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喪失 ウォレスside⑧

「入籍早々にすまんがクマロク公爵領駐屯騎士団へ行って貰いたい」


「クマロク騎士団へ……?」


それがウォレスがロンダールからローベル卿の策謀を最初に聞かされた時であった。



「クマロク公爵はたしかローベル卿の叔父にあたる方ですよね?前国王の年の離れた弟君でいらして、確かまだ四十代後半だと。そして人望も厚く、クマロク騎士団の統率力はピカイチだと聞いています。その方が統括する騎士団の内情を探る必要があるのですか……?」


ウォレスが訊ねるとロンダールは声のトーンを落として答えた。


「クマロク騎士団にはなんの問題もない。お前とウォードにクマロク公爵とローベル卿の連絡役を任せたいのだ」


ウォードも、と聞きウォレスは言った。


「……秘密裏に動く必要があるのですね?」


「そうだ。誓約魔法に抵触する案件を増やして済まないが、これから話す事は絶対に他者に知られるわけにはいかん」


ロンダールの口調から、ウォレスはこれが徒ならぬ事だと察した。


「ローベル卿はクマロク公爵と何かを成されようとしているのですか?」


「クマロク公爵を旗印にローベル卿は挙兵されるおつもりだ」


「……クーデターですか」


「ローベル卿も、そしてクマロク公爵も、今の王国の在り方に散々進言、もしくは苦言を呈して来られた。しかし国王はその言葉に耳を傾けようとはせず、甘言しか囁かぬ王国騎士団長テイサー卿や腹心の大臣たちのみを重用する。そうして腐り続けた結果が先の宰相やドリトル前伯爵のような者を生み出し、お前たち双子のような人権を無視した人間も作られた」


「………」


ロンダールの言葉を聞き、ウォレスは拳を握りしめた。


「このままではこの国は腐り、滅びる。ローベル卿もクマロク公爵も王侯貴族が滅びようがそれは自業自得だとのお考えだ。しかし国が腐り一番の犠牲となるのは民だ。このままこの現状を放置出来ないと、ローベル卿は十年以上前から信頼に値する人間を集め秘密裏に資金を調達し、機を窺っていたそうだ」


「そしてその時が来た、という事なのですね」


ウォレスのその言葉にロンダールは頷く。


「クマロク公爵のご英断により、一気に機が熟したとローベル卿は仰られた。最後の下準備を終えた後、ローベル卿指揮下の第二騎士団とクマロク駐屯騎士団は同時に決起する」


その最後の下準備、それを自分たち双子に任されたのだとウォレスは理解した。


「承知しました。()()()の標的はテイサー総騎士団長ですね」


その言葉を受け、ロンダールは薄らと笑みを浮かべる。


「そうだ。いずれテイサー卿はお前がローベル卿とクマロク公爵の繋ぎ役だという事を察するだろう。そしてウォレス=バートン、お前を監視下に置くために適当な理由を付けて王都に呼び寄せる筈だ。しかし国王に取り入り、七年前に総騎士団長に就任したテイサー卿は知らない。お前が双子で、ウォードというもう一人のお前がいる事を」


いずれ決起するに当たり、王の肝入りであるテイサーが必ず邪魔になると当時まだ第二騎士団の師団長であったローベル卿はそう睨んでいたという。


その時ウォレスとウォードを切り札として使うべく、双子の諜報員の情報を敢えて渡さないように裏で手を回したらしい。


そして今、その切り札を使う時が訪れたというわけだ。


とりあえずテイサーがウォレスを王都に呼び寄せるまではクマロク駐屯騎士団での任務にあたるべく、ウォレスは妻となったばかりのクララを連れ、公爵領へ移住したのであった。


