ただ風に揺れるのを見ていたい
猫の額のような庭で咲いていた花々がそよ風で揺れた
ぼくはその光景をただただながめていた
いつまでもながめていた
ぼくは庭に花を植えようだなんて思わなかった
だっていくらきれいだって腹の足しにならないじゃないか
どうせ猫の額のような庭でしかないなら野菜を植えよう
ぼくはそう言ってたんだ
きみはそんなぼくを笑って見ていてこう言った
「そうだね 野菜を植えた方がお腹の足しになるね」
だけどきみは花しか植えなかった
一回だって野菜を植えることはなかった
ぼくはそのことを怒ることはなかった いや怒れなかった
きみが好きだったから言えなかった? いや違う
だったら あなたが庭の管理をすればいい
そう言われることが面倒くさかったからだよ
そうこうしているうちにきみはいなくなってしまった
天国だ地獄だ転生だ いろいろあるけど
ぼくにはさっぱり分からない
一つだけ言えることは広くもないこの家に住んでいるのはもうぼく一人だけだということだ
娘が言ってたよ
「もう私は東京で家庭を持って自立している。だから お父さんが再婚したいなら何も言わないよ」
そして こうも言った
「もっともお父さんにそんなことができるとは思えないけどね」
さすがはきみの子だ ぼくのことがよく分かっているよ
ぼくもきみも社交性がある方じゃなかったから きみとのお別れの会はあっという間に終わった
親類はみんな帰ってしまい 残ってるのは一粒種の娘一人だけだ
「お父さん これからどうするの?」
そんな娘の問いかけにぼくはこう答えるしかなかった
「さっぱり分からん。でも……」
「でも?」
「今はただ花が風に揺れるのを見ていたい」
「ふふふ」
娘は笑った その笑顔はいやになるほどきみにそっくりだったんだ