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喫茶シュガーの加藤さんと武藤くん

作者: 晴野 椿






ここはとある町の小さな喫茶店、マスターの佐藤さんが営む喫茶シュガー。

何でもマスターの奥様が遊び心を込めて店名を付けたらしいけれど、おすすめメニューはブレンドコーヒーのストレートだ。

コーヒーを愛するマスターがこだわり抜いた豆を選別して焙煎して淹れたそれは普段コーヒーを飲まない人でもミルクも砂糖もいれずにそのまま戴けるほど飲みやすく、けれどコーヒー好きの方も満足できる逸品となっている。


そんな常連さんから親しまれるこの店で働くのは大学生アルバイトの加藤さんと、ここのコーヒーに惚れ込み就職した俺、武藤だ。

音だけ聞くと砂糖と加糖と無糖である。

名前で採用されたかのような2人だけれど、加藤さんも俺も元々ここの常連の一員で。

名前にそぐわずクールでいつも落ち着いた雰囲気の加藤さん。

同じく名前にそぐわない、犬っぽいと言われるほどには人当たりのいいつもりの俺。

2人とも小さい頃から親に連れられて通っていたここでマスターにも可愛がられてきたため決して名前採用ではない。多分。


けれど2つ年下の加藤さんと昔馴染みと言うわけではなく、ただお互いを認識はしていたという程度の関係だった。

こうして一緒に働きはじめてもう3年。

未だにいまいち掴めない加藤さんに…俺は絶賛片想い中なのだ。


加藤さんは保育士を目指して某大学の幼児教育学科に通っている。子どもが好きらしい。

ある日、親子で来ていたお客さんの母親がお会計をしていて少し目を離した隙に、4歳くらいの子どもが店内を動き回って転んだときのこと。一瞬の間を置いて泣き出したその子の前に、加藤さんはしゃがみこんでその頭を撫でた。

途端にキョトンと泣き止んだのを確認して、「おおえらい!強い子だね」と加藤さんはにっこりと微笑んでレジの横に置いてある飴を差し出した。

それを受け取って「おねえちゃんありがとう!」と涙でべちゃくちゃな頬のまま満面の笑みを見せる子どもを俺は知らない。普段無表情とまでは行かないまでもあまり何事にも動じない彼女の綺麗な笑顔に見惚れて固まってしまっていたからだ。

のちにマスターには、「あの時分かりやすく、ああコイツ惚れたなと思った」と度々からかわれることになる。



そんなわけで、目下想いを募らせている俺は最近非常に悩んでいる。

今は12月。加藤さんは大学卒業まであと僅かで早々に就職先も決まりバイトに勤しんでいるのだが、つまりあと数ヵ月でここを辞めてしまうのだ。

うだうだせずにさっさと告白しろ時間ないぞとマスターにも奥さんにもせっつかれるし、自分でもそう思っている。分かっている。

しかしながら肝心の加藤さんに隙がない。いつもテキパキと無駄なく仕事をこなし、少人数で回しているから休憩時間も重ならず、アルバイトとフルタイムの従業員では帰る時間も合わない。

今日も今日とて客足の途絶えた隙にテーブルを拭き終えて、よしっと満足そうに控えめに口角が上がり可愛いなぁなんてボーッと眺めていた。マスターは今裏でコーヒー豆の選別中で店内には今二人きりだと言うのにそもそも静かな店内で俺たちの間では雑談も少ない。


もう時間がないのに、何かきっかけが降ってこないだろうか。そう思っていた矢先、珍しいことに加藤さんが小さくため息を吐いた。


「…どうかした?」


「え?」


「加藤さんがため息なんて珍しいね」


「…私ため息吐いてました?すみません仕事中に…」


カウンターの内側から声を掛ける。どうやら無意識だったらしい。なら尚更何かあったのだろうか。今お客様はいないとはいえ真面目な彼女にしては眉間のシワも滅多に見られたものじゃない。


