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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

「私と相棒」

凹凸

作者: XI

*****


 どんな恰好をすればよいのか、それが阿保極まりない後輩にはわからなかったのだろう。夏祭りだというのに今夜も黒スーツ姿で、なにはともあれ、周囲を威嚇しまくってる。そんな自分が嫌ならもっと、なんというかこう、最低限守るべきドレスコードがあっただろうに。そのへん、結局、気にしないのが相棒で、じつは私はそのへん、メチャクチャ気に入っているのだけれど。そんなこと、言ったら言ったで妙ちくりんに嫌われてしまうのかもしれない。


「ダメだな、俺は」


 なんだからしからぬ一文を、相棒は述べてくれたではないか。


「いいんだよ、あんたはそれで。私が食い気味だったってだけだよ」

「食い気味ってぇなあ、おぃ、なんだ?」

「あんたの左腕を物にしたい」

「ああん?」

「歩こうよ、とりあえず。言っておくよ。私、あんたのことが大好きだから」

「俺はとっくのむかしから、おまえのことは、信用できてねーよ」


 本音だね、わかってる。

 わかってるけど、泣きたくなる。

 どうあれいいじゃない、いまがそうであれば

 いま、そこに不変的な愛があったら、それでいいじゃない。


 結局、浴衣を着てきたことについても褒めてもらえなかった。

 というより、そもそも、取り合ってすらもらえなかった。


 悔しい、悔しい、悔しいなぁ……。


 私はそんなふうに邪険にされる覚えはない。

 だって、あんたが想像してるの、想像の範疇でしかないじゃない。


 なのに、私のことを無視するの?

 邪険にするの?


「帰る。じゃあな。おまえは一人でうまくやってうまいこと帰りやがれ」


 私は急いで、今度こそ、相棒の左の腕にすがりついた。


 私の口からは「待ってよ」と自然な言葉が発せられた。相棒は至極、めんどくさそーな顔をした。だから、私のことを信用できない理由はわかるんだ。わかるんだけど……いまある思いに嘘はつきたくない。そのへん、わかってよ、相棒だっていうんなら、尚更さ、わかってよ……。


「やだよ、ばーか」


 相棒は相手――私のことなんて顧みず、そんなふうに言って寄越した。


「死ねよ、バーカ。これ以上、他人の手垢がついたくそったれ女を相手にしてたまるかよ。ああ、いまよくわかったぜ。おまえはくそったれだ。死んじまえ、クソ野郎。俺はそれでなにも困らねーよ。死ね、マジで、くそったれ」


 もうそれなりの時間、一緒に過ごしてきたっていうのに、相棒はまだこんなことを言うんだ。子どもっぽいとも思うし、ゆるせないとも思う。だって、相棒、あんたは否定しかしてないじゃない。悔しいよ、それは。私からすれば、とぉっても悔しいよ。


