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ハバニールの異変


 私の名前はエリカ・グランデュカ。

 

 魔族との戦いでは何度も幹部を退けた英雄と呼ばれていて、その功績で貴族の地位と戦士長になっている。

 

 貴族出身ではないので騎士団長にはなれないが、正直その方がいい。

 

 国を守るのに彼らは派閥や宮廷のおべっかが忙しいらしいから。

 

 元老院から来たユンゲルン様も城下の様子など知りもせず税集めと魔石の販売に夢中でハバニールの現状など知りもしないだろう。

 

 まったくこちらの苦労も知らずに呑気なものだと思う。

 

 最近、ハバニールに異変が様々な起きていた。

 

 魔族が攻めてくるのを止め、結界に閉じ籠っているせいで魔石が手に入りにくくなっている。

 

 魔石は魔力の塊であり、このエンディミュラでは必要不可欠なものだ。

 

 魔力を大地に注ぐことで実りを増やし、土地の豊穣を維持しているのだが、魔力持ちが減りつつあり、魔力不足のエンディミュラにとった魔力の塊である魔石は土地の維持に必要なものになっていた。

 

 そして、魔族からは魔物以上に良質な魔石がとれる。

 

 元老院は魔族を根絶し、人の世界を作る、なんて言っているが、実際は魔石を得るための戦争だ。

 

 それに、魔族とは言え死体から摘出した魔石をお抱えの商人や小飼いの貴族に売り払い莫大な利益をユンゲルン様が得ているのはあまり誉められない。

 

 その利益によって民が喜ぶならいいが、税率は下がらず戦争が続いてると言って、飢えつつある民からまだ金を絞るのは正直怒りすら感じる。

 

 負担がかかるのは平民ばかりで、貴族の食事など招かれると本当に彼らにも負担があるのか? と思える豪華な食事が出てくるのだ。

 

 だが、苦情を言いたくても、騎士ではない私は普段、城に入ることもできないのだ。

 

 騎士団長に税率や民の現状を伝えても「我々の剣は元老院に捧げたもの。平民など我々貴族に生かされているのだから、気にする必要などない」と逆に呆れられた。

 

 言葉の裏には剣で成り上がった野蛮な平民が、と嘲りと妬みの眼差しもあり、その場で張り倒したくなったほどだ。

 

 貴族の腐った裏事情を知ってるのに何もできない自分がいて、歯痒い思いは日々募ってくる。

 

 それに最近の異変が重なり、正直イライラしていた。

 

 魔族が攻めてこないのだ。

 

「ライプツィヒ、どう思いますか?」

 

「恐らくは前の戦争であちらもかなりの痛手だったのでしょう。しかし、籠城されればこちらが不利になりますね」

 

 カイゼル髭と角刈りのがっしりとした見た目で兵を束ねるのは副戦士長のライプツィヒだ。

 

 見た目は厳ついが頭脳的な面の方が私は強いイメージがある。

 

 私が若い分、見た目では彼の方が頼りになりそうだし……。

 

「例の結界ですよね?」

 

「はい。あれの破り方が未だに分かりませんからね。勇者様はどうやって入ったのか……。引きこもられれば魔石は得られませんし、兵は養うだけで金がいりますからね」

 

 元々人間が魔族領へ攻め、逆襲にあい、今度は攻められた魔族が攻めこみそれを破ってまた人間が攻める、などを繰り返してしまったのだ。

 

 魔族が退いているなら、兵を減らせばいいのではないのだろうか、と思う。

 

 ハバニールの防衛機能は少人数でも運用できるし、それだけで大抵の魔族は撃退できてきた。最大戦力として私が睨みをきかせておけばいい。

 

 徴兵した平民はできるだけ元々の土地に返すべきだろう。

 

 長々と徴兵すれば男手が減り、収穫量が減ってしまうのだから――。

 

 貴族達にはどうでもいいだろうが、平民にとっては緩やかな死だろう。

 

 真綿で首を絞められる様にジワジワと死が近寄ってくるのだ。

 

 ま、そんなことも上の貴族はわからないのだろうけど……。

 

 金と権力しか興味のない頭のめでたい貴族は、魔族が我々を恐れているだ。この機に攻めるべきだのと声高に叫んでいるのだから。

 

「はぁ……本当に戦争は嫌ですね」

 

「まったくです。それに最近、盗賊が増えてきたのか、都市へ入る商人が減っているそうです。義務で他領から納めさせている食料すら届かなくなれば我々はいずれ飢えます」

 

