ハバニールへの潜入
仕入れた情報によると、都市に入る商人には特に許可証や顔がいるわけではなく税さえ納めればいいらしい。
魔法での看破などもないそうなので、こちらとしてはかなり助かった。
ドッペルゲンガーでの成り済ましまで考えていたが、そこまではいらなさそうだ。
身ぐるみ剥いだ商人から金ももらったので問題ない。
彼らは大商人や商人組合の所属でもないので、行方不明でばれることもない。
ガウリィとリリム達は家族連れで商売に来た設定だ。
大所帯家族だと怪しまれるので、長男とその嫁と合わせて四人。
人狼二人、サキュバス二人の家族を2ペア作って潜入させることにした。
残りの人狼とサキュバスは他の商人と途中入れ替わって入ってもらう予定なので外で待機させている。
しばらくはこの九人で動くことになるだろう。
俺はサイズを小さくしてリリムの膝の上にのってローブの下に隠れていた。
「この時期に家族連れだと? 珍しいな?」
「新規の商売を始めたいので、倅と嫁に商売の仕方を見せようと思いましてね」
「なるほど、家族思いだな。許可する」
お役所仕事らしく税を払うと荷馬車の中身を軽く見られただけで入るのを許可された。
一度も魔族が破れていないからか、人間側から入るのはかなり簡単だな。
正直、ザルなので拍子抜けしてしまった。
もし揉めたらちょっとリリムの魅了で誤魔化すつもりだったので助かったが。
都市に入れば俺も姿を出せる。
ただ、勇者と間違えられても面倒なのでローブを羽織って顔は隠していた。
「将軍、これからどうするんですか?」
「まずは都市内を調べるぞ」
捕虜がいるなら助ける案も考えたが、商人によると魔族は魔石を奪うために皆殺しにされているので、捕虜などとらないらしい。
ハバニールの軍事力については大してしらかったので、そちらは実地で調べる必要もあった。
ただ、英雄については噂程度の話しは聞けた。
まだ、二十歳にも満たない少女で勇者と同じような漆黒の髪と金色の瞳をもち、純白の服を着ているそうだ。
この世界で黒髪は珍しい。
黒っぽい茶色とかが多いので漆黒はほぼ見ないのだ。
俺みたいな異世界からの人間の子孫かな?
軍資金が心もとないので、安めの宿をとり、俺とガウリィ、リリムは都市の調査だ。
一緒にきた商人に扮した人狼とサキュバスには物価について教えておいたので、ちょっと安くてもいいのですぐに積み荷を現金化する様に命じておく。
……滞在費を稼がねばならないからな。
あの商人二人が通貨について話してくれたし、通過の現物も見たから大丈夫だろう。
先立つものは金だ!
「汚いですね。それに嫌な臭いがします」
「焦げ付いた臭いに死臭に体臭やら酒の臭いが混じってるな。これはきつい」
顔をしかめるリリムに同意する様にガウリィも頷いていた。
最前線だけあり、兵士がかなり多いが、それを迎える酒場や食堂も多いし、負傷して助からなかった兵士や治療院のベッドが足りなくて野戦病院となっている場所では死者が少なくない数出ているのだろう。
腐る前に土葬しようとしても魔族が攻めてきて埋葬が間に合わなかったりしたのもあり、微妙な不臭も混じっている。
それに服も小汚ないものが多い。
かなり衛生状態が悪い。
掃除する人間がいないから食べ滓などがさらに悪臭を放っている。
疫病でも流行らせれば一発で落とせるかな?
……さすがに冗談だけどね。
それに道行く住人も顔色が暗いし、食料が十分ではないのかやつれている者ばかりだし、都市全体が曇ってるのかと思ってしまう重苦しい雰囲気なのだ。
「我々人間こそが至高の種なのだ! 今こそ一丸となって戦わねばならぬ」
「元老院の方々は我々に勝利を約束して下さる英雄を派遣して下さったのだ! 勝利は目前である!」
「汚れた魔族を討ち滅ぼすのだ! そのために平民も貴族も力を合わせねばならん!」
「神に祝福された聖地は我らに相応しいのだ!」
噴水広場では演説なのか、何やら叫んでいる男達がいた。
薄汚れて小汚ない服を着ている住民とは違い、小綺麗で装飾の施された衣服は明らかに上級階級の人間だろう。
血色もいい、肥えているから住民とは違って飢えてもいなさそうだ。
演説を熱心に聞いてる若者は何人かいるが、ほとんどの住民の目は険悪だ。
「けっ……何が勝利は目前だ。何年も同じ事抜かして税だけあげやがって……」
「配給だけじゃもう限界だっての」
「お前らがまずは金を払えっての。家のもんももうねぇよ」
「俺達から絞れるだけ絞って自分達は楽に暮らしやがって」
ヒソヒソと陰口を叩く住人達の声は
少なくない。
「元老院のユンゲルンが来てから地獄だよ」
「魔石が取れても全部外に流しやがって俺達には何にもないしな」
「領主様さえ戻れればきった変わるのに……」
「諦めな。元老院の決定なんだ。変わりっこないさ」
元老院……。
確か、エンディミュラの最高決定機関だったよな。
その権力者がこの都市を治めてるのか。
前領主は更迭されてるのか。
ちなみに人気はない、と。
…………いい情報だ。
恐らくは都市の中心にある城にいるんだろう。
