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なかなか素直になれない私とあなたと

作者: 奏多

「ティア、僕と婚約ごっこをしようか!」


 まだ春になりきっていない寒空の下。

 公爵家の王都屋敷の庭。

 突然おかしな提案をしてきたのは、金髪碧眼の、黙っていれば美青年に見える幼馴染アーレンだ。


 訪問して来たアーレンの言葉に、ルティアはジト目になる。

 彼はいつもおかしなことばかり考えているのだ。大抵はた迷惑な思いつきで、周囲を大混乱させる。

 その被害を何度も受けて来たルティアだったので、ものすごく警戒した。


「……なぜ私がそんなごっこ遊びをしなくてはならないのかしら? アーレン。子供でもないのに」


「僕がそうしたいから」


 しれっと答えるアーレン。


「ほら、もうすぐ紛争地に戻ることになってるじゃないか」


「そうね」


 数日前に、当のアーレンが教えてくれていた。


「剣もあいかわらずからっきしなのに、戦場へ行く酔狂はあなただけね」


「仕方ないんだよぉ。ほら、殿下が寂しがるからね」


 アーレンにはもう一人幼馴染がいる。この国唯一の王子だ。

 容姿は優れているものの、王妃が国王と不仲を通り越して憎悪されているような状態であるせいで、国王が愛人との間の子を王位につけるために暗殺されかけること数度。それが上手くいかないと、紛争地へ度々派遣されている。


 アーレンは、そんな王子の最側近だ。

 何年も前から……側近としては一番の古株だろう。気心も知れているので、何かと王子がアーレンを頼りにしているのもわかるけれど。


 ルティアはいつも不安になる。

 アーレンは運がいいだけだ。戦えない彼が、いつ王子の暗殺に巻き込まれるかわからない。


 でもそんなことは口に出さない。

 意外に頑固なアーレンは、決めたら絶対に変えない人だ。

 なのに言っても無駄なことを口にして、彼にすがるような真似をするのはルティアの矜持に反する。


「それがどうして、私と婚約ごっこをすることにつながるのよ」


 そう言えば、アーレンは頭をかきつつ言う。


「いやぁ、ほら、こういう生死がかかってるかもしれない時なら、ティアのお父上もほだされて『婚約してもいい』って言ってくれそうだったから」


 ――ん? お父様に『婚約してもいい』って言ってほしいの?


 ひっかかりを覚えた部分を追及しようとして、自分に待ったをかけた。


(ちょっと待って私。言ってくれそうだったから……って、まるで、一度それを言ったことがあるような感じの表現よね?)


 普段のルティアは、こんなに細かく相手の言動を精査したりしない。

 アーレンだからだ。

 この見た目は悪くないのに、へらへらした表情のせいで抜けて見えるアーレンは、微妙な差をつけた言い方をして、相手の反応を測って次の行動を決める。

 そんなアーレンも、幼馴染の私には嘘はそうそうつかない。代わりに、ちょっと変な言い回しをしてしまうのだ。


「あなた、もうお父様に婚約ごっこの話をしたわけ? まさか『ごっこ』という言葉は使っていないでしょうね?」


 アーレンはちょっと照れたように視線をそらした。


「まさかぁ。婚約させてもらえたら嬉しいんですけどって言ったんだよ。公爵令嬢のティアは、本来なら王子の妃にって推薦するところだけど、可愛い娘を暗殺の危険がうじゃうじゃの男のところに嫁に出すのは恐ろしいでしょうから、僕にしませんかって」


「僕にしませんかって……」


 とんでもない言い方だ。遠回しに自分の方がマシだと言うため、自分の主をダシにしたらしい。


「だって、王子が相手だと、王子の影響力が増すのが怖くてティアのこと積極的に排除しに来るだろう? だけど伯爵家子息の僕が相手なら、『あれ? あいつの嫁になるなら、王子に味方はするんだろうけど王子のことは怖がってるし、王子がいなくなれば離れるだろう』って感じで、多少は狙われにくいだろう?」


「まぁそうだけど……」


「それに僕なら、万が一の場合はあっさり別れてあげられるし。公爵令嬢なら伯爵家の僕をいつでも切り捨てられる」


 ルティアは公爵令嬢だ。家格はアーレンよりも高い。だからこちらから婚約破棄を持ち出しても、アーレンはうなずくしかないのだ。


「だからって、そんなに不安なら婚約しなくてもいいんじゃないのかしら?」


 言葉に棘が含まれているのは仕方ない、とルティアは思う。


 だってルティアは待っていたのだ。

 昔からルティアは、アーレンと婚約すると思っていた。

 性格はさておき、頭が良いのは周囲も認めるところ。ルティアの公爵家へ婿入りしても問題はないとルティアの父親も思っていたはずだ。時々そのようなことは言っていたし、だからこそ公爵家に遊びに来ることを許されていたのだ、と思っていた。


