2話 汚い鼻水幼女
「ブーッ!」
教室の床にあぐらをかいた麻子さんは、美香が渡したティッシュで鼻を思いきりかみ、そのちり紙を目の前にある大きなティッシュの山の頂上に置いた。出来上がったその山をまじまじと見て『かわいい……』とうっとりしている。
適当な椅子に腰を掛け、その光景を見ていた美香は『はぁ……』と深いため息をこぼす。
鼻炎である美香は、いつもかなりの数のポケットティッシュを常備している。しかも結構値段が張るいいものを。そのポケットティシュが麻子さんの今の一かみですべて使い切ってしまった。なので、今のところ、美香の中での麻子さんの印象はあまりよくない。
本当は、今すぐにでもこの汚い幼女を風呂にぶち込んでやりたいが、ここに来たのは彩未の付き添いである。彼女が気絶している以上、まだ帰るわけにはいかない。まあ、あの彩未が悩むような問題だ。この幼女がどうにかできることではないと思うが……。
麻子さんにティッシュを渡したあと、彩未は『ゴンッ!』と直立したまま後ろにぶっ倒れた。『彩未!』と美香が心配したが、幸いにもケガをしている様子はなかった。
彩未を保健室に連れて行ったのち、後日また来ることを麻子さんに伝えたが、しばらく待ってくれるそうなので美香はその言葉に甘えることにしたのだ。
とまあ、そういうわけで今は彩未が保健室から戻ってくるのを待っている状態である。
すぐにまた『デローン』と鼻水を垂らした麻子さんは、ティッシュの在庫がないこと気づくと、美香に愚痴るようにつぶやいた
「おい、ティシュがなくなったぞ?」
「ああ、さっきあんたが使ったのが最後の一枚だったわ」
「チッ、使えん奴だな……」
鼻水をズルズルすすり、つまらなそうな顔をする麻子さんに美香は何か言い返してやりたかったが、なにせ待ってもらっている分際なので、美香は何も言うことができなかった。
一時は天使とかヴァンパイアとか想像していた美香。言っちゃ悪いが結構幻滅している。
だが待てよ。
あの時美香は興奮していた。もしかしたら聞き間違えたかもしれない。確か前に番組で興奮していると都合のいいように解釈してしまうとか言ってたような、言ってなかったような……。いや言ってた!多分!
思い立ったが吉日と言うことで、一応確認しておくことにした。
「……なあ、あなたが本当にどんな悩みごとも解決してくれるって言う『掃除ロッカーの麻子さん』で間違えないんだよな?実は学校に迷い込んだ誰かの妹でしたとかやめろよ?」
そう聞く美香に、麻子さんは服の袖で鼻水を拭くと、腕を組んで自信満々といった表情をして答えた。
「そうだ!ワチこそが佐貝高校七不思議の序……」
「そうか。そうなのか……。ごめんな、なんか想像とちがったからよ……」
聞き間違えじゃなかった。
期待していた反動で、肩をがっくり落とす美香に、いい意味で想像と違ったと勘違いしたのか、麻子さんは誇らしげな顔をしている。
しかし美香は諦めなかった。
いやまてよ?まだすべて希望がついえてないではないんじゃないか?このガキ、見た目はそれっぽくないが、もしかしたらすごい能力があるかもしれねえぞ。
だって『どんな悩みも解決してくれる』のが麻子さんの七不思議だろ?おそらくとてつもない能力を持ってるのでは?人を見かけで判断するのはよくないからな。
美香は麻子さんに最後の期待にかけることにした。
「なんか能力とか持ってたりするか?」
「ない!」
「じゃあ、秘密道具がはいった4次元ポケットは?」
「持ってない!」
「その垂れている鼻水を自在に動かしたりは……」
「できない!」
「…………」
能力なかった。
結論、この幼女は七不思議とは名ばかりで実際はただの汚い鼻水幼女だったようだ。