奪われた半身 ウォレスside④
「体調は問題なさそうだな、しかし無理をしてはいかんぞ?」
医務室の男性医師にそう言われ、ウォレスは端的に返事した。
「……はい、ありがとうございます」
王国騎士団の騎士として強制的に誓約を結ばされてからふた月ほどが過ぎ、ウォレスは十三歳になっていた。
あれほど片時も離れず側にいた半身は、
今はウォレスの側にはいない。
これから彼らが任に就く準備のために引き離されたのだ。
誓約魔法の効力が安定し、初任務の内容を明かされた時に同時に双子が担う役割についても説明された。
この後ウォードは、そして時にはウォレスが、影となって裏の任務に就く事になるらしい。
表向きにはウォレス=バートンが立ち、一介の護衛騎士として標的の側に身を置く。
そしてそこで得た情報を元に裏でもう一人のウォレスとしてウォードが諜報活動に当たるのだ。
ウォレスと同じ顔のウォードであれば、標的の自宅や職場など出入りしても怪しまれない。
加えて片方が標的の側にいる事でアリバイ工作も可能となる。
本人同士でなければ決して見分けがつかないほど似ている双子であるが所以に上層部に理想の駒として目を付けられてしまったのであった。
そのため、弟のウォードは訓練中の不慮の事故により亡くなったとされ、その公な戸籍は抹消された。
ウォードはこれから、もう一人のウォレスとして生きていくことを余儀なくされたのであった。
ウォレスはせめて自分が影役になると上に訴えたが、大した理由もなくそれは却下された。
そして双子は、国のため民のためと勝手な名目を立てられ、表立って二人一緒にいる事も出来なくなってしまったのであった。
ウォードが別の場所へと移される時、躊躇いがちにウォードについて行くと告げたクーにウォレスは言った。
「俺は一人でも大丈夫だ。それよりもクー、ウォードの事をくれぐれも頼んだぞ。辛いとき、悲しいとき、側にいてやってくれ……」
自分にはもうそれが叶わないから。
ウォレスは縋る思いで精霊に半身を託したのであった。
「うん。絶対にウォードの側から離れない。でも必ずウォレスにも会いにくるからね、楠を見つけたら声をかけてね!」
「ああ、絶対だ」
そうやって双子は離れて暮らす事になってしまったのだ。
そんな状況下となってから、初の任務として送り込まれたのがリンデン=ドリトル伯爵の元であった。
当時、宰相の右腕として飛ぶ鳥を落とす勢いであったドリトル卿の元に護衛騎士の一人として派遣されたウォレス。
まだ年若いウォレスを最初は厄介者として接していたドリトル卿だが、いつしか逆にその年若さに気安さを感じ、側に置いて重用し始めたのであった。
この成果には任務の責任者である諜報班の班長が大いに喜んだ。
子供を送り込む事で相手の油断を誘えたらという狙いはあったものの、初任務で功績を上げる事など誰も期待してはいなかった。
とりあえずは現場に慣れ、影で動くウォードの試験運転的な意味合いがあったのだ。
ところがウォレスは上手くドリトル卿の懐に入り込み、執務室への入室も、自邸への立ち入りもすんなり許可された。
おかげで裏でウォードが活躍しやすくなった。
ウォレスがドリトル卿や周囲の者を引き付けている間にウォレスに成りすましたウォードが証拠書類や物品などを入手する。
作戦は見事成功、ドリトル卿の元より手に入れた証拠にて宰相とドリトル卿を含む周囲の人間全てを捕縛し、裁判にかける事が出来たのであった。
ウォレスが諜報員であった事を知ったドリトル卿が捕縛時に「裏切り者!」と酷くウォレスを罵ったが、裏切るも何もウォレスは卿に忠誠を誓った覚えなどないし、卿が人身売買の手続きに携わっていた事も知っているのだ。
悪事を働いたから捕まる、それは当然の事だろう。
ウォレスはヒステリックに自分を罵るドリトル卿の声を何処か遠く感じていた。
卿はこれから裁判に掛けられ、恐らく爵位剥奪の上生涯幽閉となるであろうと上の者が言っていた。
幽閉先には怪我をした事により一線を退いた先輩が司祭見習いに扮し監視役に就くと聞いている。
初任務も終わってしまえば呆気ないものだとウォレスは感じた。
とにかくウォードが無事だった。
それだけでウォレスは充分だった。
こうして双子は光と影の表裏一体となり、黙々と任務をこなしていった。
ウォレスとウォードは決して二人揃って陽の光の下で並び立つ事は許されない。
大切な半身であるにも関わらず誰にもその存在を知らしめる事ができない。
だけど二人は精霊であるクーを通して落ち合う場所を事前に決め、秘密裏に会っていた。
ウォレスとウォード、そしてクー。
三人顔を合わせた時のみが唯一心休まる時間であったのだ。
だからどんな過酷な任務にも耐えられた。
生きて必ずウォードとクーに会う。
それがウォレスの生きる理由だった。
そうして何年か過ぎた時、ウォードが突然ウォレスに言った。
「だけどウォレスもそろそろ恋人の一人や二人くらい持ったらどうだ?恋愛はいいぞ?恋人の存在が生きる糧となる。なぁ?クー」
ウォードはそう言ってクーの肩を抱き寄せた。
「もー、ウォードってばウォレスの前では昔と変わらず接してってお願いしたでしょう?」
「だってウォレスにも幸せになって欲しいんだよ」
ウォレスはなんやかんや言いながらも目の前でイチャつく二人をジト目で見ながら言った。
「……恋をしたら幸せになれるのか?」
「なれるよ。もちろんウォレス、お前は俺にとっては別格だ。だけどもう一人、心の中に光を灯してくれるそんな存在がいてくれるだけで、どんなに辛くても自分を見失わずに生きていける」
「そんなものなのか……」
その時のウォレスはウォードの気持ちが少しも分からなかった。
周りにいる女性たちは何もかもがクーとは違っていた。
見目の良さから昔から女性にはやたらと付きまとわれたり勝手に想いをぶつけられた上で見返りを求められたりした。
ウォレスにとって女性とは、気持ちを理解し合えるなど不可能で不可解な存在なのであった。
しかしそんなウォレスに転機が訪れる。
国境線の線引きを巡り昔から対立していた隣国との衝突が激化した際に、任務で訪れたその地にて、ウォレスは運命的な出会いをしたのであった。
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暗ぁ~い(๑⃙⃘·́ω·̀๑⃙⃘)お話にお付き合い頂いております。
次回、ウォレスはようやく出会います。
誰と?それはもちろん……
次回もよろしくお願いします!