 それに食べ物の恨みは恐ろしいのだ。

 

 ただでさえ、減っている配給がさらに減り、貴族は今まで通りな生活を送っていることへの不満が爆発すれば反乱が起きかねない。

 

 人間同士すら火種が燻っている状況。

 

 本当に腐ってる。

 

「魔族が攻めてこないなら、今のうちにそちらを討伐しましょう。ライプツィヒ、ハルムートに討伐部隊を編成させなさい」

 

「はっ!」

 

 まったく……門番も最近、弛んでいるのか通行税だけ払わせるだけでまともに積み荷を真面目にチェックしてる感じもなかった。

 

 寝不足なのか彼らの表情は虚ろに見えるのは気のせいかしら?

 

 兵士とかにも似たような者がいる。

 

 ……妙な薬とかじゃないよね。

 

 とにかく、都市全体が嫌な空気に包まれつつあるのを私はヒシヒシと感じていた。


 

 討伐部隊を送り出してから五日後、ライプツィヒから驚愕すべき報告が届いた。

 

「え? 部隊が壊滅したですって?」

 

 徴兵しただけの平民兵ならわかるが、30人いた内の10人は正規の訓練を受けて魔力も操れる騎士にも劣らない精鋭であり、武器、防具も一流だ。

 

 彼らが盗賊ごときに遅れをとるとは信じられない。

 

「ハルムートは無事なのですか?」

 

「はい、傷は治療院で治癒させたので報告に来るように伝えております」

 

 生き残りはたった四人で、全員辛うじて生き残ったいたそうだ。

 

「そうですか……」

 

 よかった。

 

 しかし、気になる。

 

「ハルムート達は騎士にも引けばとらないはず。ただの盗賊に倒されるとは思えないのですが、大型の魔物でも出たのでしょうか?」

 

 白兵戦なら勝つために手段をとらない戦士達は騎士よりも下手すれば強いかもしれないし、実戦慣れしてるのに……。

 

「わかりませんが、話を聞いた方がいいでしょう」

 

 私とライプツィヒは互いに難しい顔をしたままハルムートを待つ。

 

 ◆

 

 出血や骨折こそ治ったが、まだ身体の芯に重さが残っているし、鈍い痛みがジクジクと身体を苛む。

 

 俺はハルムート。

 

 この戦士団の中では上位に入る戦士だが、先日の任務で仲間の大半を失い、任務を失敗した。

 

 今日はその報告だ。

 

 失敗した報告か…………気が重い。

  

「グランデュカ様、ハルムートが来ました」

 

「入室を許可します。入りなさい」

 

「はっ!」

 

 人払いがされた部屋には戦士長と副戦士長しかいない。

 

 執務用の机に座り、両手の指を合わせて山を作って考え深げにしている戦士長は見惚れてしまう程美しい。

 

 化粧して、ドレスを着ればどこの舞踏会に出しても目を引くだろう容姿なのだ。

 

 その横に執事のように立つ厳めしい顔立ちの副戦士長はこうして見ると護衛にも見えるが、実際の強さは反対であると誰が想像しよう。

 

 華奢にしか見えない細腕は鋼のこどき強靭さを秘めていて、俺など素手でも容易く捻り潰されるだろう。

 

「ハルムート、報告を」

 

「はっ!」

 

 凛と響いた戦士長の声に背筋を伸ばして居ずまいを正した。

 

「我々はグランデュカ様の命令で盗賊を討伐すべく被害が出ている街道へ向かったのですが――」

 

 あの日、俺はグランデュカ様が鍛えた戦士と槍を持たされて怯える平民を連れて街道へ向かったのだ。

 

 武器を持たされて最低限の装備をしているが、怯えの色が濃い平民達は俺達と違って普段は畑を耕したりする彼らは都市についてから訓練を受けた程度でそれこそ素人に毛が生えた程度のレベル。

 

 正直、荷物運びくらいにしか考えていないし、危険と感じたら逃げてくれればいい。

 

 矢面に立つのは戦士として鍛えてきた俺達の仕事だ。

 

「盗賊ですか。でも、商人だって護衛は野党でしょうし、情報がないってことは皆殺しでしょう? おかしくないですか?」

 

 隣に並んで馬を歩かせるのは同じ戦士団にいたサルファスだ。

 

 同期だったこともあるし、仲がいい気さくな男である。

 

「俺もそれは気になってるんだ」

 

 普通、盗賊が出てきても皆殺しにしたりはしない。

 

