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魔王の後見人


「はぁ……」

 

 机にうず高く積まれた書類の束にため息しかでない。

 

 先日亡くなった魔王様の葬儀の準備、次期魔王様の御披露目だけでも忙しかったのに、さらに頭の痛い事件が起きてその後処理で書類の山が増えたのだった。

 

「ローライム様。魔王様就任に反乱を起こそうとした第二軍将軍アルゴルの処刑及び、配下の鎮圧と粛清が完了したそうです。アスモ様から幹部を集める前に執務室に来るよう命令を承っております」

 

 書類越しに目をやると黒いゆったりとローブに包まれた女性がキビキビとした動作で書類を読み上げていく。

 

 ローブ越しでもメリハリがわかるスタイルのよさだが、背中のローブを押し上げる羽が人ではないことを物語っている。

 

 ローライムの秘書官であるリリム・ルーエン。

 

 部下のサキュバス達を束ねるリーダーでメガネが似合う知的美人だ。

 

 前世でも社長秘書でいそうなキャラ。

 

 まぁ、仕えてくてる相手は全然社長じゃないけど。

 

 あぁ、前世ってのは俺――ローライムの前世な。

 

 お決まり定番の地球人だ。

 

 え? なら、チートキャラだったのって?

 

 それならこんな書類仕事してないでチートライフ満喫しとるわ!

 

 初っぱなとか即死からの魔物ライフの挙げ句、階級は奴隷だよ!?

 

 どんな転生人生かと嘆いたよっ!

 

 そんなロクでもない始まりから、色々あって早十五年。

 

 俺は一度この世界で死んで魔族になって生きてます。

 

 ……魔王軍の幹部として人間と絶賛戦争中です。

 

 ◆

 

「失礼いたします」

 

「うむ……。入るがよい」

 

 三回リズミカルにノックして数秒の後に入室の許可がおり、側近のエルフ――メスティノが扉を開けてくれた。

 

 動き安さを重視した体に合わせたスーツみたいな服装で、できる社員みたいだ。

 

 ゲームで知ってたけど、この世界のエルフってスラッとしたスタイルで、顔立ちも整ってる。雰囲気は妖精みたいに儚げなのに、魔力はそこらへんの魔物よりも強いのだ。

 

 魔力強化した徒手空拳で自分の数倍は大きい熊の魔物を倒したときは心底びびったよ。

 

 エルフのイメージが崩れた日だったなぁ……。

 

「お呼びにより参上いたしました。魔王軍第五軍将軍ローライムです」

 

 跪いて挨拶した先にいたのは大きな机に不釣り合いの少女だった。

 

 見た目は十五、六歳くらいだろうか。

 

 もし転生してローライムになる前なら、娘くらいだろうな。

 

 あ、でも結婚してなかったけど。

 

 その前に彼女もいなかったわ。

 

 でも、アスモは赤ちゃんの時から遊び相手として知ってるから姪っ子や妹的な感じで可愛いのだ。

 

 見た目も美少女で、クリクリの瞳もサラサラの髪も、背中で揺れる翼も全部愛らしい。

 

 だが、見た目は可愛くても侮ってはいけない。

 

 彼女こそ、次期魔王であるルシファ=アスモなのだから。

 

 威厳を見せるように机の前で指を組み、こちらを見据えている。

 

「ご苦労でしたね。メスティノも下がって扉を守りなさい。何人たりとも入れてはなりませんよ」

 

「かしこまりました。アスモ様」

 

 メスティノは一礼して素早く部屋を出て扉を閉めた。

 

 恐らく扉の前でじっと待ってるのだろう。

 

 文官として魔王業務を支えられるメスティノだが、実力も幹部並みなのだ。

 

 てか、まともに戦ったら負けるかも。

 

「ローライム、盗聴防止の魔法を」

 

「かしこまりました」

 

 パチン、と指を鳴らすとローライムを中心に空気が震え、部屋全体に魔力が広がった。

 

 文字通り盗聴防止の魔法で俺と対象者しか会話が聞こえなくなる魔法だ。

 

 アスモは机のハンドベルを鳴らしたが、外からはまったく反応はない。

 

 普段なら鳴り終わる間も無く音を聞き付けたメスティノが入ってくるが、入ってこないのはちゃんと魔法が発動した証拠である。

 

「あー、やっと話せますぅ」

 

 アスモは机に突っ伏して息を吐いた。

 

 空気の抜けた風船みたいな萎れっぷりは、美少女が台無しになった瞬間だった。

 

 魔王としての仮面がとれたからだろう。

 

 緩んだゴムみたいにさっきの威厳がない。

 

「アスモ様、魔王としてその様な振る舞いはよして下さい」

 

「ローライム、今はその言葉使いは止めて下さい。私、貴方にその口調で話されるのは好きではないのです」

 

 ぷぅ、と頬を膨らませたアスモに対してローライムはフッ、と笑って被っていた皮を捨てて身内モードに切り替える。

 

「疲れたのは俺も一緒だよ。何せ、先代の死にアスモの魔王就任発表の矢先に、アルゴルが反乱なんぞ起こしたおかげで他の軍は鎮圧に兵を消耗したんだぞ? 人間の方が大きな動きを見せてないからいいが、攻められたらきつい」

 

 ただでさえ、魔族と人間の戦争で兵士は日々すり減らされているのに、背後でも反乱が起きたのでは挟み撃ちされたようなものだ。

 

 しかも、将軍のいなくなった第二軍は粛清でかなりの兵が処刑。

 

