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月ノ悪魔がやってきて

作者: 月島 真昼

 月から悪魔がやってきて、一か月で人間の数を半分に減らしてしまいました。それでもまだ人間は三十億も残ってやがる。アムールトラは500頭しかいないし、パンダは2000頭。ニホンオオカミは絶滅している。霊長類ヒト科ホモサピエンスはまだ三十億も生き残っている。ハイテステルほどいる。

 月の悪魔の容姿は人間に似ている。人間の子供に真っ黒な皮膚を張り付けて目と耳と鼻の穴を塞いだら月の悪魔の出来上がりだ。月の悪魔は人間を食べる。男も女も子供も見境なく食べる。手当たり次第に食べる。目についたものから食べる。一頭につき一日で約百人の人間を食べる。そうして山盛りの糞をする。月の悪魔は代謝がよくて食べられた人間はすぐに糞になる。男も女もじいさんもばーさんもねーちゃんもにーにゃん(噛んだ)も少年も少女も偉そうな顔した政治家も目の上ブルーなおばさんも平等に栄養たっぷりの山盛りの糞になる。

 月の悪魔は人間以外のものを食べない。トラやライオンやシャチやサメはお腹が空いていなかったら人間と仲良くなれることもあるけれど月の悪魔は人間と仲良くなれない。彼らは代謝がよくていつもお腹を空かせているし、お腹が空いていないときは大抵眠っている。

 勿論人間は月の悪魔と戦おうとした。拳銃 (ぱんぱん)、ライフル(ずっきゅん)、マシンガン(だだだだだん)、戦車砲 (どーん)、爆弾 (ばーん)、劣化ウラン弾 (ずどーん、ごうごうごう)、生物兵器 (?)、細菌兵器 (???)、対地殲滅爆弾 (ちゅどーん)、核爆弾 (ちゅどどーん)、あらゆる対策が講じられた。全部効かなかった。理屈はわからないけどとりあえずなに一つ効かなかった。

 月の悪魔はある日突然空から降ってきてそれが夜のことだったから月の悪魔と呼ばれている。彼らは知らないうちに増えている。きっとまだまだ増えると思う。なぜならこの地球にはやつらの餌がまだまだたくさん、なんと三十億もあるからだ。でもあいつらはもし人間が絶滅したら何食うんだろうか? 種類が近い(らしい)チンパンジーとかゴリラとかボノボとか食うんだろうか? それとも人間を飼って増やすんだろうか? 一家に二頭ぐらい置いといて子供を作らせて子供が産めなくなったら廃人(※廃牛の人間版)にして食べるんだろうか? あいつらは見境なく食っているように見えるけれど「やっぱり子供産んでると肉が固くてよくない」とか言うんだろうか? 「まだ若い子肉が最高だよね」とかあいつらの言語で相談しあってるんだろうか? ははは。

 さて。

 私は東京で暮らしている。日持ちする缶詰だとかをかき集めて日々をなんとかしのいでいる。いまのところ生きている人間には出会っていない。みんな食われた。そのへんの土、というか糞の中に骨が混じっている。街の様相は随分変わってしまった。月の悪魔のした山盛りの糞の上に植物がモリモリと育っているからだ。動物園から脱走したのかどっかの山の中から降りてきたのか、鹿とか狸とかの野生動物がうろうろしているようになった。春にどっかの国でヤギの群れがゴーストタウンを自由に歩いている動画が出てて爆笑してたけど実際自分の目でその様子を見てみるとやっぱりなんとなく私は爆笑した。腹いてえ。

 人間はしばらく地下鉄とかに閉じこもったりで凌いでたんだけど、ある日、一頭の月の悪魔がぽんと手を打ってものすごい勢いで地面を掘り始めて地下鉄を見つけて人間をほじくりだして食べはじめた。その様子はアリクイが蟻食ってる姿に似ていた。私? 学校のやつらにハブられて「死ねばいい」って地下から締め出されて民家の天井裏でがくがく震えてたら、月の悪魔は地下に夢中になってて私に気づかなくてそのうちあいつら東京に飽きて大阪の方に出かけていったよ。東京に飽きてきたら地方が恋しくなるんだね!(問題発言かもしれない)