「……やめてよ」

「ああん?」

「やめてよって言ったの! これ以上、私の人権を破壊するな!!」


 相棒は手のひらを返すようにして笑った、「いい度胸じゃねーか」と言って、笑った。「テメーの本気を見たぜ」とかのたまって大いに笑ってみせた。


「そっか。このシチュエーションにあっても、あんたはヒトを笑うんだね」

「笑っちまうさ。おまえはサイテーな女だからな」

「あんたが嫌う理由はわかってる。それはしかたのないことだとも思ってる」


 黒スーツ姿の相棒が立ち止まった。

 そして、振り向き、言った。


「やっぱよ俺は、おまえのことを信用はできねーよ。わかれよ、そのへん。賢いんだろ? おまえさんはよ」


 私は両膝を折った。

 悲しくなってしまった。

 ほんとうに、悲しくなった。

 バディを組んでから長いのに、どうしてそんなことが言えるのだろう。

 私は頭を両手で抱えて、えーんえーんと、めそめそ泣いて……しまった。


 そしたら相棒がただちに「ばっ、馬鹿、泣くこたねーだろ」とフォローしてくれて。だからわたしは、そんなことをしてくれる馬鹿な相棒が好きで、大好きで、大好きで……。


「……決めた」

「ああん?」

「決めたって言ったの。私はなにがあっても、あんたのことは裏切らない」


 すると相棒は「へっ」と笑った。

 嘲笑するような、嫌な笑い方だった。



*****


 寝た。

 潔く、なにも恥じず。

 私は途中から気を失った。

 それでもヤれたんだから、死ぬほどよかったんだと思う。


 相棒がアメスピをくわえ、だから私もパーラメントを寄せ、一緒に先端に火を灯した。炎のキス。誰にも邪魔させない、稀有な時間。私たちだけの時間。だけど、相棒はなんだか不機嫌そうで。――わかってる。もう、わかっている。私はこんなアホみたいな野郎、それでいてどんな男にも勝る腕力とどんな男にも勝る下半身を持った男と一緒にいるわけだ。こんな状況に置かれることはいままでなかった。下半身だ、下半身。こいつは馬鹿みたいにそれが発達していて、だから都度都度、私を死ぬくらいにまで追い込んでくれる。それは事実で……なのにどうして涙が出るのだろう。こんな奴、こんな奴、べつにセックスが上手でしかないのに、どうしてこいつのことばかり思い返すんだろう……。それを見抜かれているからだ。相棒は私に「どっか行け」とか冷たいことを言う。私はそのたびに相棒にすがりつくようにして抱きつく。ときに「やめて、お願い。私を手放さないで……っ」と正直に告白してしまう。すっかり立場が入れ替わってしまった。私が主導権を握りっぱなしでしかるべきなのに……。


 相棒は素っ気ない。

 最近「本気」を出してくれない。

 いったい私はどれほど罪深いのだろう。

 そのへんの加減がわからないから、とってもしんどいんだよ、私は、相棒……。



*****


 その女性の陰部がまともに目に入ってしまったからだろう。女性はひどく怯えていて、だからほんとうに怯えた表情で我が相棒にも目を向けた。「悪い。ほんとうに悪かった」と意味のない謝罪をするあたりが相棒だ。手を下したであろうニンゲンは三人いたのだけれど、そのうちの一人に、相棒はのっしと馬乗りになった。くわえ煙草のまま、たぶん――死ぬまで殴るつもりだ。実際、やめてやめてやめてくれと懇願されてもやめる素振りすら見せない。なにに対しても怯えたりはしない、強気で当たる。相棒らしい行動だとも思う。私は相棒の左の肩に手を乗せた。その手を即座に振り払われ、だから私は強い声で「やめな!」と伝えた。


 振り向いた相棒は赤い涙を流していた。

 こんなことになるなら、パトロールなんてしなけりゃよかった。

 相棒が誰よりつらい思いをするなら、家で寝ていればよかったのだ。


「俺の現状以上の度胸を理由を、おまえは持ち合わせてんのかよ」


 そう言って、相棒は男を殴り続ける。

 もうきっと死んでいるのに、殴り続ける。


 殴り続けた。



*****


 私はすっかり腑抜けの腰抜けになってしまった。先達ての件で相棒が留置所送りにされたことについてそれなりに悲しみ、吐息をついた。だけどそのうち寂しくなってしまい、明後日の方角に向けて相棒の名を呼び続けるようになっていた。愛おしい、だから相棒。もうやめて、お願い。自分を傷つけるような真似だけは、もうやめてくれない?


 寂しいんだ、ほんとうに。

 あんたが帰ってこれるんだったら、私はきっと、なんだってする。



*****


 我が組織のトップから、連絡が入った。


「彼が出てくるように段取りをつけたから、迎えに行ってあげなよ」


 そんなの、あいつは望んでやしないだろう。

 そんなふうに思った。


 だけど、けれど、そいつが黒スーツのまま、めんどくさそうに留置所から出てくるのをみると、涙があふれそうになった。


 相棒は言った。


「予想どおりだよ。いや、この国は思った以上にくそったれだ」


 私は言った。


「でも、あんたが出てこれてよかった。ほんとうによかったよ」


「くそったれの先輩らしくねー文言だな」

「くそったれとか」

「うるせーんだよ、くそったれ」

「どこに行けばいい?」

「ウチに帰してくれ。シャワー浴びてーよ。服も着替えたいし」

「だったら、そのあと、抱いてくれる?」

「ああん?」

「抱いてよ。あんたにメチャクチャに抱いてもらえなくちゃ、私は変になっちゃうから」


 私は笑った。でも、両の目尻からは涙がこぼれて。


 相棒は訝しむような目線を向けてきた。


「なんかあったのか、おまえ」

「なにもないよ。ただセックスがしたい……ダメ?」

「ダメじゃねーけど」

「抱いて、お願い」私は笑いながら泣いた。「私に乱暴できる男はあんただけなの。私は乱暴してもらいたいの。ねぇ、ダメ……?」

「だから、ダメじゃねーけど」相棒は「ハハ」っと軽薄そうに笑った。「もっかい訊いてやる。おまえ、なんかつらいことでもあったのか?」

「つらいことはなかったよ。ただ、あんたがいないと、ダメだって悟った」

「ばーか」

「馬鹿でいいよ。とにかく抱いて、信じて……」


 ――翌朝、相棒にぺしぺしと頬を叩かれた。

 抱かれ始めてから、もう十二時間が経過していた。



*****


 愛車の中でジッポーの火が灯された。相棒はアメスピを、私はパーラメントの切っ先に火を灯す。炎のキス。色っぽくて、気持ちがよくて、イケているし艶めかしい刹那、少しの時間。


