二人の出会い
今回、過去を振り返るお話となります。
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「クレリア。キミも十八になって三ヶ月が過ぎたが、将来を誓い合えるような恋人はできたかね?」
結婚前、クララは地方都市に駐屯している騎士団の医務室に勤務していた。
そこの医務室長にそんな事を言われたのだ。
そろそろそんな話が来るだろうとクララは思っていた。
この国の政策で、治癒能力のある魔力保持者は婚姻が義務付けられているからだ。
婚姻して、子さえ設ければ相手は誰でも良い。
しかし相手が居ない者には親や親族、上司や先輩などが結婚相手を紹介するように推奨されている。
この医務室に勤め出して一年、クララにそんな特定の相手がいない事はバレバレだった。
クララに両親も親族もいない事を知っている医務室長は当然自分がその役を担わなくてはいけないと思っているのだろう。
「……いえ、いません」
年頃であるにも関わらず浮いた噂の一つもない自分の非モテを肯定しているような複雑な心境を抱え、クララはそう返事した。
「そうだろうと思った」
そうだろうと思った?
クララは頬を引き攣らせながらもなんとか笑顔を貼り付ける。
「それで?その事で何かご用でしょうか?」
医務室長の話の内容は予想がつくものの、クララはあえてそういう言い方をした。
「キミに縁談がある」
やはり。予想通りの言葉にクララは端的に訊ねた。
「そうですか。お手数を取らせて申し訳ありません。お相手の方はどのような方ですか?」
「この騎士団の騎士だよ。副団長が推薦して下さった者だ。なかなかの美丈夫らしいぞ、良かったな!」
良かったなとは?クララはこの言葉も飲み込んで医務室長に答えた。
「そうですか。ではその方とお会いします」
相手の者がクララを気に入るかどうかなんてわからない。
婚姻が義務付けられているクララと違い、相手には拒否権があるのだ。
もちろんクララにも相手がどうしても合わないとと思えば辞退できるのだが、その次にすぐまた違う男性を紹介されるだけである。
クララが承諾したのを受け、
副団長推薦の騎士との見合いは次の週末に決まった。
◇◇◇
───本当にこの方がお相手なの?
見合い当日、約束の場所に現れた男を見てクララは目を見張った。
なかなかの美丈夫とは聞いていたがまさかこれ程までに見目の整った男性が相手だとは思わなかった。
しかし騎士団の団服を着ている様からこの者が見合い相手に間違いないだろう。
「ウォレス=バートンです」
「あ、クララ=クレリアです……」
相手が名乗ったのを聞き、クララも慌てて名を告げる。
二人の引き合わせは済んだとばかりに、クララの付き添いに来ていた医務室長は早々に「じゃあ、後は若い者同士で」とお決まりの言葉を告げて去っていった。
気まずさが二人を包む。
このウォレス=バートンという騎士、見合い相手がこんな地味な女だと知り落胆しているのではないだろうか……。
彼のような見目の良い騎士ならモテモテであろうに。
きっと上官に無理やり命令されてここに来たに違いない。
本当は恋人の一人や二人、いるのではないだろうか。
それではあまりに気の毒なので、クララはウォレス=バートンなる騎士に告げた。
「せっかくの休日をこんな事のために潰してしまってごめんなさい。上には私から適当に報告しておきますので、もうお帰りになって下さって結構ですよ」
今からでも恋人の元に戻って休日をやり直せばいい、そんな思いを込めてクララは言ったのにウォレスから返ってきた言葉は意外なものであった。
「なぜ?」
「なぜ、とは?」
「なぜ顔合わせをしてすぐに帰らなければならないんだ?俺は結婚相手としては見られない?」
「いえ、それは貴方の方ではないかと。こんな地味で面白みのない女が相手では騎士様はつまらないのではないですか?」
「つまらない?」
「ええ、ものすごく」
「ありえない」
「ありえない?」
「それともキミがつまらなく思っている?俺が相手で」
「ありえない」
「ありえない?」
「ええ」
「じゃあ互いに気に入ったという事でいいんじゃないか?このまま進めて」
このまま進める?なにを?まさか縁談を?
と思っていたら次の日には副団長を通して彼の方から正式な結婚の申し込みがあった。
───私なんかのどこが気に入ったのかしら?
昨日は二人でカフェに入ってお茶を飲んで、その後は近くの大きな公園を歩いて解散しただけだった。
思えば顔合わせの時から彼の方は落ち着いていて、まるでずっと前からクララの事を知っているかのような雰囲気を醸し出していた。
───さすが騎士ともなると肝が据わっているのね。
しかしこのまま縁談を進めるという事はいずれ遠からず夫婦になるという事だ。
───本当に私でいいのかしら?
