アレスでの暮らし
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クララがアレスで暮らし始めて二週間が経とうとしていた。
漁村で暮らすなど初めての事なので生活様式の違いに戸惑う事もあったが今ではすっかり慣れて、小さな魚なら1人で捌けるようになっていた。
クララの一日はまず、ナリィの手伝いで夜の間に用意していた薬材の回収をする事であった。
薬効のある植物から朝露を採取したり、特別な術式を施した鉱物を月の光に当て、それを朝になったらすり潰して薬の材料にしたりと、とにかくやる事は沢山あるのだ。
その後は素早く二人分の朝食を用意して洗濯魔道具のスイッチをセットしておく。
食べ終わったら食器の片付けをして、ナリィが洗濯物を干してる間に店や家の中の掃除だ。
毎朝目まぐるしく動いているが、二週間も経てば手馴れたものだ。
それらの朝のルーティンが終わり、薬剤店の開店20分前ほどにようやくひと息つけるのであった。
二人分の薬草茶を淹れて店のカウンターの内と外に座り一緒に飲む。
馥郁とした香りが鼻腔をくすぐり、慌ただしかった朝の疲れを癒してくれた。
クララはほっと柔らかな息を吐いてナリィに言った。
「とても美味しい薬草茶ですね。茶葉のブレンドはナリィさんが?」
ナリィはティーカップの中のお茶をゆらゆらとさせながら答えた。
「ああそうさ。疲労回復に効果があるお茶さ。不思議と剣の古傷にもいいんだ」
「剣の古傷……」
もっと早くにこの薬草茶の事を知っていたら、ウォレスにも飲ませてあげられたのに。
夫の体には無数の剣傷があった。
今は余程の事がないと斬られたりはしないそうだが、子どもの頃から生きるために剣を振り続けた事により大小様々な傷を作ってきたのだと言っていた。
深手を負った傷は今でも時折天候により疼くらしい。
そんな時にこのお茶を飲ませてあげられたら良かったのに……。
ウォレスは何も言わなかったが、あの体の傷跡を見れば、彼がどれほど過酷な生き方をして来たのかがわかる気がする。
古いものから新しいものまで、全てが懸命に生きてきた証だとクララはそう思っていた。
孤児院出身で騎士団に入ってからはずっと厳しい環境で生きてきた彼が、ようやく心休まれる存在として出会えたのが王都で一緒にいたあの女性だったのだろうか。
クララではウォレスの心を満たす事は出来なかったという事だ。
クララは心から夫を愛し、彼が心置きなく勤めが果たせるように内助の功として支えてきたつもりだったが、彼が本当に求めるものはそういったものではなかったのかもしれない。
「………ラ、クララ」
「……!」
ナリィの呼びかけにクララはハッと我に返る。
またウォレスの事を考えてしまっていた。
そんなクララの心境がわかってか、ナリィはあえて端的に告げた。
「また別れた元亭主の事を考えていたのかい?もうそろそろせっかちな客が来るよ、さっさと準備しな」
いや離婚したわけじゃないので別れた元亭主というのは違うのだが、気持ちの上ではそうなのだからとクララは否定しなかった。
そうこうしている間に朝イチで薬を買いにくる客と、それと一緒にクララの診察を受ける者が来店する。
患者の症例は主に神経痛が多い。
夏場でも強い潮風に打たれ続け、神経に障り痛みを発症する者が多かった。
傷付いてしまった末梢神経を完全に修復させるのは治癒魔法を用いても直ぐに治すのは無理だが、ナリィの調合する薬剤と併用することでかなりの効能が期待できる。
隣町まで行かないと医師がいない小さな漁村で、クララの医療魔術はとても重宝され、皆に歓迎された。
夕方近くまで薬剤店に訪れる患者の治療をして、ようやくその日の仕事は終わる。
その後は、散歩も兼ねて市場まで買い物にいくのだ。
少し遠回りになるが気晴らしに海岸線に沿って市場へと向かう。
波の音を聞きながら海を見ながら歩くのはとても気持ちがいい。
市場へ着くと新鮮な魚や加工食品、野菜や牛乳、玉子などを買ってナリィの家に戻る。
そして夕食の支度をナリィと一緒にして二人でたわいもない話をしながら一緒に食べるのだ。
やはり誰かと一緒に食べる食事は美味しいとナリィは言う。
クララもウォレスが単身赴任となってからはずっと1人で食事をしていたのでその気持ちはよくわかった。
こうしてクララのアレスでの一日が終わる。
この二週間、毎日同じことの繰り返しだがとても充足した暮らしを送っていた。
ナリィとの暮らしはとても穏やかで心地よく、
クララは出来る事ならばこのままこうしてアレスで暮らせればいいのにと思っていた。
同じ頃、ここへ来るように勧めてくれたトビーの元へと、
ある客が訪れていた事をクララは知らない。
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次回、あの男が現る。
今日は大人になってから罹患しちゃった喘息の三ヶ月に一度の通院と、
半年に一度の精密検査があります。
もしかしたら夜の更新が出来ないかも、です。
その時はごめんなさい。(ㅠ︿ㅠ)スマヌ…