それにしても、恨みを買ってる領主と虐げられている平民の構図が浮き彫りになってるな。
あの演説してる連中はその腰巾着ってとこだろう。
「将軍、領主って何ですか?」
「領主ってのは土地を治める王様みたいなもんだよ。この都市――土地の最高権力者と思っとけ」
「んじゃ、そいつをやればハバニールはおちるんですね?」
「頭を落とせば混乱するが、そんな単純でもないだろうな。すぐに代わりの領主が派遣されるだろうし」
それにやるって言っても簡単にはいくまい。
都市に入るのと、城に入るのではわけが違う。
ちゃんとした手続きだっているだろうし、無名の商人が会えるわけがない。
さすがに、城にはちゃんとした身分も人間じゃないと入れまい。
「まだ都市に入ったばっかなんだ。もっと色々調べないと」
俺は演説を聞いている連中の輪から抜け出し、他の場所へと足を運ぶ。
特に行くあてはなかった俺達が適当に歩いているとすれ違う兵士の数が増えていく。
全員が土をつけたり、怪我をしたりして戦いでもあったのかと疑ってしまう。
「あっちの方は何やら活気がありますね」
「恐らくは訓練施設ではないでしょうか? 先程から兵士の数が多いですし、武器のぶつかる音もします」
「噂の英雄もいるかな? 覗けたら覗いておくか」
英雄がいなくてもこの都市の兵士のレベルがわかるのは大きいからな。
◆
都市の端に作られた平地で何人もの兵士が円形になり、一人の少女を取り囲んでいた。
この暗い雰囲気を吹き飛ばすような、見ただけで周りに花でも咲きそうな美しい少女だった。
漆黒の髪を邪魔にならないように整髪剤で固めて後ろでくくり、ドレスと鎧を合わせたような白い豪奢な服を纏っている少女は自分のなん回りも大きな男達の剣を易々と受け、投げ飛ばし、宙を舞う。
商人から聞いた特徴に一致するしあの強さはまさに英雄だ。
「次っ!」
「おぉぉぉぉ!」
「はぁぁぁ!」
気絶している男を越えてさらに兵士が突進するが、剣の一振りは衝撃波を生み出し、兵士がまるで木葉のように吹き飛ばされていくのだ。
兵士だってレベルは低くない。
魔力も纏えているし、その辺の魔獣くらいなら普通に狩れそうな実力もある。
だが、彼らが束になっても英雄には届きもしない。
「次っ!」
端から見てただけでも三十人は倒れてるな。
……あ、また吹っ飛ばされてる。
ここへ来るときに負傷してた兵士もここで訓練してたのだろう。
彼らの数を合わせてたら、100人近く倒したんじゃねぇのか?
あの細腕でどんな怪力だと思えるほどで、纏っている魔力は勇者ほどではないが、普通よりも遥かに多い。
……本当に人間か?
「ここまでっ! 負傷者は治療院にいくように! 元気なものは後片付けだ! 今日の訓練はここまでとする!」
凛と鈴鳴らした様な声は広い訓練場に響き渡り、倒れていた兵士達はなんとか起き上がるとゾロゾロと訓練場から出ていった。
「あれが英雄ですか。洒落になりませんね」
「ドグウェル様の片目を奪っただけはありますね。俺達じゃ、対応する間もなく切り伏せられますぜ」
眉がくっつきそうな程難しい顔をするリリムと、強さの差に諦めすら入ってるガウリィに俺もどう言えばいいかわからなかった。
力量だけなら勇者に匹敵する程だった。
正直、瀕死の勇者でも辛うじて止めを刺せたくらいだったのだ。
あんなのと正面から戦ったら文字通り木端微塵になる。
まともに戦うのはごめんだな。
…………よし、暗殺しよう。
もしくは戦線離脱させよう。
俺は勇者の強さを目の当たりにしながら改めて心に刻むのだった。
◆
積み荷を現金化してきた後発組と合流して俺達は宿に入った。
大部屋雑魚寝格安が売りなので、商人はほぼ泊まらないが野宿でも気にならない俺達にはこれで十分すぎるのだ。
「さて、これからの方針を話し合うぞ」
床にあぐらをかいて円陣を組み、情報共有と作戦会議だ。
「将軍を含めて九人ではどうしようもないのでは?」
「正攻法ではな。だが、絡め手ならどうかな? 都市に入るときもそうだが、人間領側からの人の流れには警戒が薄い」
「そりゃ、同族だからでは?」
同族意識が強い人狼にとって同族を信頼するのは普通だが、人間同士はそうではないのだ。
「そうでもないんだが……。あと、魔族に大しての防御は万全だが、背後からの奇襲には弱そうだったな」
「なら、あのスライム達で軍を運ばせればいいのでは?」
リリムが提案するがそれは無理だ。
「いや、少数なら運べるが、あの巨体を維持するのはかなりの負担なんだ。大軍を送る時間は維持できない。それにどの軍も今は建て直しに必死だからな」
この作戦は馬鹿にされてる第五軍に命じられてるし、他の軍は加勢してくれないだろうから、その策は使えない。
「まずは味方を増やしていく。それと都市に不和をばらまくぞ」
「味方? 人間のですか? んなの無理ですよ」
「なんのためにサキュバスを連れてきたと思ってんだ。兵士の大半は男だからな。第一作戦を開始するぞ。あと、外で待機させてる人狼隊にも動いてもらう」
俺は額を寄せて明日からの行動を伝えた。