もし事が起きても公爵のお膝元であればクララの身の安全は保障される。

それでなくてもクマロク公爵領は治安が良く物流も潤沢で物価も安定している。

きっとクララも暮らしやすかろう。



それから一年半、公爵領にてウォレスはクララと穏やかな生活を営んでいたのであった。


そしてローベル卿が予測した通り、ウォレスはテイサー直々の命により王都の第一騎士団へと配属されたのだ。


クララには期限付きの出向だと伝えた。

しばらく家に戻れなくなるのは間違いない。

任務中は手紙のやり取りもままならなくなるだろう。

出発前、ウォレスはクララを抱きしめた。

彼女の体温を、香りを、その存在を心に刻みつける。


全てが終わり、クララの元に戻る時にはきっとこの国は良い方へと変わる、そう信じて。


それまで寂しい思いもさせるだろうが、クララにはただ平穏に暮らしていて欲しい。

そう願いを込めて。



それから予てよりの計画通り、ウォレスは王都の第一騎士団へと着任した。


すぐにウォードも秘密裏に王都入りを果たす。

双子は表裏一体となり、ウォレス=バートンという一人の人間としてテイサー卿の調査にあたる。


目的はテイサーを総騎士団長の座から引き摺り下ろせるだけの材料の調達。

普段の言動からも、探れば必ず何かしら出てくるとローベル卿もロンダールも睨んでいる。

国王でも庇いきれないほどの何かが。


しかしテイサーという男はかなり用心深く慎重な性格なようで、なかなかシッポが掴めない。

王都に来て二ヶ月が経過しても、これという成果は得られなかった。


そして三ヶ月が過ぎた頃、ようやくとある不正疑惑が浮上した。


クララからは長引く出向で体を安じる手紙が届く。

一度でもいいから帰れないか、忙しくて無理ならこちらから会いに行ってもいいか。


そんな事が書かれた手紙が届くもそれを断る返事しか書けない。

誓約魔法の事もあるが、クララに治安の悪い王都へは来てほしくなかった。


───さっさと終わらせてクララの元に帰る。


ウォレスは踏み込んだ捜査をすべく、テイサー卿の邸宅や騎士団長執務室への侵入を試みた。


テイサー側には最初から監視をつけられている。

その監視の目を欺くために、ウォードにウォレス=バートンになりきってもらう。


その旨をウォードに告げると、

「じゃあクーを“クララ”と呼ぶか。お前は妻帯者なんだからな」

とニヤけた顔を見せた。


クララと引き合せる事は出来ないが、ウォードに

はクララの事を色々と話していた。


「ダメだ。いくらお前でもその名を勝手に呼ぶことは許さん」


「なんだよウォレス、名前くらいでムキになって。まぁいいさ、“クララ”の“くー”として呼ぶさ。クー、ウォレスの嫁さんに寄せて変身してくれ」


クーは植物を介して見ていたクララの容姿を思い出し、みるみるそれに寄せて姿を変える。

ウォードが満足そうにウォレスに訊ねた。


「どうだウォレス。嫁さんにそっくりだろ?」


「いや。クララの美しさはそんなものじゃない」


「えー?結構似せてると思うんだけどな~」


「中身がクーだからそう見えるだけだろ」


───クララの良さは誰にも表現できるものか。


ウォードとクーの会話を聞きながらウォレスはそう思った。

そして二人に告げる。


「俺はしばらく身を潜めて行動する。ウォードは俺になりきって、テイサー卿の手の者の目を欺いてくれ」


「俺が潜入する方がよくないか?」


ウォードが半身の身を案じてそう返したが、ウォレスは首を横に振った。


「いや、俺の方が騎士団内の地図が頭に入っている。お前はまだ“ウォレス”として一部しか立ち入ってないだろ?」


「まぁ……そうだな。だけどウォレス、くれぐれも気をつけろよ。愛する妻を未亡人にしたくないならな」


「わかってる」


わかっているさ。

必ずクララの元に帰る。

生きて、必ず。



今思えば、早くケリを付けたいという焦りがあったのだろう。

早くクララの元に戻りたいという焦りが。



そのせいで予期せぬ事態が起きた。


手紙の数が前より減った事によりウォレスの身を案じたクララが王都まで出て来てしまったのだ。


そして、ウォレスとして生活していたウォードとクララとして側にいたクーの口付けを目の当たりにした。


ウォレスがその異変に気付いたのは茫然自失のまま帰宅したクララが指輪を外した瞬間だった。