 意外に思えるが、商人が皆殺しにあうルートなど誰も通らなくなり、逆に盗賊が困るのだ。

 

 あまりに酷ければ今回のように討伐隊が出てくるしな。

 

 だから、ある程度抵抗なく荷物の一部を差し出して見逃してもらう。損失分は保険をかけるなどするのが常識のはずなのに――。

 

「まさか魔獣でも出たのか?」

 

「ありえなくないですよ。魔物の数が減っていると言っても絶滅したわけではありませんからね」

 

 むしろ、魔物は二極化が進んでいて人間に倒されずに強さを求めて進化し続けた少数個体と、人間から逃れるために小さく、繁殖力を求めた多数魔物に大半がわけられている。

 

「後者なら平民兵でも何とかなるだろう」

 

「問題は前者だった場合ですね」

 

 サルファスの言葉に俺は苦い顔で頷いた。

 

 もし強さを求めて進化した魔物なら俺達だけで手に負えるものではない。

 

 戦士長の助力がいるだろう。

 

「なんにせよ、調べてみなければわかるまい」

 

「そうですね」

 

 だが、こういう時の嫌な予感と言うのは大抵当たってしまうのだ。

 

 調査する場所は馬で3日ほどいった場所になる。

 

 一刻としない内に街道に広がった異変を目の当たりにすることになったのだ。

 

 粉々に砕かれた荷馬車と地面に撒き散らされた荷物。

 

 商人だけではなく、馬の死骸につけられた噛み傷は相当大きなものだ。

 

 人間技ではない。……盗賊じゃないな。

 

 地面に抉られた爪痕が魔物の大きさを物語っていた。

 

 大人の半身ほどもある足跡。

 

 それが四つ。

 

 それに側に落ちていた白銀っぽい色の糸――体毛を見て血の気が引いた。

 

「フェンリルだ」

 

「まずいぞ……すぐに撤退を――」

 

 オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!

 

 どこからか木霊した狼の咆哮に背筋が凍り、声で出なくなった。

 

 何匹もの声が重なったかの様に太く重厚な声を聞いた瞬間、身体に異変が起きたのだ。

 

 まるで、金縛りにあったかの様に強張った身体は心と身体が分かれてしまった様に動かない。

 

 他の兵士も愕然とした表情や恐怖に目を見開くものがいるのは、皆身体の自由を奪われたからだろう。

 

 まずい……。

 

 フェンリルの狩り場になっていたのか――。

 

 だが、肝心のフェンリルの姿は見えない。

 

 聞いた話ではフェンリルの体躯は二〇メートルを越えているはず。

 

 あの巨体が隠れれるとは思えないのだが――。

 

 ザザザザザッ。

 

 茂みを揺らして現れたのはフェンリルではなかった。

 

 白、黒、茶色……様々な体毛をもった狼達だ。

 

 十匹もいる。

 

 大きさは俺達よりやや大きいくらいで二メートルくらいの者が多い。

 

 普通の狼ではない。

 

 一匹一匹、魔力を感じる。魔物なのは間違いない。

 

 フェンリルの子供なのか?

 

 だが、フェンリルの子供は話でも聞いたことがない。

 

 子供の声で俺達が金縛りにあうだと?

 

 くそっ!

 

 まだ身体は動かないのか!

 

 ゆっくりとだが、身体は動きつつあるが、自由には程遠い。

 

 真ん丸の瞳と俺の瞳が合う。

 

 心なしか狼達が笑った様に感じた。

 

 ガゥ!

 

 短く吠えた瞬間、狼達が一斉に俺達には襲いかかる。

 

 横にいたサルファスの喉元を狼が引き裂き、噴き上がった血が頬を濡らした瞬間、縛っていた糸が切れたように身体の自由が戻る。

 

「撤退! 撤退しろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 即座に剣を抜いて隣にいた狼を斬ろうとしたが恐ろしい瞬発力で距離をとられた。

 

「荷物は捨てろぉ! 」

 

 とにかく逃げて情報を伝えねば!