 軍の形も保てないので他の軍に吸収されることになったが、引き継ぎやら支給品の届け先と量の変更やらやるとこがどんどん増えて目が回りそうなのだ。

 

 唯一の救いは人間軍が攻軍をやめて国境の都市で動きを止めてることか。

 

 勇者が魔王を討って戻ってきてから一気に攻める予定だとか噂が流れてきてたな。

 

「魔族は魔力の高い者が魔王である、が古からの決まりなのです。私はやはり魔王として不十分なのでは?」

 

 アスモは不安げに前髪を垂らして下を向いていた。

 

「その脳筋理論には昔から物申したいが、今は置いといて……。アスモが魔王としての資質については問題ない。アスモの魔力は先代より上だからな」

 

「本当ですか!?」

 

「あぁ、それは俺が保証する。だが、アスモは魔力を使いこなせてない。今はでかいだけの魔力タンクだ。ちゃんと魔力扱えるようになって、力を見せれればみんな納得するだろう」

 

「でも、それまでどれほどかかるのでしょうか? 他の軍が反乱を起こさないとも限りませんよ? 私、そんなすぐに魔力を扱える自信がないです……」

 

 いきなりの重責と反乱で完全に自信を喪失してるな。

 

 無理もない。

 

 アスモの魔王としての教育カリキュラムは先代と決めて、始める前に勇者が乗り込んできたのだ。

 

 蝶よ花よと育てられたアスモがいきなり脳筋どもを従えて魔王として戦争してこいってなったらどうしていいかわからなくて当然だ。

 

 だが――――。

 

「安心しろ。俺がいる」

 

 ――アスモを頼む――。

 

 先代の最期の願いだ。

 

 例え、他の幹部がアスモを魔王と認めなくても必ず魔王としての育てて見せる。

 

「ローライム……」

 

 感動した眼差しでローライムを見つめるアスモの胸は熱くなった。

 

 短い言葉が、どんな言葉よりも勇気が出た。

 

 母が最期まで信じた彼が側にいるんだ。

 

 私も魔王とちゃんと振る舞わなければ!

 

 へたれた心に活を入れアスモはキリッと表情を引き締めた。

 

「私の魔力の扱いについてと今後、他の魔族の支持を早く得るにはどうするべきでしょうか?」

 

「魔力の扱いは第三軍のフェルシアに頼んでる」

 

 いきなり他人に投げた発言にアスモはまたへにゃりと顔を歪め、

 

「……大丈夫ですよね? ローライムの推薦なら信じますよ? ローライムが留守の時でも裏切りませんよね?」

 

 ……信用ないなぁ、魔王軍幹部。

 

 もうアルゴスのせいで完全に疑心暗鬼になりつつあるよ。

 

 本当に仕出かしてくれたもんだ。

 

「大丈夫だ。フェルシアはそんな野心もないし、昔馴染みだ。信用できる。信じろ」

 

「……わかりました」

 

「あと、魔王として威を知らしめるってので、作戦はある」

 

 魔王の魔力を見せつけるのが手っ取り早いが制御できてないと危険だし、無理なので、違うアプローチがいる。

 

 魔王として初の作戦を成功させる。

 

 それも難易度が高いものを――だ。

 

 そこが大事だ。

 

 簡単ではダメなのだ。

 

 他の連中ができないことをしないと――。

 

「……どのようなものですか?」

 

「魔王領と人間領の境。難攻不落のハバニールを陥落させる」

 

 ハバニールは過去にアルゴル率いた第二軍、さらに第四軍も敗走し、現在、第一軍が攻略に失敗して撤退。最も攻めあぐねている最大の要所だ。

 

 ここを落とせないため、魔族領を広げられず、魔族と人間族の境界線扱いされているが、ここを落とせれば、魔王として鮮烈なデビューにもってこいの功績だろう。

 

「私がですか!? 無理、無理、無理、無理ですっ!!」

 

 だって軍略も戦略も習ってないんです!

 

 できるわけがありません!

 

 盗聴防止の魔法がなかったら、金切り声に驚いてメスティノが飛び込んで来そうな声量だ。

 

 だが、これくらいしないとアスモを魔王として認めない輩はまだいるだろうし、これ以上反乱を起こさせるわけにはいかない。

 

 魔王軍の弱体化もあるが、そのタイミングでまた勇者みたいなチートキャラでもでてきてみろ。大混乱での挟み撃ち……完全に魔王軍の敗北になるわ。

 

 だからこそ、将軍どもが悉く失敗したここを攻略して魔王の威厳を見せ付けるのだ。

 

「アスモは何もしなくていいぞ。俺達第五軍に今回の軍議でハバニール攻略の命令とこの作戦指示書を渡してくれればいい」

 

 懐から巻物を取り出してアスモに渡した。

 

 この指示のおかげでハバニールを攻略できました! 魔王様のおかげです!

魔王様万歳!

  

 ――っていくのが今回の筋書きだ。

 

 自分達が失敗したハバニールを攻略できれば、アスモを魔王として認める勢力は大きくなるからな。

 

 ……まぁ、その攻略が最大の課題だけど。

 

 勿論、最期の言葉は胸に秘めてる。

 

 こんなの言ったら泣きそうなアスモがまじで泣くからな。

 

 自信満々の姿を演じていた。

 

「わかりました! 任せてください!」

 

 アスモはコロッと騙されてくれたらしく明るい笑顔で頷いて巻物を大事そうに抱え込んだ。

 

 アスモ魔王継承作戦&ハバニール攻略作戦始動だ。

 


 

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