問題だらけのお姫様 シャーリー①
「午後一時半…。この時間がやってきたな」
世界一の大国マグロイ。その城下町商店街はにわかに騒ぎ出していた。商人たちは周辺を警戒している。その中の一人、果物屋歴三十年、この商店街の長ゴッツ
「今日こそは…奴に果物を盗られるわけにはいかん」
「奴って…誰かしら?」
「ん。ああ、この国の姫様さ。王族のくせにやんちゃでたまらん。王宮授業の休み時間の度に商店街に来て悪さしやがる……ハッ!」
店主に話しかけていた少女はリンゴをかじっていた。彼女こそが商店街荒らしの姫。
「シャーリー・マグロイ様。本日も見参」
「てめぇ!」
「はい、リンゴ」
少女はかじったリンゴを店主に向かってパスした。店主は思わずキャッチしてしまう。シャーリーはその隙に逃げ出す。
「さぁ、庶民共!サァサが来るまでに私を捕まえられるかな!?」
ギラリと目を光らせる商人達。客であるマグロイ国民はシャーリーを見て沸き立っている。
『皆!今日こそマグロイ商店街の意地を見せるぞ!』
商店街の人間が四方八方からシャーリーを捕まえにかかる。シャーリーは身軽によけながら、魚、山菜、様々な商品を盗む、時々食べる。戦いを見届ける国民にウインクのサービスも忘れない。
「ハッハー!第一地区の商店街はクリアだ!第二地区へ進出!このまま授業もサボってやる」
商店街の人間が団子のようになった中心にシャーリーはいない。気づけばとっくに遠くに走っている。商人は困った顔でゴッツを見る。
「ゴッツさん逃げられちゃいますよ!」
「いや……。希望はまだある。皆!姫様が左右を走るんだ」
商人達はシャーリーと並走する。シャーリーの両側には十人余りの肉壁が出来上がる。
「何をしてるのやら。それでは私を捕まえられないな。もうすぐ、第二地区への門だ。今日は私の完勝だな」
「いいやこれでいいんだ。《《あの人》》は必ず門の所で待っている」
「…!サァサが待ち伏せてたか!?」
シャーリーの目的地である門から現れたのは一人の女騎士だった。十人を超える商人達でも捕まえられなかった姫を彼女がどうにかできるものなのか。これが出来るのだ。
間の前にサァサを確認したシャーリーは急ブレーキをかけ、身を翻す。視線を180度回転させたにも関わらず、目の前にはサァサが居る。シャーリーが振り返るわずかな時間にサァサに追い越されたのだ。彼女の移動速度はシャーリーをはるかに上回る。
「シャーリー様。本日は商店街の方々にどんなご迷惑を」
「リンゴ一つ、ヤマトビウオ一匹、じゅねん草三束、ゾエシカの肉六百グラム。以上2758リットだ」
答えたのはゴッツだった。サァサは思わずため息をつく。
「皆さま、たびたび申し訳ありませんでした。すぐに使いを出し、弁償いたします」
サァサは深く頭を下げた。それに対してゴッツは少し考えて
「ダメだ」
「使いに持ってこさせるな。そのわんぱく姫様に持ってこさせろ」
「……わかりました。いいですね姫様」
「フンッ!」
「シャーリー様!何度も申しますが、王宮を抜け出すのはおやめください。平常時ならまだしも、今は状況が状況です。王宮内は慌ただしく、シャーリー様への護衛は万全とは言えません」
「黒い塔ね…。最近、話題がそればかりでつまらないわ。皆の暗い顔を明るくするためにわざわざ庶民の商店街まで顔を出しているのよ。これほど国民想いの王族もいないわ」
「国民を想うのは立派ですが、我ら騎士団の事も考えてください。シャーリー様ももうすぐ十二歳。立派な大人の仲間入りなのですから、もっとしっかりしてください」
「ピーターパン・コンプレックスってやつよ」
「……色々間違ってます。お勉強も課題ですね」
サァサは騎士団で仕事をしている動物たちの世話を始めた。シャーリーもこの仕事が大好きでよく手伝っている。今日も授業そっちのけで手伝うようだ
「サァサって強いのに何で私のお世話係とか、剣術指南ばかりしているの?前線に立てばいいのに」
「戦争も終わり、今の騎士団は自然を相手取るようになりました。私個人の力など大して意味を成しません。それより、多くの後進を育成した方が有意義なのです」
「ふーん」
「なにより!シャーリー様の面倒を見られるパワフルな人間が私しかいないと判断されたためのあなたのお世話係になったのです!」
「今日もいい毛並みだなー」
この手の話になると彼女は聞く耳を持たない。
