表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/9

第二章 1 黄泉

登場人物

 氷上千鶴 右手に五獣をやどした少女。

 江島周防 スサノオ。《地》の力をやどしている。千鶴とともに、冥界へ旅立つ。

 夢から醒めたような感覚があった。

 いや、現実から夢に落ちたのか……。

「ここは……?」

 なにもない荒涼とした平地だった。いや、坂になっている。しかしどういうわけか、下っているのか、上っているのかわからない。

 周防は、意識をしっかりたもとうとした。

 そうだ、ここが黄泉比良坂よもつひらさかだ。あの世へ続いているという坂……それでは、まだここは黄泉の国ではないのだろうか?

 周囲に人影はない。

 千鶴もいなければ、這い出てきた餓鬼もいない。

 とにかく周防は、歩くことを選んだ。というより、それしかやることがない。どちらに進むべきかわからなかったが、周防は足を動かした。

 すると、なにもなかったはずの風景に、一本の木があらわれた。

「桃?」

 周防の知識においては、桃の木だった。大きな実もたくさんなっている。

「食べろってことか?」

 しかし本当に口にしたら、ろくなことにはならない。これまでの経験上、そうにきまっている。

「そうか……」

 ここが本当に黄泉比良坂だとしたら、神話で有名な一節がある。イザナギとイザナミの物語だ。

 振り返ってはいけない、という約束を破り、イザナギは醜く変わり果てたイザナミを見てしまった。怒り狂ったイザナミは、逃げるイザナキを追いかけた。この坂を通過するとき、イザナキは桃の実を投げて抵抗したという。

「……」

 そのことを思い出してしまったら、そのままにはしておけなかった。

 イヤな予感を抱きながらも、桃を一つもいでみた。それだけでは、とくになにもおこらなかった。

 きっと、食べてみたら後悔することになる──そう思えば思うほど、食べてみたくなるのは人間の性だろうか?

 なんだか、喉が渇いてきた。

「ダメだ……これも、幻術だ」

 周防は、前進を再開した。

 桃も捨てていこうとしたが、そのまま持っていくことにした。なにかの役に立つかもしれない。


     * * *


 よく知っている街並みだった。

 うちの近所に似ている……しかしそれでいて、はじめて訪れた場所だ。

 千鶴は自分の置かれた状況が、しばらく理解できなかった。

 ここは、どこ?

「そうか……」

 だんだんと思い出してきた。

 自分は、地閃のなかに飛び込んだのだ。

 すると、ここは──。

「あの世……」

 そうは思えなかった。ここには、いつもの日常がある……。

 街のなかに、しかし人影はなかった。

 まるで、自分一人だけの世界だ……。

 周防の姿はない。はぐれてしまったようだ。ムクムクを呼び出そうと右手をかかげたが、反応がなかった。右手が軽い。あのときと同じだった。

 スピンクスとの戦い──。

 術をかけられて、異世界に飛ばされた。そこでも、右手の力が封じられていた。つまり、ここは本当に冥界なのだ。

 いや……。

 右手の親指だけに、重さを感じた。

 テン蔵だけは呼び出せるようだ。たぶん、《地》の力を有しているからだ。

 だがいまは、その必要はない。千鶴は、だれもいない街を歩きはじめた。

 しばらく歩いても、だれの姿も見なかった。

 これからどうしよう……そう思案しているときに、地を震わせる振動が伝わってきた。

「なに?」

 どうやら大きな騒音をまき散らしながら、なにかが近寄っているようだ。

 千鶴は、むかってくる方角に眼をやった。

 巨大なタイヤをつけている装甲車のような乗り物だった。ただしタイヤは一輪だけしかない。しいて呼ぶなら、一輪戦車だ。

「なんなの?」

 一瞬、とるべき行動がわからなくなった。

 道幅いっぱいに、一輪戦車が疾走してくる。

 そのとき、身体が宙に浮いた。

「そんなところでつっ立ていると危ないですよ、お嬢さん」

 それは、見知らぬ男性だった。

 年齢は、三十歳ぐらいだろうか?