入浴以外は必ず指輪を身につけているクララが、指輪を外した。

いつまで経っても指輪からクララの気配を感じ取れない事に、指輪が外されたままである事がわかる。


ウォレスはすぐさま馬を走らせ自宅へと戻った。


どんなに遅く帰っても必ず起きてきて、暖かな魔石ランプの灯火の下で出迎えてくれた妻の姿はどこにもない。

ただ、暗く冷たい部屋のテーブルの上に一通の手紙と結婚指輪がウォレスを出迎えただけであった。


ウォレスは震える手でクララが残した手紙を読む。


彼女が書いただけで愛しく感じる文字を目で追い、ウォレスは絶望に打ちのめされた。


手紙には、

黙って王都へ会いに行った事。

そこで他の女性と共にいるウォレスの姿を見た事。

すでに一緒に暮らしていると思われる会話を聞き、離縁は認められないだろうから自分はどこかへ消えるので、大切な女性(ひと)と幸せに暮らしてくれたらいい。

そのような内容が淡々と綴られていた。


筆跡が弱々しく感じるのは、きっと彼女がこれを泣きながら書いたからだろう。

力が入らず、筆圧が弱くなってしまったのだろう。


そしてウォレスはその手紙に添えるように置いてあった指輪を手にする。


ウォレスはその指輪に震える声で小さく語りかけた。


「……違うんだクララ。俺にはキミ以外に大切な女性などいない……」


王都でウォレスが裏切っていたと誤解したままクララは出て行った。


「クララっ……」


ウォレスは部屋の中、一人膝から崩れ落ちた。


ようやく手にした幸せが、またこの手からこぼれ落ちてゆく。

ここに確かにあったはずの幸せが目の前で崩れ去る感覚がした。


───俺はクララを、また大切な人を失うのか……?


いや、


「そんな簡単に諦められるわけはないだろうっ……!」


ウォレスはそうひとり()ちて立ち上がった。


そしてすぐさま街の長距離馬車のターミナルへと向かう。

そこでクララが東海岸方面の長距離馬車に乗ったという目撃情報を得た。


───東か。


クララが持ち出したであろう荷物からもそんなに長く旅を続けていられないと判断出来る。

必ず立ち寄った先で医療魔術師として仕事をし、日銭を稼ぐはずだ。


しかし東へ向かったというざっくりとした情報だけでは足取りはおろか居場所を特定するのは困難だ。


とりあえずウォレスはロンダールの元へと向かった。


そして既に入手してきたテイサー卿の不正の証拠の品を渡し、ウォードを見られた事により誤解した妻が出ていった事を話した。


ウォレスがどれほどクララを大切にしていたかを知っていたロンダールはこう言った。


「ローベル卿には俺から話しておく。お前はとりあえず、女房を探し出せ」


「はい。よろしくお願いします」


ウォレスは一礼してその場を去った。

向かうはウォードのクーの元、クララが二人を見たという状況を詳しく聞くためだ。


事の仔細をウォードとクーに告げると、二人は青ざめた顔でウォレスを見た。


「……え?クララさんが、王都に来ていたのか?そしてこの家まで来た……?」


「手紙に書いていた住所を頼りに来たらしい。そしてウォードを見て当然俺だと思った。お前その時クーと一緒にいたか?」


ウォレスの問いかけにウォードは焦燥感を滲ませながら答えた。


「クーと一緒に、一度だけ外出した」


「じゃあその時に見られたんだな……」


「どうしようウォレス……ワタシたちその時……」


狼狽えながら言うクーにウォレスが怪訝な表情を向ける。


「なんだ?どうしたクー」


クーは口元に手を当てながら言った。


「その時、キスをした……」


「……………」



最悪だ。

そんな様子をクララが目の当たりにしたのなら、ウォレスにクララ以外の女がいたと思うのは当然だ。


ウォレスは絶望を感じ思わず目元に手をやった。


そんなウォレスを見てウォードが声をかける。


「ウォレス……すまん、すまんウォレス」


「ごめんなさい……」


クーも掠れた小さな声で謝った。


ウォレスはひとつ大きく深呼吸をした。

そして二人に告げる。


「過ぎた事を言っても仕方ない。これも元はと言えばクララを不安にさせた俺が悪いんだ。ロンダールさんには既に話をしてある、俺はこれから一旦王都を離れクララを探す。悪いがお前はこのままローベル卿の指示に従ってくれ」