しばらくお世話に集中していた二人だったが、シャーリーの方に限界が来たらしく、サァサに話しかけた。
「今日の事でお父様はなにか言ってるかしら?いや、どうせ何も思ってないわね。まともに話したのもいつだったか分からないもの」
「お父様はシャーリー様の事を大変考えていらっしゃいます。商店街の事も気にしていらっしゃいます」
「……嘘ね。お父様は娘より黒い塔の方が大切なのよ」
「シャーリー様…。塔は世界が滅びるかどうかの問題です。世界最大の武力を有するマグロイ王国としては重要な問題なのです」
「お父様が戦うわけじゃないのにさ…」
シャーリーはすねたようだ。道具を片付け動物小屋を出た。
シャーリーが王宮内をうろうろしていると、小さな子供に出会う。
「おねえたまー」
よちよちと歩いてきたのは愛しの義妹、マイマイちゃんだ。
「おおー、マイマイちゃん何をしてるのかなぁ」
「おかあたまとおさんぽ」
シャーリーはついつい顔をゆがめてしまう。母が亡くなり父は再婚した。すぐにマイマイが産まれ、義妹とは仲良くできたのだが、義母とは正直上手くいってない。私の顔がお母様そっくりだからだろう。醜い女の嫉妬だ。
「ああー…そう。私はとっても大事な訓練を思い出したわ。マイマイちゃん。また夕飯で会いましょう」
「ええー!おねえたまもおさんぽしよ」
「いやー、本当に急がないと怒りの雷が落っこちちゃうからさ。ね?」
不服そうな顔をする義妹。そこに現れたのは嫉妬の女神である義母だった。
「あら、シャーリーさんじゃない。今は絵画教室のお時間ではなくて?」
いつもの厭味ったらしい口調で話しかけてくる。
「それがですねお義母様。今日は腕の調子がずいぶんと悪いものでして、おやすみをいただきました」
「あらあらそうですか。ワタクシはてっきりまた城下町で悪さをしているのではないかと心配しましたわ。母として」
何が母としてだ。母らしいことなど一度もしてもらった覚えはない。娘の素行不良を父に報告するのが母の役目なら間違いないけどね。
「ははは。マグロイ家の長女としてそんな行いはもう致しませんよ」
作り笑いの腕だけは上がった。
「ところでシャーリーさん。今日は記念すべき塔との戦いの日ですよ。マグロイの輝かしい歴史の一ページを見に行かないのですか?」
ああ、そうだった。見る価値があるのかもわからないからすっかり忘れていた。どうせマグロイ騎士団が勝つ。彼らの中には何人も人間離れした人が居ることは生まれた時から知っている。北のドラゴンを倒したマグロイ騎士団に勝てぬ存在などない。
現在黒い塔は王宮の真後ろに停まっている。マグロイ騎士団はずいぶんと前から黒い塔対策をはじめた。黒い塔が足をたたんだ三日前から、野営地を建て、いつ襲われてもいいように準備をしてきた。しかし、塔からのアクションは何もない。そこで今日、マグロイ騎士団は塔への突入を決めた。
シャーリー達王宮の人間は塔が見えるテラスまで足を運んだ。そこには勇ましい騎士団が百人以上集まっていた。騎士団の人間がここまで集まっているのは稀なことだ。
「さぁ、行くぞ!」
『おおー!』
騎士団長が部下に号令をかけ、士気を高める。
「サァサは行かないの?」
「私は王宮に侵入してきた敵の対処する役目ですので」
マグロイ騎士団による黒い塔侵入作戦が始まった。
方法はシンプルなもので、玄関と思わしき亀裂が入った個所に丸太をぶつけこじ開けるといったものだ。
もちろん玄関を開ける方法は模索したが、硬い黒い外壁しかなかった。
『せーっの!』
一回目、玄関と思わしき箇所は開かない。二回、三回と続けるがびくとも言わない。それを見た騎士団は次の作戦の準備を始めていた。
次の作戦は熱。その次は工具。それでもだめなら魔法。時間はかかるだろうが確実に開く。シャーリーはそう思った。
しかし、彼女の思惑は外れる。
突如、黒い塔からけたたましい警告音が鳴る。同時にアナウンスも流れた。
「アレシアさんがお越しです。みなさん、玄関口までお出迎えに行きましょう」
塔の玄関が開く。騎士が開けようとしていた場所は玄関で間違いなかったようだ。
「スクラピが出てくるぞ!細身に黒いローブ、鳥仮面、手に持った杖から糸を出す…やつ……だ?」
騎士団は困惑する。塔から出てきたのは、情報とは程遠い姿をしていた。筋骨隆々な体に燕尾服、鬼の仮面。手は固く拳を握っていた。