 

 戦士として鍛えられていた俺達全員は一番にすべき事を瞬時に悟り、互いに頷きあった。

 

「かかってこい! 化け物ども!」

 

「ぶっ殺してやる!」

 

 サルファス以外に襲われたのが平民兵だったのは幸いした。

 

 残った俺達は万が一の時の足止めと伝令を役目は決まっていたから……。

 

 馬に鞭を入れてハバニールへ戻る俺達は剣擊や悲鳴を背にひたすら馬を走らせた。

 

 平民兵がどうなったかはわからない。

 

 誰も戻ってこなかったのだろうところを見れば、予想はできるが――。

 

 ――――そのあとは馬が潰れるまでひたすら走り、何度か小型の魔物や追ってきた狼達に傷を負わされながらも命からがらここまで戻ってこれだった。

 

 …………それが今回の報告になる。

 

 全て話終えた後、沈黙があった。

 

「そうか――ご苦労でした。下がって休みなさい。フェンリルの討伐隊を速やかに編成しなければなりません。ハルムートは治療に専念するように……」

 

 グランデュカ様は悲しげに眼を伏せながら退室を許してくれる。

 

 俺は敬礼してすぐに部屋を出た。

 

 仇はきっとグランデュカ様がうってくれるのを信じて――。

 

 ◆


「――とまぁ、フェンリルの噛み痕と足跡の偽装。俺達人狼の獣化であいつらは間違いなくフェンリルの子供が出たと思いますぜ」

 

「これでフェンリル討伐のために英雄が都市を空けてくれるな」

 

 ハバニールから行った森で俺――ローライムと話してるのは外に待機させていた人狼部隊だ。

 

 彼らには流通網に打撃を与えて貰い、ハバニールの兵糧を減らさせている。

 

 そのかいあって、現在、ハバニールの物価は高騰中だ。

 

 え? なんで俺が簡単には都市の外にいるのかって?

 

 そんなの、リリムとタニアのサキュバス二人に門番達を籠絡して貰ったからに決まってるじゃない?

 

 あいつらは俺達と一緒に都市に潜入させてから夜はちょっと大人の店で働かせている。

 

 訳あり女って体で安いため下っぱの兵士達が楽しめるお店で働かせてもらっているのだ。

 

 二人とも見た目は美女なので店で一番、二番人気らしい。

 

 リリムは俺の秘書の仕事があるので、あまり行かせてないが、タニアは実に楽しそうに毎日店に行っている。

 

 ……一番人気になってからめっちゃやる気になってるよウチの部下。

 

 まぁ、遊ばせてるわけでもないからいいんだねどね。

 

 そこで情報を集めたり、魅了で虜にした男達はこの都市で治安を守ったり、見張りをしたりする連中なので、こちらへ引き込んでおくととても便利なのだ。

 

 情報だけでなく通行税、物資の横流しとかも微々たるものだが、数が集まればそれなりだし、何より都市への出入りがパスできるのが大きいし、平民には出回らない情報も手にはいる。

 

 最近は見た目の良さと極上のサービスが受けられるとのことで、戦士団の方々も来てくれて万々歳だ。

 

 彼らの情報はかなり大きい。

 

 こうして頻繁に外と連絡できるし、暗躍できる情報が集まるからな。

 

 それに、タニアやリリムの持ち込んだ情報のおかけでこの一帯で最強の魔物がフェンリルだとわかったし、策を練れた。

 

 商隊の麻痺で討伐に来た戦士や騎士達を少数戻らせ、大型魔獣が現れたと誤解させれるからな。

 

 フェンリルの撃退には必ず全員が魔力持ちの強力な騎士団か英雄である戦士長が率いる戦士団が出なければならない。

 

 都市近郊なら尚更討伐は必須だろう。

 

「そう言えば、その英雄は暗殺できたんですか?」

 

「いや、無理だったな。ここ数日調べてたんだが……」

 

 人形から流動体になれば建物の隙間からでも俺は入れるので、基本、魔術で対策されてない場所は簡単に調べられたのだ。

 

 戦士長は食事も毒物を警戒して魔法で調べてから食べるし、就寝、入浴も必ず誰かを連れている。

 

 隙がないし、戦士長自体常に気をはっているから奇襲は難しい。

 

 仕方ないので都市から遠ざける作戦したわけである。

 

 ここの騎士達は城から出ないみたいだし、平民は汚くて関わりたくもないって感じらしいから、討伐も戦士団に振られるだろう。

 

 魔王軍は結界に閉じ籠っているから出てこないと思ってるだろうしね。

 

 ……一週間くらいは戻らないようにしてやろう。

 

「じゃ、次は誘魔水を巻いてくれ。フェンリルが出たと偽装したところを中心にな。あと、ファントムにドッペルゲンガーを三人ほど寄越すように伝えてくれ」

 

 作戦の第二段階へ移行するからな。

 

 俺がそう伝えると人狼達はニヤリと笑い闇に消える。

 

 さてと、次の作戦の始まりだ。

 


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