「大丈夫、今はお客様もマスターもいないんだよ?少しくらい肩の力抜いてもバチは当たらないよ。それで、何かあったの?愚痴くらい聞くよ?」


ニッと笑って見せると大きな目を丸くしてから眉が曇った。大した話じゃないんですけど…と前置きのあと、ダスターを手にカウンターの流し台に戻ってきた。


「その…大学の同じ学部の人に、年越しのカウントダウンのお詣りに誘われていて」


「……うん?」


「お店もお休みですし予定もないし行けるんですけど、そんなに親しくないしあんまり気乗りしなくて、でも周りの空気に逆らえないというか…」


公衆の目があるなかで誘われて、盛り上げられてしまったということだろうか?と言うことはそれは。


「…それって相手は男?」


「はい、その人尾藤くんって言うんですが、加糖微糖の砂糖コンビでちょうど良いじゃんなんて騒がれて断るタイミングを逃してしまって、行けない訳じゃないですし何と言ったものかと」


佐藤に加藤に武藤に、更に尾藤って、ここまで来たら最早ギャグだろ。

ってそうじゃなくて。つまりそれは加藤さんに気がある男が周りの力を借りて加藤さんをモノにしようと企てているのだろう。

俺が長年隣で手をこまねいている間に冗談じゃない。魂胆見え見えのぽっと出野郎に持っていかれてたまるか。


「行きたくないなら行かなくていいよ。って言うかそんな男と夜中に会うなんて危険極まりないし、それに!」


ささやかなBGMが流れる店内に俺の声が思ったより大きく響いた。水洗いしていたダスターを絞っていた加藤さんの手が止まり、音量に驚いたのか俺の顔を見上げた。


「加糖と微糖より、加糖と無糖の方が対になってて良いと思わない!?」


「……え、…っと……?」


キョトンとした顔も可愛い。今日は珍しい表情をたくさん見せてくれる。加藤さんの意表を突くほど馬鹿な発言をした自覚はあるが止まらない。


「つまり、その、俺はこの店を辞めるつもりは無いしいずれマスターのお許しがあれば継げたらいいと思ってて、加藤さんも好きなこの店に気軽に来られるように整えておきたいし、加藤さんが辞めてしまっても会いたいし!」


だから


「加藤さんがここから居なくなる前に繋がりがなくなるのは嫌だ。そんな突然沸いた男なんかにさらわれるなんて絶対に嫌だ!加藤さんがよければカウントダウンは俺と過ごして欲しい、それで断る理由にもなるでしょ」


周りから固めてハッキリと告げることもしない周到なヤツに渡してたまるものか。


「俺は加藤さんが好きです!そんな男より俺と付き合って!」



キィと聞きなれた扉の軋む音は俺の声に掻き消された。こんにちはー、と言いかけた声が途切れ盛大に息を飲んだ。


「む、武藤くんがついにやったー!!!」



ハッと我に返り声のした方を目を向ければ、常連の近所の奥様二人がキラキラとこちらを見ていた。


「ちょっと大事件よ、武藤くんがようやく加藤さんに…っ他のみんなにも知らせなきゃ!ここの常連が見守ってきた子がやっと…やっと……!」


「本当ね…っ、私達のここに来る楽しみの1つがやっと…!」


きゃー!!と手を取り合ってはしゃいでいる2人に「い、いらっしゃいませ…」と何とか挨拶を延べる。

そうだ、まだ営業中の店の中だよここは。隣の加藤さんは真っ赤になって固まっている。


「大層な告白劇だなオイ、こっちにまで筒抜けだぞ。勝手なこと抜かしてるけど当分店はやらねぇよ。とりあえずほら、おしぼりお持ちしろ。仕事中だろ」


後ろから小突いて来たのは呆れた様子のマスターだ。あれだけ叫べば当然だが全部丸聞こえだったらしい。と言うか常連の見守りって、俺はそんなに分かりやすかったのか?


