最北の街
ウォレスが育ったと考えられるバートン孤児院を訪ねるために、クララは最北の街ノースクロウへ到着した。
ノースクロウは隣国との境となるクロウ山脈の麓、鉱山を有する比較的大きな街だ。
季節は秋に差しかかったところだが、山脈颪の乾いた冷たい風により街は既に冬の気配を纏っている。
立ち並ぶ屋台ではこってりとした味付けの肉を挟んだボリュームたっぷりのサンドや野菜や肉などの具材が沢山入った温かなスープなど、直ぐに食べられて精のつく料理が売っており、ここが鉱夫たちが暮らす街なのだと実感させた。
そしてクララは街の中心から西に外れたエリアにあるバートン孤児院の門を叩く。
中から出て来たのは壮年の女性で、クララを見た瞬間に警戒心を抱いたのがわかった。
まぁ歳若い女性が養子縁組を求めて孤児院を訪れるわけはないだろうし求人を出しているわけでもなければ、訪いの理由を訝しがられても仕方ない。
クララは努めて丁寧で穏やかな口調で挨拶をした。
「はじめまして。私はクララ=クレリアと申します。ここの出身であると思われる方の事でお聞きしたい事があり伺ったのですが、少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
それを受け、孤児院の職員と見られる壮年女性は端的に訊いてきた。
「……当孤児院の出身者ですか?大勢おりますので把握しきれず、満足いくお答えが出来ないと思いますが一体誰についてお知りになりたいというのでしょう?」
クララはウォレスから聞いていた孤児院を出て騎士見習いになったという歳から逆算して答えた。
「少なくとも15年前にはこちらに居たと思われるウォレス=バートンの事を教えて頂きたいのです」
クララが告げたその名前を聞き、女性の目が揺れたのをクララは見逃さなかった。
彼女は僅かな動揺を見せたのだ。
クララは職業柄、相手の些細な変化を見落とすまいと意識を集中させているため、その動揺に気付くことが出来た。
女性は拒絶の色を濃くしてクララに言う。
「………その者なら確かにここに居りましたが、彼についてお伝え出来る事は何一つございません」
「なぜですか?」
「その者を引き取った王国騎士団より、部外者への口外を固く禁じられておりますので」
「王国騎士団……」
たかが一介の騎士見習いに対し箝口令を敷くとは些かやり過ぎではないだろうか。
まだ歳若いウォレスをドリトル卿の元へ潜入捜査へ送り出した事も鑑みて、ウォレスは普通の騎士では無いことが今の話から窺える。
「ですのでお引き取りを。では、」
女性が扉を閉めようとするも、クララは引き下がるわけにはいかなかった。
ウォレスの事を知るためにここに来たのだ。話せないからと諦められるものではない。
それに……
「待ってくださいっ……その子の腕はどうしたのですか?」
「え?」
クララがそう言い、女性の背後に視線を向ける。
その視線を辿るように女性が振り向くと腕に痛々しく包帯を巻いた一人の子供が少しだけ年長の少年と共に立っていた。
女性は慌てて子供たちに言う。
「お客様が見えられている時は大人しく部屋で待つように言ってあるでしょう?マイク、サムを連れて行ってあげて」
「でもいんちょーせんせい、サムがヤケドのキズがいたいっていうんだ」
「竈に置いてあるスープを盗み食いしようとして熱いスープがかかり火傷したのです。可哀想だけれども薬を塗って治るまで我慢するしかないのよ」
「おいしゃさんをよぼうよ!」
「一度ちゃんと処置をして貰っているわ。お医者さまをそう何度も呼べるわけではないのよ?」
女性は子供たちを優しく宥めた。
そこでクララがいた事に意識が戻り、気まずそうに言う。
「少々立て込んでおりますのでこれでお引き取り願います」
クララは女性に申し出た。
「よろしければ私に治療させてください」
「は?」
クララの発言がよほど思いがけないものだったのだろう、女性は素っ頓狂な声を発した。
「私は医療魔術師です。熱傷の治療も専門なのでお役に立てると思うのですが」
「いえでもしかし……」
迷いながらも渋る女性にクララはもう一押しした。
「こちらから申し出たのです。治療代は要りません。第一、早く治してあげないとその子がかわいそうです」
クララが火傷を負った子供を見る。
子供は目に涙を浮かべ、痛みを訴えていた。
「しぇんしぇ……いたいよぅ」
弱々しく告げる子供の姿にクララの胸が痛くなる。
───お願いだから断らないで。
女性もそんな子供の姿を見てはクララの申し出を断る事など出来ないのだろう、逡巡しながらもこう言った。
「治療を……お願いできますでしょうか」
「!……もちろんです、お任せくださいっ」
「ではこちらへ。マイク、サムを連れて来て頂戴」
「はい!」
そうしてクララはバートン孤児院の建物内へと足を踏み入れた。
サムという子供の熱傷は心配していたほど酷くはなく、医療魔術師ではない民間治療師から適切な処置を受けていた事がわかる。
───良かった。これなら本人への負担も少なく治癒魔法で一気に治してあげられるわ。
クララはサムの頭を優しく撫でた。
「すぐに治してあげるからね」
そしてそう言い、熱傷の患部に治癒魔法を展開させた。
「すげぇ…!どんどんなおっていく!」
マイクという少年がクララの魔法を見て目を輝かせて言った。
「はい。これでいいわ。もう痛みはないでしょう?」
熱傷を負っていた腕はほぼ元通りになっている。
完治というわけではない、治癒魔法のやり過ぎはよくないのだ。
後は患部を保護して自身が持つ治癒能力で完全に治るまで待てばいい。
「治療は終わりました。でもまだしばらく清潔な包帯で患部を保護してあげてください」
医療魔術師の治療が珍しいのか壮年女性まで食い入るように見つめていたが、クララの言葉にはっとして答えた。
「あ、ありがとうございます。助かりました……」
女性がそう言った隣で、今度はマイクが遠慮がちにクララに言う。
「あの…….あのさおねえさん、まほうでむしばはなおせる?」
マイクの発言に女性が目を丸くした。
「マイク?何を言うのです?」
「だって……いたいときがあるから……」
バツが悪そうに言うマイクにクララは微笑みながら答えてやった。
「ふふ。ええ、治せるわよ」
「やった!じゃあエミリーのおなかいたもいんちょーせんせいのひざもなおせる?」
「マイク!厚かましい事を言ってはいけませんよ!サムの治療を無償でやって頂いた事を感謝しなくてはなりません」
孤児院のみんなを治療して貰えると喜ぶマイクを女性は窘めた。
クララは女性に向き直り告げる。
「これも何かのご縁です。私でよろしければみんな診ますよ?その代わり、まだ宿を見つけていませんので、もし部屋が空いているのならお借りしたいのですが……もちろん滞在費はお支払いします」
「え!おねえさんここにいてくれるのっ?やったー!」
「わーい!」
喜ぶマイクとサムを尻目に女性はクララに言った。
「……無償で治療してくださっても、ウォレスについて話せる事はありませんよ」
「お話し出来ないのなら構いません。私が自分で調べます。その代わり、ここに置いて頂ければそれで結構です」
クララがそう答えると女性は少し思案してから頷いた。
「わかりました。それならこちらとしても問題はありません。どうかよろしくお願いします」
「こちらこそ、しばらくご厄介になります」
クララはそう言って頭を下げた。
こうしてクララはウォレスが育った孤児院にしばらく滞在する事になったのであった。