 今年の夏はとても涼しい。

 全世界を襲った月の悪魔の行った糞によって植物が育って光合成によって二酸化炭素が分解されて地球温暖化が収まって、ここ東京でも日光のエネルギーが光合成に使われることでヒートアイランド現象が収まった。それから工業廃水が止まって河川や海が澄んでいく。東京は随分と過ごしやすくなった。人間がいないのも私的には最高。でも時々無性にさみしくはなる。人が恋しくはなる。私はYouTubeチャンネルを開いて配信を始める。肌着を脱いでブラジャーを外して上着だけを羽織って丸出しのおっぱいが画面に映るようにする。特におもしろいことが言えない私ができる人集めはおっぱいを丸出すことぐらいなのだ。ヒカキンってすっげーな。R18がNGだったYouTubeも規制する人が死んだらしくてやりたい放題だ。閉鎖されないことをただただ祈る。アベマとニコニコとインスタは止まった。

「みなさん、生きてますか」

 コメントがぱらぱらとつく。

 “なんとかやってる。”

 “隣町が全部食われたらしくてそろそろこっちもだめかも。”

 “しーちゃんとこは?”

 英語だとかフランス語だとか中国語だとかのコメントもあるけどそっちはわかんない。

「私のとこは全部食いつくしたと思われてるみたいなのでまだ大丈夫っぽいです」

 “うらやましいな”

 私には友達とか家族とかがまだ食われてなくて地下から締め出されなかったあんたらのが羨ましいよ。これから食われる瞬間を一緒に迎えられるあんたらのが羨ましいよ。私はハブにされたのだ。終わるはずだった社会からぽろっと零れ落ちたのだ。元々無能だなと思っていたら一緒に死ぬくらいの能力さえなかったのだ。

 でも月の悪魔は当分戻ってこなさそうだけど、その当分がどれくらいなのかは私にはわからない。月の悪魔にもハブにされた個体がいて、私が缶詰を集めるみたいにそいつらは私みたいなのを集めてがぶっと食べるのかもしれない。せめて集めてくれたらいいなと思う。

 いつ食われるかわからないのに生きてるから他にどうしようもなくて私はおっぱいを丸出しにしてそれを全世界に配信して他人の関心を釣って孤独とか虚無感とかを紛らわす。たまにがーって叫びだして泣きわめきたくなるのをYouTubeにぶつける。男に依存するのってこういう気持ちからなのかなとか考える。私は男がいないからYouTubeに依存している。なにしてんだろ。

 月の悪魔が来る前は普通に学校に行ってて教室ではハブにされてて息をひそめていて帰ったらパパとママは喧嘩ばっかりでとばっちりみたいな怒られ方をして兄がオーボーで居場所がなくて。……いまとあんまり変わってなくてちょっと笑った。

 私はチューハイの缶を開けた。

「みなさん、乾杯しましょう」

 誰も“何に?”とか野暮なことは言わない。

 “乾杯”

 “乾杯”

 “乾杯”

 英語とかフランス語とか中国語で書きこんでいる人たちも日本語は通じてるみたいでそれぞれの国の言葉で乾杯してくれる。


 私がかき集めた缶詰を食べ尽くすころには月の悪魔が戻ってきて、学校のみんなとかパパとかママとか兄みたいに私のことも食べるんだろう。なるべく痛くないように食べて欲しいと私は思う。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公の語りが軽快でちょっとバカっぽいので、重たい状況ですが朝からスラスラ読めました。 月の悪魔、というネーミングも好きです。たくさん食べたらたくさん出すあたりも納得!そして荒廃した都市に…
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