「わかった。しかしなにか協力出来る事があればなんでも言ってくれ」


「ああ」


そう返事してウォレスはすぐに王都を発ち、クララが向かったと思われる東の方角をメインに捜索を始めた。


難しいのが、若い女性が一人で地方を回っていると気取られないように探し出す事である。


世の中どんな人間がいるかわからない。

年若い女性が一人でいると知っただけで興味を示し、探し出そうとする不埒な輩がいないとは言い切れない。

信じられないような思考を持つ人間を、ウォレスは仕事で何人も見てきたのだ。


とにかく慎重に、そして無駄なく捜索の手を広げていく。


そんな中ロンダールが東の辺境の街に住む古い馴染みがいる事を思い出し、非番の日を利用して会いに行った。


その者は医療魔術師で、もしかしたら医師仲間から若い旅の女性医師の事を何か聞いているかもしれないと思ったらしい。


残念ながらトビーというその医師はクララ=バートンという女性は知らないと言ったそうだ。


だがしかし、とロンダールは続ける。


「これは俺の長年の勘だが、トビー(あいつ)は何か知っているのではないかと思うんだ。あくまでも勘だからな、保証は出来ないがどうする?」


ウォレスは即座に返事した。


「行きます。行って直接自分の目で確かめて来ます。とりあえず、じっとはしていられない」


藁をも掴む思いとはこういう事を言うのだろう。

ウォレスはすぐにトビーという壮年の医師が住む街へと向かった。


結果ロンダールの勘は当たり、やはりクララはそこにいた。

すでにその町を去った後だったが、トビー医師からクララの様子を聞けただけでも良かったとウォレスは思う事にした。


そしてトビー医師はウォレスにこう言ったのだ。

自分の足で必死になって探す事でクララに通じる何かがあるはずだと。

ロンダールの古い馴染みなだけあって、彼は誓約魔法の事を知っていた。

ウォレスが何も語れない事を踏まえた上でそう言ったのだ。


きっと彼の言う通りなのだろう、ウォレスはそう思った。



───もとより諦めるつもりは毛頭ない。無様でもみっともなくても、彼女を探し出してみせる。



ウォレスは改めてそう心に誓った。



しかしそんなウォレスの状況など、世情は考慮してはくれない。


ウォレスはすぐに、テイサー騎士団長更迭のため、そしてクーデターに備えた最終的な任務に忙殺される事となるのだ。


そんな中でも休日は全て返上してクララの行方を追う。

トビー医師の姉を頼りアレスという港町ですごしたのち各地を転々とした、クララの足取りを順に追ってゆく。


クララに懸想して無理やり言い寄っていたという町長の息子には抗議しておいた。

軽く一発、腹に。


そしていよいよローベル、クマロク両騎士団の決起が秒読みとなった時、ドリトル前伯爵の監視役である仲間からクララがその街へ来たという連絡が入った。


彼の元にもロンダールからの報せがあり、

ウォレスの妻が出奔中だと知っていた仲間はドリトル前伯爵の治療を依頼し、クララを足止めしてくれているという。


ウォレスはその間にテイサー騎士団長更迭の最終的な任務を終え、


バートン孤児院へ向かったというクララを迎えに行った。


───バートン孤児院に向かったという事は、クララは知ったのかもしれない。俺が双子である事を。



連絡をくれたウォードの話ではクーが一足先にクララに会いに行っているという。



そしてウォレスはあの懐かしい孤児院の楠の下で涙を流す最愛の妻を見つけたのであった。








───────────────────────




プチ文字数の暴力。


長く続いたウォレスside、お付き合い頂きありがとうございました。



次回は本編に戻り、そして最終話となります。


クララとウォレスの和解、クーデターの全容、制約魔法の事、ウォードとクーの事、


それらをぎゅぎゅっとお届けする所存でございますのでよろしくお願いいたします。



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