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1話 とりあえず鼻水拭けば?


 「ねえ美香ちゃん!『掃除ロッカーの麻子さん』って知ってる?」

 「なに彩未『草士草士六花(そうしろっか)六花の朝ごはん』って?そんなにおいしい朝ごはんなのか?」


 ほっぺを膨らませ、『もう!』とぷりぷり怒る親友の彩未。大島美香は『冗談だって』と笑いながら弁明する。


 午後の最後の授業が終わった教室は、友達とワイワイ話している人もいれば、継続して寝ている人もいる。美香は後者だったのだが、彩未が話しかけたことで『ワイワイ組』になった。


 「『掃除ロッカーの麻子さん』はねうちの学校の七不思議のひとつなんだよ。放課後、3―5の教室にある灰色の掃除ロッカーにむかって呼び出しの呪文を唱えるの。すると麻子さんって人が出てくるんだって!」

「呼んだらどうなるんだ?」


 めずらしく興味あるといった顔をする美香に、彩未は『フフフ』と嬉しそうに笑うと、もったいぶらずに教えてくれた。


 「それはね……。どんな悩みごとでも解決してくれるのです!」

 「まじで!それはスゲーな!」


 想像以上の反応を見せてくれた美香をみて彩未は満足する。


 だが、『彩未~掃除だよ~』と同じ廊下掃除のメンバーに呼ばれたため、彩未は急いで廊下へと向かった。


 「ということで放課後に3―5の前に集合ね!美香ちゃん掃除遅れたらダメだよ!」


 手を振りながら教室を後にする彩未に、手を振り返しつつ、『ということってなんだ?』と思ったが、このぶっきらぼうな性格が彩未なので気にしないことにした。


 しかし、悩みがあるってことに関しては美香は少し疑問に思った。


 ―どんな悩みも解決してくれる麻子さんに会いに行くってことは、彩未は悩み事があるってことだよ な?一体どんな悩み事なんだ……―


 「…………」


 しばらく考えたが、あの完璧な彼女にどんな悩みがあるのか想像つかなかった。


 渡辺彩未は美香の知る限り最高の優等生だ。ショートカットの清楚系美人で、学校の定期テストは1位が当たり前、全国模試は毎回10位以内。運動神経も校内1位。


 これに付け加えて性格もいい。誰にでも優しいしっかりもの。だが少し天然なところもある。生徒からの人気が高く、学校に彩未ファンクラブがあるほどだ。それに伴い先生からの信頼も厚い。ちなみに美香が転校したときに最初に話しかけてくれたのも彩未だった。


 結局、美香は考えるのを止めると、『まあいいか、後で本人に聞けば』と自分の掃除場所に向うのであった。



 職員室の掃き掃除を終えると、美香は掃除担当の先生に報告する。


 「先生、掃き掃除終わりました」

 「ありがと大島さん!……うーんまだ5分あるわね。大島さん悪いけど掃除終わるまでいらなそうな紙を集めてといてくれる?」

 「はい、わかりました」


 美香は先生に言われた通りに散らばっている紙を集めていると、机の上に古い新聞があるのを見つけた。


 坂松高校、女子生徒暴行事件と大きく書いてある。それは1人の女子生徒が5人の女子生徒に暴行して、病院送りにした事件である。


 この驚愕のニュースは全国で放送されたが、事件の犯人である女の子は未成年であったため、実名は報道されず、代わりに少女Aとして報道された。


 当時のことを思い出すと、蘇った苦い記憶に、少女Aこと大島美香は顔をしかめる。


 仕方なかったのだ。あの時、クラスメイトの女の子が5人にいじめられていたから誰かが助け

なくてはいけなかった。それなのに横を通りすぎる生徒はみんな知らんぷり……。


 だから美香は行動した。もともと曲がったことが大っ嫌いな性格であったのも関係あるのだろう。

事件のあと、いじめられていた子は一生懸命に美香のことをかばってくれた。大島さんは悪くないって、私を助けてくれただけだって。


 しかし美香の素行の悪さと5人組の中の一人の親が国のお偉いさんだったこともあって、美香がすべて悪いことにされた。


その結果が懲役1年の判決。


 あの時の行動、あの決断が間違っていたとは思わないが、美香の人生を大きく変えたのは間違いない。あの事件のあとは絶望の中にいた。なんども死にたいと思った。そのくらいつらかったのだ……。