 本部――。


「ボス、ごめん、いまの私はふらふらしてる」


 私は面と向かって彼に言った。クリント・イーストウッドみたいにうまく年を重ねたボスには、「いいことを言うねぇ」と笑われた。相棒も笑った。「安心しろよ、先輩。なにか起きたら俺が後ろからでも撃ってやる」。そんなこと、私は望んでないのにな。そんなことは、やめてもらいたいのにな。


「二人とも、いい心掛けだね」ボスはぽんと言った。「最後まで、きみは僕の駒だと信じたい。それができないようであれば、それこそ僕が信じる駒が、きみのことを殺すだけだろう。舐めるなという話だ」

「わかってるんだ、そんなこと。ねぇ、ボス」

「なんだい?」

「こいつの、ひどくデカいんだ。突っ込まれるだけで、わりとヤバいんだ」私は相棒に右手の親指を向けた。「たぶんだけど、やっぱりさ、女をどれだけイカせられるかが、正直、男の価値だと思うんだ。わたしはこいつのでないともうイケないから、こいつ以外のことを好きになったりしない。ダメかな、こんな理由じゃあ」

「いや。いい答えだ。思いもしない言葉が出てきたことに、僕はひじょうに満足している」


 そう言って、ボスは朗らかに笑った。


 相棒はめんどくさそうにして退室した。

 私は気持ちよく笑いながら、「待ちな」と言って、後を追った。



*****


 左方へとなだらかに弧を描く廊下の途中で、相棒は煙草に火を灯した。禁煙だからへたこけばスプリンクラーが作動してしまうかもしれない。でも、水が舞う中にあっても、相棒はくわえ煙草を続けるに違いない。


「おまえ、やっぱり薄情な女だよ」


 いきなりなにを言い出すのかと思い、私は目を丸くした。


「あえて訊こう。なんの話?」

「俺になんて、『繋ぎ』程度の価値しかないんだろ?」


 相棒は煙草をくわえたまま、「どうなんだよ」と問いかけてきた。


 泣きたくなった。

 私はあんたでいい。

 違う、あんたがいい。

 あんたと一緒にいたいだけなんだから。


 相棒はふっと笑って、身を向こうへと翻した。


 私はまた「待ちな!」と叫んだ。

 「ああん?」と不機嫌そうに振り返った相棒である。


 私はタックルをかますようにして、相棒に抱きついた。

 それはもう、勢い良く、力強く。

 それでもびくともしない丸太みたいだから、私はこいつが好きなんだ。


「あんたじゃなきゃ、ダメだから」

「ああん?」

「あんたがいなくちゃ、彼と……神崎と戦おうだなんて思わなかった」

「だ・か・ら、ああん?」

「そばにいてね?」

「あん?」

「ずっと、そばにいてね? あんたがいれば、私はいつまでだって戦える」

「嘘じゃねーんだな?」

「もちろん。嘘だって感じたら、次の瞬間には殺してよ。それでいいって、いまの私は思ってるから」


 難しい表情を浮かべてから、向こうへと歩き出す相棒。


 セックスなしの男女の、言ってみればプラトニックな関係。おたがいが全力で全開まで振り絞るようなかたちで自己を表現できないのであれば、そんな奴らは舌でも噛んで別れたほうがいいと、私は思う。


 凹凸には意味がある。

 なにかを否定するなら、まずはそのへんについて、きちっと理解したほうがいい。


「世の中に求められてるのは、多様性だぜ?」


 そんなもの、私は要らない。

 大好きな男に抱かれれば、それでいい。


 古い考え方だと相棒には笑われ。

 だけど、「だったらまだ信じられる」と笑われ。


「安心した」私は微笑んだ。「あんた、まともじゃん」

「そうだよ、俺はまともなんだ」


 私はセーフハウスに帰ると、相棒と一緒になって、ベッドへとなだれ込んだ。たった一つやめてほしいことがあるとするなら、それはいちいち、着ている物を乱暴に破き、それをオシャカにされてしまうことだ。


「目ぇつむってろ。殺すつもりで抱いてやっから」


 目を閉じると、目の先が忙しなく白黒に点滅した。


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