「すみません、大変お騒がせしました…」


「いいのよ、すごく良いものを見せて貰ったわ!私達、武藤くんを応援してるから!」


「そうよ、あなたたち2人がどうなるのかを見守るのも私達のここに来る目的なんだから!」


ガシャーン!と派手な音がして振り向くと、加藤さんが金属のトレーを床に落としていた。「し、失礼しました!」と焦った声が聞こえた。拾い上げた際にシンクに頭をぶつけて再びしゃがみこんでいる。マスターが背中をポンと叩いて裏で休むよう指示したのかフラフラと扉の向こうに消えた。

いつもクールな加藤さんをあそこまで動揺させたのが自分だと言う事実に口許が緩むのを抑えられない。


「やだもう加藤さんのあんな顔が見られるなんて…今日ここに来て本当によかった…」


「ホント、可愛いわね…。武藤くん、ごめんなさいね私達のせいで邪魔してしまって。興奮のあまり抑えられなくて…ちゃんと加藤さんを捕まえなきゃ駄目よ!」


奥様二人の応援もありがたいが、勿論そのつもりだ。ここまでぶちまけたんだ。このままうやむやになんてする理由がない。



















と言うわけで、マスターの許可の元に早めに上がらせてもらい、(と言うか「今日はお前のせいで2人とも仕事にならんだろ」と帰された。)加藤さんを待っていた。

散々悩んでいたにも関わらずあんな勢い任せの告白をしてしまい、さすがにもう一度きちんと伝えておきたい。返事だって聞きたい。


「お疲れ様…ちょっとだけ時間もらえる?」


シンプルな制服から私服に着替えて出てきた加藤さんを呼び止めた。途端に目を泳がせて頬を染める姿に嫌悪が見えないことにホッとする。

とは言っても近くに話せるような場所もなく、とりあえず彼女を送りながら話を切り出した。


「まずは…ごめんね、突然驚いたよね…と言うかあんな注目を浴びることになっちゃって申し訳ない」


「い、いえ…」


「でも言った内容については何の嘘もないから。俺は加藤さんが好きで、加藤さんが就職してシュガーを辞めちゃっても一緒にいられたらいいなと思ってる」


並んで歩いていた足を彼女の1歩前に踏み出し、向かい合うように道を塞ぐ。長い間躊躇っていたのが嘘のように、開き直ったら素直に言葉が出てきた。


「親しくない男と過ごすくらいなら俺を選んで欲しい」


じっと見つめた瞳が1度逸らされて、改めてゆっくり重なった。子どもの頃に彼女と初めて出会ってからだともう十数年。こんな可愛く狼狽えている顔は初めて見る。


「あの…私、武藤さんがそんな風に思ってくれてるって知らなくて、考えたことがなくて」


まあそうだろう、彼女からそんな気配は微塵も感じられなかった。だからこそずっと言い渋っていた訳だが。


「でも、コーヒーも………人も、微糖より無糖の方が好きなので、武藤さんを断る理由にさせてもらってもいいですか?」


真っ赤な顔が伏し目がちに告げたそれに、俺は目を見開いた。何だこの可愛い生き物は。


「っ…もちろん!ありがとう…!」


思わず抱き締めてしまいそうになったけれど、さすがにまだ駄目だと彷徨った手は代わりにその小さな両手を取った。手袋を着けていて素の温もりが感じられないことが悔やまれる。


「でもそのっ、年越しに2人でとかはまだ心の準備が…!」


「分かってる、急かしたりしないよ。でもこれからは俺が勝手に口説くからそのつもりでいてくれると嬉しい」


夜を明かすのは正直俺が堪えられる気しないし…と本音は隠しておこう。


「とりあえず、クリスマスは仕事が終わったら一緒に食事とかしてくれる?」


「…はい」




明日にはもう俺の告白は常連さん達に広まっていそうだし、どちらかと言うと応援の声がほとんどのようだから、加藤さんの好きをどうにかして無糖から武藤に変えてみせると決意した。


加糖のコーヒーのように甘い想いを注いで行こうじゃないか。










お付き合いありがとうございました。

タイトルから思い付いた話でしたがいかがだったでしょうか?

尾藤くんはその後しっかり振られて武藤くんに牽制される分かりやすい当て馬です。全国の尾藤さんすみません。私はコーヒーは微糖派です。

マスターの佐藤さんは40代後半くらいなイメージ。

常連さん達は武藤くんの恋路がいつ進展するか楽しみに見守ってました。


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[気になる点] いつもクールな加藤さんをあそこまで動揺させたのが自分だと言う事実に顔がにやける。 若気る【にやける】 男性が女性のようになよなよして色っぽい様子 鎌倉・室町時代に男色を売る若衆を呼…
[一言] 名前のセンスもよく、覚えやすかったです。かわいいストーリーでほのぼのしました。
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