もちろんクララに異存はない。
初対面でその見目の良さに怯みはしたものの、物腰は柔らかく落ち着いて穏やかな話し方にすぐに好感が持てた。
ずっと騎士団で無骨な男たちに囲まれて生きてきた為に気の利いた言葉ひとつ掛けられず、軽いウィットなどで楽しませる事も出来なくて済まない、と申し訳なさそうに言った姿にキュンもした。
楽しませて欲しいわけじゃない。
常に賛辞を浴びて暮らしたいわけでもない。
ただ生涯の伴侶となった相手と心穏やかに静かに暮らしたいだけなのだ。
彼とならそんな人生を共に歩めるのではないか。
クララの気持ちも自然とすぐに固まった。
何より、あの思慮深さを感じる深緑の瞳にもう一度自分を映して欲しい、心からそう思ったのだ。
クララが縁談の申し込みを受ける旨を医務室長を通して副団長へと連絡して貰うと、驚くほどすぐにウォレスが花束を抱えてクララに会いにきた。
そしてクララの前に跪き、こう告げたのだ。
「クララ=クレリアさん。初めて会った時からキミの事が頭から離れなかった。どうか俺の妻になって、クララ=バートンになってください」
初めて会った時からというとほんの一週間ほど前だが、その日から想っていてくれたなんて素直に嬉しいと感じた。
「はい。不束者ですがどうぞよろしくお願いします」
そう答えてプロポーズの返事をすると、ウォレスはすぐに立ち上がってクララを優しく抱きしめた。
クララとの間にある花を潰さないように優しく。
「ありがとう……!クララ……今まで生きてきた中で一番嬉しいよっ」
異性に触れられるなんて初めてのクララが頬を朱に染めてウォレスのその言葉を聞く。
そしてウォレスは「すぐにでも入籍しよう。結婚指輪もすぐに贈るから」と言った。
少し性急な行動に、そんなに慌てなくても……
とも思ったが任務の事もあり早めに進める方がいいのだろうと考えを改めた。
その宣言通り、ウォレスから彼と揃いの結婚指輪を渡される。
クララの指輪にはウォレスの瞳を表す緑色の石が、そしてウォレスの指輪にはクララの瞳の色である青い石が埋め込まれていた。
ウォレスはクララに
「この指輪の石は精霊石だ。どんな時も肌身離さず持っていて欲しい。石は必ずキミを守るし、キミがどこにいても俺にはすぐに居場所が分かるから」
と言って、彼女の指に指輪をはめてくれた。
以来ずっと、ウォレスの裏切りを知ったあの日まで肌身離さずその指輪を身につけていたのだが……。
───手紙と共に家に置いて出てきたものね。
クララは亡き夫の追憶を話してくれたナリィの側で、今は指輪をはめていない自身の左薬指を撫でた。
喪失感は指輪のせいだけではないだろう。
虚ろな様子で薬指に触れるクララを見てナリィが言った。
「……どうしたんだい?」
「あ、……いいえ、何も……」
ナリィの話を聞いている内にクララも思い出の中に思考が飛んでいたようだ。
失くしたものは仕方ない。
指輪も現実も置いて逃げたのは自分だ。
その時ふいにナリィがクララの手を取った。
「ナリィさん?」
クララはきょとんとしてナリィを見る。
「あんたとご亭主の間に何があったのかは知らないが、後悔だけはしないようにね」
「後悔?」
「死んだ者相手じゃもうどうしようもないけど、生きている相手とはこれからまだ如何ようにも向き合っていけるんだから。その機会を見失って後悔して欲しくないのさ」
「後悔しないように……」
ウォレスと結ばれた事、クララは後悔などしていない。
あんな裏切りを目の当たりにしても、彼との結婚を後悔した事など一度もなかった。
だけどウォレスはきっと後悔しているに違いない。
上官に勧められクララと結婚した後にきっとあの女性と出会い、愛し合ったのだろうから。
ウォレスの人となりは妻として多少は分かっているつもりだ。
彼は浮気や遊びなどが出来るタイプの人間ではない。
だからあの口づけをしていた女性の事を本気で愛しているのだと思う。
今もきっと、クララと“クー”……恐らく愛称で呼んでいた女性との間で板挟みになっているに違いない。
それなら、愛されていない自分が消えるしかないではないか。
クララは改めてそう思ったのだった。
このアレスに来て三週間。
トビーはひとつの所に留まってはいけないと言っていた。
ナリィとの暮らしはとても心地よく、出来る事ならずっと一緒に暮らしていたいがそうはいかないだろう。
ここを去る日が近い事を感じたクララであった。
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次回、ナリィとの別れ。
そして一気に時は進み、冒頭の半年後となります。




