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あの日の事

あの日見た光景をひと言で言い表すなら、

それは絶望という言葉だろう。


兆しはあったのだ。

特殊な任務に当たる事が多い騎士団の諜報班に籍を置く夫ウォレスが、王都に一時赴任となり離れて暮らし始めた三ヶ月ほどした頃から。


手紙の数が減り、それが心配になって王都に会いに行くと言えば「仕事で忙しいから」と止められる。


それでも会いたいからと想いを伝えても、「任務で家にはいない」と手紙で告げられた。


今思えば虫の知らせというやつだったのだろう。

どうしても気になって、そしてひと目でもいいから顔が見たくて、クララは夫に何も告げずに王都へと会いに行った。


手紙に記されていた住所を頼りに夫の元へと向かう。

もし会えなかったら直接騎士団に赴けばいい。


その自分の行動力を呪ったのは後にも先にもこの時だけであった。


だって、


その行動力に伴い王都にさえ来なければ、

夫を驚かせようと黙ってやって来なければ、


あんな光景を見る事はなかったのだから。



手紙のアパートに差し掛かる三叉路の手前で、クララは聞き慣れた名前を口にする女性の声を耳にしたのだった。


「待ってよウォレス!」


───え?


と思いそちらに視線を向ける。

こちらは丁度街路樹の陰となっていて、向こうからはクララの姿は見えないようだ。


そしてそこにはやはり最愛の夫ウォレス=バートンがいた。


見慣れた騎士服で身を包んだ、黒い髪で深緑の瞳をもつ最愛の夫が。


いつもクララに語りかけるより、少し高めに感じる声が相手の女性に向けられた。


「早く来いよクー」


その言葉を聞いた瞬間、クララの心臓が激しく鼓動を打つ。


トクン、トクン、



「だってウォレスったら歩くのが早いんだもの~」



トクン、トクン、



「だったらこうすればいい」


ウォレスはそう言ってクーと呼んだ女性の肩を抱いた。



トクン、トクン、



「ねぇ、キスして」


「こんな街中(まちなか)でか?どうせ一緒の家に帰るんだ、家でゆっくりでいいだろ」


「だって、今して欲しいんだもん」



トクン、トクン、



「仕方ないな」



ウォレスはそう言って、



トクン、



クララではない他の女性に口づけをした。




その後の事は何も覚えてはいない。


気付けば長距離馬車に乗っていた。


無意識にも帰巣本能が働いたのだろう。


帰巣……帰る?一体どこへ?


あの家へ?


自分と夫の大切な我が家だと思っていたあの家へ?


自分を裏切っていた夫と暮らしたあの家へ……


耐えられない。


クララはそう思った。



そして帰るなり必要な物だけをトランクに詰め、手紙を一通と結婚指輪を残し、家を出た。



あの時、確かめるべきだったのか。


「確かめるも何も、()()()()()()()って言ってたわ……それってもう、共に暮らしてるという事でしょう」


それじゃあ問い詰めて、土下座の一つでもさせればよかったのか。


「………なんのために」


虚しいだけだ。


もし、街中で堂々と口づけをしていたクーという女性の方を愛してると告げられても、簡単に離婚の許可など下りる訳もない。


そんな状態で他の女性を好きになったと告げられてもどうしようもないのだ。


愛人となるのであろうそのクーという女性の存在を妻として受け入れるだけ。

愛されていない妻として。


そんなの、耐えられるわけがない。


知ったところで現実が変えられないのなら自分はどこかへ消えよう。

クララはそう思った。


自分は消えるから、形だけの婚姻を維持しておいてその女性との間に出来た子をクララが産んだ子だとでも言って国を誤魔化しておけばいい。

魔力保持者の産んだ子が魔力無しなんてよくある事だ。


本当はそんな事許される事じゃないとわかっている。

わかってはいても、

無責任に全てを投げ捨ててでも、

クララはここから逃げ出したかった。


国の政策により見合い結婚で結ばれた自分たち夫婦だが、

会ってすぐに互いに惹かれ合っていたと、愛し合っていたと思っていたのは自分だけだったのだ。


そんな現実からも、


自分を裏切っていた夫からも逃げ出したかったのだ。



幸い自分には医療魔術師としての資格と経験がある。


何処に行こうが生計は立てられるはずだ。



クララはトランクを持つ手にきゅっと力を込めて部屋を見渡した。


結婚して一年半、ここで二人で暮らした。


大切な、温かな思い出が詰まった大切な場所だった。



「さよなら……」



クララはそうつぶやいて、玄関の扉を閉めた。






───────────────────────







クララの心臓の音……トクン、


を、決してトゥンクと読んではいけません。


別のシーンに変わってしまいますので、あしからず☆


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