第一章 3 国防
「君の証言に偽りはないか?」
「はい、自分の証言に偽りはありません!」
新宿区市谷本村町にある防衛省庁舎。その一室──。
「とてもではないが、信じられないね」
「ですが、本当のことであります!」
若い自衛官に尋問をするのは、壮年の幹部だった。防衛監察本部の人間だ。監察本部とは防衛大臣直属の組織であり、防衛省内部、自衛官の不祥事を監察する機関である。
「ここは、信じるとしましょう」
言ったのは、スーツ姿の男だった。
内閣危機管理監──佐倉聡太。この役職に就く人間としては、若い。まだ四十歳になっていない。自信に満ちた顔つきと、スリムな体型からは、優秀な青年実業家を連想させる。
本来、危機管理監は、その職務上、警察官僚──もっといえば、警視総監経験者が任命されることが多い。
それが、なぜこのような若造に?
「あなたはそれを、神だと思ったのですか?」
佐倉聡太は質問した。
自衛官は、答えに窮したようだった。
「答えてください」
「は、はい! 自分は、そう思いました」
「その根拠は?」
「根拠と言われましても……」
「あなたは直接、それを見たのですか?」
「いえ……自分は見ていません。ですが……訓練をうけた仲間が、あんな簡単にやられるなんて……人知を超えたなにかがあったとしか……」
そこで、佐倉は間を置いた。話題を変えるつもりのようだ。
「危険エリアに立ち入った民間人について、もう一度、教えてください」
「はい。若い男性と、女性。あと少女が一人です」
「その三人が、あなたの制止を無視したわけですか」
「そうであります」
「そのなかの男性は、体格がよかったのですか?」
「い、いえ……そうわけではありません」
「でも、あなたは鍛えぬかれた精鋭だ。そのあなたを突破して、なかに入ったのでしょう?」
「ちがいます」
「なにがちがうんですか?」
「男性ではありません。自分を突き飛ばしたのは、女の子であります」
「少女? 何歳ぐらいですか?」
「自分には、中学生ぐらいに見えました」
「女子中学生が、あなたを突き飛ばしたんですか?」
「そうであります!」
自衛官は、はっきりと答えた。少女におくれをとったことを恥じてはいないようだ。
「どういうことですか? 中学生の女子が、怪力だったと?」
「いえ……そういうことでは……」
自衛官も、よくわかっていないようだった。
「なんだか、不思議な力で……」
「まさか、その少女も神だなんて言わないだろうな?」
監察官が、どこか侮蔑をこめて口を挟んだ。
「……」
自衛官は、黙り込んでしまった。
「これから見せるものは、最高機密だと考えてもらいたい」
佐倉が、あらたまって空気を変えた。
スーツの内ポケットから、数枚の写真を取り出したようだ。
「これを見てもらいたい」
それを眼にすると、自衛官の顔がビックリしたようになった。
「こ、この少女です……」
「では、こっちは?」
「いっしょにいた男です」
「では、これは?」
「この女性は……三人組ではありませんけど、追いかけていったさきで会いました」
「では?」
「この若い着物の女性も、いっしょにいました」
その後も見せられた写真は、ほとんどが知ってる人物だった。あのときに会っている。知らなかったのは、おばあさんと、中東系の外国人、三十代ぐらいの顔の整った男性だけだった。
ただし、最初に出会った少女といっしょにいた女性だけはいなかった。
「いまの方たちは……? どうして、写真を持っているのでありますか?」
その疑問は自衛官だけでなく、監察官も抱いたようだ。どこか驚いた顔をしていた。
「その疑問は、あなたに必要のないものです。いますぐ頭から消しなさい」
自衛官は、なにも言えなくなった。
「あなたに、命令をあたえます。これからは、私の指揮下に入ってもらいます」
やはり、なにも言えない。
「返事は?」
「は、はい!」
「では、吉岡陸士長。これより所属部隊を離れ、私のもとで従いなさい」
有無を言わせぬ口調で、佐倉は告げた。
* * *
新幹線で二人旅。
とてもアンバランスな二人だった。
一人は二十歳前後で、暗い影を感じさせながらも、いま風の若者だ。髪形や服装も、そつなくまとめている。
かたやもう一人は、三十過ぎ。小太りで、頭髪も薄く、冴えないオジサンだ。服装も、文句なくダサい。
二人は、会話もろくにしなかった。
「あ、あの……」
勇気をふりしぼったように、冴えない中年男のほうが声をかけた。
「なんだ?」
不遜な態度で、若いほうの男が応じる。
玄崎太一と、江島周防だった。
「どこへ向かってるんですか?」
「だから、島根県だって」
周防は話しかけられて、少しイラついたようになっていた。太一とは、生理的に合わないらしい。
「それは聞きましたけど、なにしに行くんですか?」
「それは、オレにもわからん」
「え?」
「行ってみりゃわかるだろ。大きな地盤沈下のあったとこだ」
「ああ、ニュースでやってました」
そこで、会話が途切れた。
「あ、あの……」
太一は、また勇気をふりしぼった。
「なんだ?」
「昨日の続きなんですけど……おばあさんのことです」
「そのことか」
周防は、面倒臭そうに言葉を吐いた。
「まだくたばってないんだよ」
「本当なんですか?」
「ああ。このなかにいるんだ」
そう言って周防は、昨日と同じように、きれいな櫛を取り出した。
「このなかにな」
「……」
「とにかく、オレはとり憑かれてるんだ。あんたの居場所を知るのだって、あのババアなら簡単だ。《道》は、すべての《洗礼者》につながってるそうだからな」
「は、はあ……」
結局、親交を深められないうちに、新幹線は岡山駅についた。そこから特急やくもに乗り換えて、出雲市駅に向かった。特急のなかでは、とくに会話はなかった。
出雲市駅についたのは、午後四時ぐらいだった。
「ここからは、どうするんですか?」
太一は、しばらくぶりに声をかけた。
「わからない。現場はどこだ?」
「ぼくもわかりません」
「ニュースでやってたんだろ?」
「そこまで詳しく観てませんよ」
二人はホームで言い合いになった。
「どういうところだったんだ?」
どうやら周防は、そのニュース映像を眼にしていないようだ。
「山のなかでしたよ」
「だったら、山のほうに行くか」
「山っていっても、いっぱいありますよ」
二人とも土地勘がないから、どちらに進むべきかもわからない。
「そういえば、江島くんのおじいさんは、出雲にいたんじゃなかったですか?」
この地で、若き日の早乙女イネと出会いっているのだ。
「じいさんはそうでも、オレはちがう」
「来たことないんですか?」
「ない」
「じゃあ、だれかに訊いてみますか?」
周防からの返事はない。勝手に訊いてきてくれ、ということのようだ。
「あの……」
ホームを歩く人に質問しようとするのだが、みな太一を素通りしていく。
チッ、と舌打ちが聞こえた。周防がみかねて、かわってくれるのかと思った。
「とりあえず、出雲大社に行こう」
「え?」
「せっかく来たんだ」
「いいんですか?」
そんなことをしていて……。
「本当に、なにかがあるとはかぎらないんだ。少し観光するぐらいかまわないだろ」
「それもそうですね」
そしてひとまず、出雲大社へ向かうことになった。