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10 she is a little run away

 とにかくアクセルをベタ踏みし、ハンドルを強く握った。

 助手席のドアの外では黒木が何やら叫んでいる。

 人型ゾンビが車体に数体しがみついていたが、衝突や蛇行を繰り返すうちに振り落とされていた。

 助手席のドアの外にいた黒木も居なくなっている。

 サイドミラーには犬型のゾンビが萌を追って来ている姿が映っていたが、ミラーを確認する余裕はなかった。

 車は森に突っ込み小枝をなぎ倒しながら、しばらく進んだ。獣道しては幅が広く、ワゴン1台ギリギリ通れた。

 かなり大型の獣がこの森に生息しているのかもしれない。


 後部座席ではmarcyが寝息をたてている。マンションでファイヤークリスタルを精製している時、待ちきれず眠ってしまったmarcyの寝顔と重なり、幸せだった記憶が蘇った。

 車に避難した時もmarcyは眠ったままだった。顔は拷問でグシャグシャだったが、それでも愛おしかった。その感情が先ほど黒木を車内から蹴り落とす行動につながったのだろう。自分が逃げ延びることからではなく、marcyを護るという感情が働いたのだろう。


 そんなことを考えていたため集中力が途切れたのだろう。前方に大きな熊がいることに気づかなかった。2メートルを超える大型のため、通常であれば気づかないわけがないのだ。萌が気づいた時には、もう目前だった。あわててブレーキを踏みながらハンドルを切った。

Skirrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!

 ヒップホップのラップで表現されるようなドリフト音が響いた。

 熊を躱すことには成功したが、曲がった先の大木への激突は免れなかった。

 衝撃が萌の顔面に走った。エアバッグが作動し顔面にぶち当たったのだ。

 幸か不幸か意識は失わなかった。運転手を衝撃から守る装置でありながら、充分過ぎるダメージを負ったことに矛盾を感じながら、萌は車外に転がり出た。

 大木がエンジン部にめり込んでいることから、この車がもう動かないことは明らかだった。

 車外から後部座席を覗きこむとmarcyはまだ眠ったままだった。

 ぐぉぉぉぉ!

 逃げて来た方向を振り返ると、先ほどの熊をゾンビ犬の群れが襲っている。

 熊も体格差で応戦しているが、ゾンビ犬は数で圧倒し、熊はゾンビ犬に覆い尽くされた。標的がこちらに切り替わるのも時間の問題だろう。

 萌はmarcyを無理に起こして連れて逃げるより、車内に残したほうが安全と判断し、麓に向かって駆け下りた。

 案の上、ゾンビ犬の群れは熊を食い尽くしたのか、次々と萌を追いかけた。

 萌は必死で森の中を駆け下りた。途中何度も転倒したため、正確には「転がり降りた」が正しいかもしれない。

 10回以上転倒した後、ついに森を抜けたが崖だったため、転がり落ちた。

 萌自身何が起こったか把握出来てなかったが、急激に感じた落下する感覚に死を覚悟した。

 しかし落ちた先はお湯だった。

 「溺れる!」

 温かさを感じる前に萌は少しだけパニックになったが、浅いことが分かると現状が理解出来た。

 温泉だった。しかも湯気の向こうには女性らしい人影がある。

 「助かった」

 萌は安堵した。

 安心するのも束の間、後方の森からはゾンビ犬が吠える声が近づいている。

 萌は慌てて人影に近づこうとしたが、今まで疲労からうまく走れない。

 ようやく視界に2人の女性の裸体が映った。湯気に包まれた2人はこの世の者とは思えない美しさだった。

 「女神さま…助けてください…」

 萌は言葉を発したが、ほとんど声にならなかった。そして、安心からかそのまま気を失ってしまった。




 目覚めると、車の天井が目に入った。もっとも、それが車の天井であることを理解するのは少し時間がかかったが。

 一瞬、黒木達ブラックオーガに捕まり、車に連れ戻されたかと思ったが、ブラックオーガの車より広く、シートも高級だった。車内を見渡したが誰もおらず、捕まったのではないことは判断出来た。

 萌は恐る恐る車から出るとガレージの中だった。ガレージというには広過ぎ、ビルの地下駐車場だと判断した。

 自分が乗っていた車を見ると、車というよりは装甲車のような出で立ちだった。

 自分を車に乗せたのはブラックオーガではないにしろ、完全に安全とは言えないようだ。

 いずれにせよ、森の中に残してきたmarcyのことも気になるし、状況を把握するために辺りを調べることにした。

 すると、男女の話し声が聞こえた。話し声はだんだん近づいてくる。

 女性が森に行こうとしているのを男性が止めているようだった。

 いよいよ話し声が近づいてたため、萌は慌てて車内に戻り隠れた。

 

 

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