 その後、女子少年院を退院した美香は母の知り合いが理事長を務めている私立佐貝高校に通うことになった。


佐貝高校に来てから約半年、ここには美香が少女Aだと知っている人は誰もいない。しかし万が一にもバレないように、それなりに素行もよして、テストは毎回平均点以上は取っている。もちろん校内に友達だってちゃんといる。


ここにいる生徒はいい子ばかりだ。みんなやさしいし、おもいやりがある。順風満帆な高校生活を送れているので不満は一切ない。美香が少女Aだと言うことはちゃんとしていれば絶対にばれない。


……いや、絶対にばれたくない。



 そんなことを考えていると、


 「キーンコーンカーンコーン」


 掃除の終了を告げるチャイムが鳴った。


 美香は見ていた新聞紙をゴミ箱に丸めて捨てると、手に持っている紙の束を先生に渡して、職員室をでる。


 そして廊下に置いておいた鞄を持ち、彩未との待ち合わせ場所に向かった。


 放課後、美香と春は3―5の教室の前にいた。


 2人で顔を見合わせたあと、「……失礼します」と3―5の教室に入り、窓際の最後尾にある灰色のロッカーの前に立つ。


 その色落ちしているロッカーには赤い文字で「悩みがあるもの来るべし!」とか「麻子様に祈れ!ひざまずけ!心臓をささげよ!」とか書いてある。


 この中二病満載な文章を、もし本人が書いているとしたらかなり幻滅するがそうでないことを祈る。

だって学校の七不思議なのだから。さぞ不気味なお方なのだろう……。


 そんなことを考えていると彩未は美香の手を握ってきた。手が震えている。かなり緊張しているのだろう。


 美香は彩未の方を向き、安心させようとほほ笑む。


 そんな美香のやさしさに、恐怖に引きつった顔をなんとかいつもの笑顔に変えた彩未は、呼び出しの呪文を唱えた。


 「……聞いてよ麻子さん!」


 「…………」


 「ギィ……」


 歯切れの悪い音を出しながら、金属の扉が少し開らくと、その隙間から白い霧が漏れ始める。


 「……ゴクリ」


 2人して生唾を飲み込む。


 どんなのがでてくるのだろう?麻子さんだから女であると前提してみると、クールビューティーな吸血鬼か?それとも学校の七不思議って言われるくらいだからゴリゴリの幽霊?まさか超絶美少女の天使だったり?


 興奮するあまり美香は様々な想像を掻き立てる。実は美香、かなりのオカルト好きなのである。隣にいる彩未をチラリとみると、口に両手を当て、目を見開いていた。


『それはそうだ!こんなにもすばらしい演出に興奮しない人間がいるわけがねえよな!』と勝手に勘違いする美香。実際は恐怖のあまり立ったまま気絶しているのだが美香は知る由もない。


そして美香の期待は悪い意味で裏切られた……


 「バタン!」


 突然、さっきまでゆっくり開いていた扉が全開になると、小さな人影が教室の床に足をおろし、腰に手を当てる。


 白い霧が霧散して、美香はそのあらわになった姿を見ると驚愕して目をまん丸にした。


 それは吸血鬼のような鋭い牙をもたず、幽霊のような不思議な不気味さも備えていない。もちろん天使のように光るわっかもなかった。


 代わりにあるのは、腰まで届く白い髪、ボサボサでホコリがまぶしてある。着ているのは黒いシミが大量にできた白いワンピース、袖の部分がテカテカしているのは見なかったことにしておこう……。そして透けるように白くて小さい顔、……まあこれは許そう。極めつけには両鼻から垂れる見事な鼻水。見たところ年齢は8歳くらいだろうか。かわいいという以前に不潔。一言で表すと『汚い幼女』だ。

 

 想像との違いに呆然とする美香に対して、幼女はまだ生え揃っていない歯をむき出し、こげ茶色の大きな目を細めてニッコリと笑うと、手を腰に当てたまましゃべり始めた。


 「初めまして子羊達よ。ワチは佐貝高校七不思議の序列6位。『掃除ロッカーの麻子』である!さて、悩んでいるのはどっちかな?」


 『幼女の笑顔でこんなにも心が和まないのはなぜだ?』と一瞬疑問に思った美香は、一応やさしく微笑んでおく。


 しかし左右に揺れる鼻水を見てると、とうとう我慢できずにポケットからあるものを取り出し、麻子さんに差し出した。



 「……とりあえず鼻水拭けば?」



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