双子の決意 ウォレスside②
王国騎士団より、ウォレスとウォードの双子を引き取りたいという連絡がバートン孤児院に入った。
その旨を最初に聞かされた時、双子は大いに喜んだという。
「おおこくきしだんっ?」
「きしになれるのっ?」
老騎士に剣術を学び、将来は騎士になることを夢見ていたウォレスとウォードは、その道がいきなり拓けた事への期待感に胸を膨らませていた。
そんな二人を見て孤児院の院長であるローザはとくに異論はなく、里親とは少し違えど王国騎士団のようなしっかりした組織が二人の面倒を見てくれるのならと双子の後見人譲渡の手続きに同意したのだった。
しかし、二人が単なる騎士として引き取られるのではないのだという現実をローザは早々に知らされる事となる。
手続きの為に孤児院を訪れた数名の騎士団上層部の者のうち、やたらと威圧的な騎士に開口一番こう告げられた。
「双子の記録等その他全ての書類をこちらに渡して貰おう。そしてあの二人がこの場所にいたという事実は全て抹消した上で、箝口令を敷く」
「それは……一体どういう事ですか?それではまるでウォレスとウォードの存在を消すと仰っているように聞こえますが……」
怪訝に思ったローザが騎士団の者にそう訊ねると、彼は高圧的なもの言いで答えた。
「左様。これより二人は国の為に働く者として生きていく事となる。そのため彼らの素性が知られては困るのだ。後に任務に差し支える事態になるやもしれぬからな。しかしこれ以上の詮索は無用。既に譲渡に同意したのだ、大人しく従う方が身のためだぞ」
「そんなっ……あの兄弟を騎士となるべく取り立てていただくための後見人権利の譲渡ではないのですかっ?素性を隠すだなんてっ……それならばこの譲渡に承諾は出来ません!」
ローザが騎士団の者にそうきっぱりと告げると、相手はゆらりと椅子から立ち上がりローザを上から見下ろし、更に高圧的な態度で言った。
「今更そんな事が出来ると思っているのか….…こんな小さな孤児院など簡単に潰してしまえるのだぞ……」
ただでさえ大きな体躯を持つ騎士が威圧的な態度と言葉でローザに脅しをかけてくる。
それでもローザは震え上がりそうになる己を叱咤して騎士団の者に返す。
「そ、それは脅迫ですかっ……孤児院を潰すなどっ、そんな事が許される筈はありませんよっ!」
そんなローザの言葉を騎士団の者は見下しながら嘲笑する。
「簡単な事さ。そうだな……孤児院内で致死率の高い感染病が集団発症したとでも公表しようか。そうすればここを強制的に閉鎖した上で全員を処分…とする事が公的に出来るのだよ、こちらは」
「なんて卑劣なっ……!」
「卑劣?成功法と言って貰いたいものだな、我々はこうやって手段を選ばず国を守り安寧を支えてきた。貴様らはその恩恵を受けてきたのだ。不平や不満を口にすることは断じて許さん」
そう言って騎士団の者はローザに近づき、殺気を向けてきた。
ローザは恐ろしさで歯の根が合わずにガチガチとなるのを懸命に堪えていた。
そんなローザに騎士団の者は言う。
「たった二人の子供と他の30名近い子供と職員の命。天秤にかけてどちらの方が重いかは容易にわかるだろう?それに大人しく従えば、多額の寄付金が騎士団から支払われる事になる。もちろん口止め料としてだが。孤児院の運営が厳しい事はお見通しだぞ?」
「っ……!」
ローザはその卑劣な言い回しにより頭にカッと血が上るのを感じた。
この者は孤児院のために双子を犠牲にしろと言っているのだ。
自分たちが助かる為にあの二人を差し出せと。
ローザの脳裏にようやく穏やかな暮らしを得た双子の無邪気な笑顔が浮かんだ。
しかしそれと同時に引き取ったばかりの赤ん坊や他の子供たちや苦楽を共にしてきた職員たちの顔も浮かび上がる。
「っ……酷いっ……酷すぎますっ……」
「お前の意見などどうでもいい。さっさとこの書類にサインして双子を引き渡せ」
「そんなことっ……!ぅ、うぅっ………」
ローザは悔しさと憤りで目の前が真っ赤になった。
しかし、彼女には他に選択肢はなかった。
自分はどうなってもいいがバートン孤児院の35名の命を軽んじる事はどうしても出来ない。
ローザは泣く泣く、騎士団の者が突き出してきた書類に署名捺印をした。
このやり取りを室内に置かれた観葉植物を通して全て見ていた者がいた。
楠の精霊クーである。
クーは急ぎ、今聞いた内容を双子に話した。
その詳しい内容はまだ十歳になる直前である双子にはもちろん理解出来なかったが。
しかし騎士団は自分たちを使って何かをしようと企んでいて、その為に孤児院のみんなを人質に取ったという事はわかったようだ。
「なんだよそれっ!オレそんなことまでして騎士になんかなりたくないぞ!」
ウォードが怒り、ウォレスが思案する。
「……おれたちがここから逃げれば、みんなにめいわくがかからないんじゃないか?」
そのウォレスの言葉にクーが言った。
「あの意地悪そうな騎士が言ってた、双子を隠したり他所へやったら孤児院に火をかけるって……」
「「くそっ……!」」
双子が同時に言葉を発した。
「「騎士のくせにひきょうだっ!」」
そんな二人にクーは告げる。
「ねぇ、ジェスロに住むっていう大賢者に助けを求めようよ。その人は精霊王デューフィリュス様唯一の愛し子なんだって、きっと助けてくれるよ!」
「でもおれたちが消えたらここのみんなが大変なことになる」
ウォードがそう言うとウォレスが頷いた。
「おれたちが騎士団にいけばみんな助かる。それにお金をたくさんもらえるんだろ?もうすぐ冬だ、じゅうぶんなマキや服が買えるようになる」
村での暮らしに比べたらここは天国だがそれでもお腹いっぱい食べられるという事はなく、孤児院の財政がかなり苦しいものであると大人たちが陰で話していたのを聞いた事があった。
どうせ逃げる事が出来ないのなら、そしてみんなの暮らしを何とかしてあげられるなら……
「ウォード」
ウォレスはウォードに向き直った。ウォードが大きく頷く。
大切な半身にはそれだけで伝わったようだ。
「わかった、騎士団に行こう」
「それがおれたちのおんがえしだ」
「そうだな」
「じゃあワタシも行く!!」
双子の間に割って入った精霊がそう叫んだ。
「はぁ?クーはくすのきのせいれいだろっ?この木からはなれて平気なのかよ、かならずむかえに来るからここで待ってろ」
「イヤだっ!ウォードと離れたくない!それに植物があるならそこの精霊に住まわせてもらえるもん!だから一緒に連れてって!お願い!」
「……しょうがないクーだなぁ。ホントにだいじようぶなんだな?」
「うん!楠を見つけた時はそこに飛んで行って精気貰えばいいし!」
「じゃあきまりだな」
ウォレスが二人に確認するように言う。
ウォードもクーも力強く頷いた。
そして双子は直接ローザと騎士団の者が談話している部屋へと赴き、騎士団へ行く自分たちの意志を伝えたのであった。
ローザは双子がそう言わずとも端から拒否権はなく、顔色を真っ青にしながらただ二人に謝っていた。
「ごめんなさいっ……あなた達を守りきれない弱い人間で、本当にごめんなさい……!」
何度も何度もローザはそう言い続けた。
こうしてウォレスとウォードの二人は、彼らがこの孤児院にいたという痕跡を全て抹消された上で騎士団に引き取られたのであった。




