろうともがいた時には、ヘルバウンドは僕の間近で、大きな口を開け噛みつこうとしていた。

 僕は咄嗟に手に触れていた浴衣を掴み、ヘルバウンドの顔の前に広げた。今思えばそんなことで、ヘルバウンドの攻撃を防げるわけはないのだが、ヘルバウンドは広げた浴衣に顔を突っ込んだ。浴衣はヘルバウンドの頭部をすっぽり包む形となった。

 ヘルバウンドは振りほどこうと転げ回ったが、僕も必死にしがみついた。途中、帯も拾ったので浴衣の上から帯を巻き付けた。しがみついている内に僕はヘルバウンドの背中に乗っていた。

 ヘルバウンドは転げ回るのを止め、今度は壁に体当たりを始めた。体当たりを続けているうちに研究所側のドアを破壊し、研究所へ向かって走り出した。僕はその拍子にヘルバウンドから振り落とされたが、手に帯が巻き付いていたので、そのまま引きずられた。

 辺りは静かで、他のヘルバウンドは見当たらない。研究所の前ではミユカ達が談笑しているのが見えた。

「助けてぇ!」

 僕は今まで出したことのない大声で叫んだ。



 


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