 だけど彼は、ルティアが成人して間もなく、親友の王子ユーグと一緒に戦場へ行ってしまった。

 剣なんて苦手なのに。自分の頭が必要だから、と軽い調子で言って。

 しかも婚約すらもしないまま……死ぬかもしれない場所へ。


 ルティアは、自分は友達としか思われていなかったのだ、とショックを受けた。そうでなければ、死地へ行く前に婚約すらもしないなんて、考えられなかったから。

 自分が遠くへ行っている間にルティアが他の人と婚約したり、結婚するかもしれないことを、何とも思わないから、そんなことをするのだ。


 ルティアとの関係は、しょせん『友達』だったのに違いない。

 そう考えていたのに。


(……今になって? どうして急に婚約の話を持って来たのかしら。わざわざ『ごっこ』なんてつけるから遊びの一環かと思ったら、そうしたらお父様が許してくれそうだからとか、どういうことなの)


 あの時の拗ねた気持ちを思い出したルティアは、ぐっと唇をかむ。


「ティア、綺麗な口が傷つくよ」


 すぐにアーレンが、ルティアの唇に指先で触れた。驚いてかむのをやめてしまった後で彼を見れば、アーレンは苦笑いしていた。


「君が、すねてしまうのはわかるよ」


「すねてなんかいないわ」


「でも君の父上がね、あの時は出征するなら娘はやれないって……」


 ルティアの返事を無視しして告げられたのは、思いがけない言葉だった。


「……は?」


 お父様が、出征前の婚約の申し出を断った?

 瞬間的にイラっとしたけれど、一呼吸置いて考えれば理由は思いつく。なにせへたれ剣の使い手アーレンが戦争へ行くのだ。命があるかどうかわからない。娘に婚約者とはいえ、失う真似をさせたくなかったのだろう。


(もしくは、捕虜になったり行方不明となったら何年も帰れないかもしれないから……。その間、私が嫁げないまま婚期を逃すと心配したのかも)


 親心としてはありえることだけど。それなら勝手に怒っていた自分がバカみたいではないか。


「でも、そろそろ王子の勢力も強くなってきた。もう少ししたら国王を退位させられるほどになるはずだよ。これぐらいの状況なら、僕と婚約したぐらいじゃ君が危険にもならないし……。僕もね、いつ紛争地でポンと消滅するかわからないし。戦場の露になる前に、君の未来の夫気分ぐらいは味わっておきたいし。だから……」


「だから?」


 ルティアは彼の言葉に期待をふくらませつつも、確実な言葉を求める。

 事情はわかった。アーレンがルティアと前々から婚約したいと思っていたことも。それを断ったのはルティアの父だったので、彼に非が無いことだって。


 でもちゃんと言わなければ、婚約に同意してやらないつもりだ。

 ここしばらくやきもきさせられ続けたのだから、軽い冗談みたいなノリで婚約を受ける気はない。


 そんなルティアの気迫を感じたわけではないだろう。ルティアの脅しなんて、本当はアーレンに効いてないのは知っている。

 だけど本当に婚約したいぐらい好きなら、アーレンはやってくれるはず。

 どきどきしながら待つ。そしてアーレンは、ちょっとポケットをごそごそと探った後で、ルティアの前に膝をついた。


「どうか結婚してください、ルティア。一生、僕の女神と思ってあなたに仕えることを誓います。同意してくださるなら、この指輪を受け取ってください我が女神よ」


 そしてアーレンは、金に美しい白金剛石の指輪を差し出す。


(……言った、言ったわ!)


 ようやくアーレンが、自分に求婚してくれたことに感動しそうだった。

 と同時に、今までのモヤモヤ期間のことを思い出してしまう。思った以上に何度もの出征のたびに空振りし続けたせいで、ルティアの方も感情がこじれているようだ。

 嬉しいのに、素直に喜ぶ気持ちが少し欠けてしまう。


 でも今受けなければ、あっさりとしたアーレンは引いてしまう。

 だからルティアは、指輪を受け取ったうえで言った。


「求婚、お受けするわ。でもあなたが今誓った通りに私の要求にこたえてくれなかったら破談よ」


「え、そんな!?」


 素直に受けると思ったのか、アーレンは驚いたように目を丸くした。


「私を待たせたバツよ」


 久々にアーレンを驚かせることに成功したことで、ルティアはスッキリとする。

 そして少しの間、自分の要求で振り回したら許してあげましょう、と思うのだった。

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― 新着の感想 ―
 「ごっこ」の言葉に?と思いましたが、アーレンも本気なんですね。
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