 こんなカッコイイ先生がいたら好きになるだろうな、と千鶴は思わず考えてしまった。戦車に轢かれたかもしれないところを、この男性に救われたようだ。

「ど、どうも……」

「あいつらは、地獄の軍人さ」

「本当にここは、あの世なんですね?」

 千鶴の言葉に、男性は不思議そうな顔をする。

「そうか……きみはまだ、自分が死んだことを受け入れられないんだね」

 説明が面倒なので、そういうことにしておいた。

「あの……、ほかにはだれもいないんですか?」

 街があるのに、この男性しか見ていない。

「ここにはいない」

 ということは、ここではないどこかにはいるのだろう。

「避難しているのさ」

「避難?」

「地獄の軍人からだよ」

 地獄の軍人のことがよくわからないし、そもそも普段のあの世の生活自体が未知の知識なので、千鶴はどのような反応もとれなかった。

「いっしょに行こう。安全な場所に案内する」

 千鶴は成り行き上、男性と行くことになった。

「あなたは、何者なんですか?」

 単純な疑問だった。

「おれも、きみと立場は同じさ。ここに来たときは、状況が把握できなかった」

 そういうことが知りたかったわけではないが、千鶴は視線で話をうながした。

「まあ、わかりやすく言えば、レジスタンスさ」

 ぜんぜんわかりやすくなかった。

「きみの年齢だと、意味がわからないか」

 子供あつかいされたみたいで、どこかおもしろくない感情がわきあがった。

「反乱分子。悪い言い方をすれば、テロリスト。良い呼び方をすれば、革命家かな」

 どんな呼び方であろうと、この男性が悪人とは思えなかった。

「地獄の軍人と戦っているんですか?」

「戦いというほど、立派なものじゃないさ。おれたちにできることは、ちょっとした抵抗ぐらいだから」

 どうやら、劣勢をしいられているようだ。たしかに、そのほうが想像はしやすいが。

「きみの名前は? なんと呼べばいい?」

「千鶴です。氷上千鶴」

「じゃあ、千鶴ちゃんでいいね?」

 千鶴は、うなずいた。

「あなたは?」

「おれは、鈴宮。鈴宮京介だ」


     * * *


 なにもない坂を進みつづけていたが、景色に変化はなかった。さきほど取った桃を持ちながら足を動かすしかない。

 いや、それは突如として現れた。

「なんだ、おまえら?」

 あの亡者たちかと思ったら、見た目は人間のようだ。迷彩服に身を包んだ、まるで兵士のような男たちだった。

 合計で八人。

「人間か?」

 神だけがまとっている《威気》は感じないし、それ以外の不審なものもない。

「抵抗するな」

 兵士の一人が、それだけを口にした。

「この桃か?」

 周防は、右手にあるそれをかかげてみせた。

 だが、桃には反応しなかった。

「これをとったから怒ってるんじゃないのか?」

 どうやら、それはまったく関係ないようだ。

「来い」

 あえて抵抗はしなかった。彼らが何者かわからなかったし、逃走したとしても逃げる場所もわからず、そもそもここでなにをすべきかも霞のなかだ。

 兵士たちに連れられて、しばらく無言で歩き続けた。よくよく考えれば、ここに来てから歩きっぱなしだったが、まったく疲れる感覚がない。それは、ここがあの世で、現実世界ではないからか?

 ようやく、人工的なものが眼に映った。

 鉄条網に覆われ敷地のなかに、簡素な木造家屋がある。それはさながら、軍の最前線基地を連想させる。いや、彼らが本当に兵士なのだとしたら、その考察が正しいのかもしれない。

「あやしいヤツを捕まえました。レジスタンスかと思われます」

 兵士の一人が、基地内にいた上官らしき人物に報告した。

「ほう」

 上官は、興味深そうな視線を向けた。

 ほかの兵士たちとはちがい、その男は人間ではなかった。

 姿かたちは、人間のそれだ。

 が、顔色が異様に白く、身体にまとう雰囲気に特別なものがふくまれている。

《威気》と呼ぶには不釣り合いだ。

 だから、神というわけではないだろう。

「きさまの仲間はどこにいる?」

 上官による尋問がはじまった。

「仲間?」

「とぼけるな。チョロチョロと逃げ回る鼠どもだ」

「オレは、ついさっきこっちに来たんだ。わかるわけないだろう」

「馬鹿を言うな。根の国に来たばかりの死者は、おまえのようにはしゃべれない」

 そういう死者を集めて、根の国のしきたりを教育するのが、この上官の役目だという。そして教育された者は、この国の住人として静かに暮らしていくのだと、上官は説明した。

蛭子ヒルコ様!」

 そこに部下が入ってきて、なにやら耳うちして報告をはじめた。

「なに!?」

 蛭子と呼ばれた上官は、表情を鋭くさせた。

気吹戸主イブキドヌシ様が視察にみえる……いまのこんな現状を知られては、おれの立場が……」

 どうやら、この蛭子よりも立場が上らしい。

「とにかく出迎えの準備をするのだ!」

「はっ!」

 人間であろう部下たちが、うやうやしく敬礼して応える。

「この男は、どうしましょう?」

「牢にでも入れておけ」

 まるで犬の処遇でも決めるように、蛭子は答えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