第75話
日曜日。今日はアンナとのデートの予定がある。
といっても、とにかく優しく振舞って、嫌われるための作戦だ。
その前に、デートの準備段階として、友梨佳と美月とのデートがある。
二人は多少のおしゃれを――といっても、両者ともに目元くらいしかわからない。
美月に至ってはカラーコンタクトまで入れての変装なので、まず誰か分からないだろう。
「というわけで、まずは私とデート」
そういって友梨佳が俺の腕を掴んでくる。まあ、どっちでもいいか、と思っていたのだが、美月がそこに割りこんできた。
「いえ、私とです。センパイの一番目の手握りタイムは私のものです」
何そのタイム?
「ダメ、私が握る」
「ダメです。こういうときは後輩に譲るものではありませんか、友梨佳センパイ」
「年上を敬うもの、美月後輩」
ばちばち、と二人がにらみ合っていた。
……このままデート時間終わるんじゃないだろうか?
現在時刻は九時だ。12時半から13時半までは三人で昼食となる。
昼食の店までの移動なども考えると、一人あたりの持ち時間は1時間30分程度となる。
早く移動しなくていいのか? それともお家デートってやつか?
「雄一、どっちと先がいい?」
「センパイが決めてください」
あっ、俺に振られるのか。このまま黙っていようかと思っていたが、どうやら相手する必要があるようだ。
「じゃんけんで決めたらいいんじゃないか?」
俺がそういうと、二人は向き合いそれから――構える。
両者ともに、まるで居合でもするかのような構えだ。
……いや、なんでそんな殴り合うかのような気迫を込めているんだよ。
しばらくして、二人は片手を前へと突き出した。
〇
「センパイ、ついてきてもらってもいいですか?」
俺の隣で嬉しそうに微笑んできたのは美月だ。
「どこか行く場所決まっているのか?」
「本屋に行きたいと考えていました」
「本屋か。何か欲しいものあるのか?」
「この前、私インタビューを受けまして、写真も撮ったんですよ。その雑誌の発売日が昨日でしたので、これから見に行こうかと」
「なるほどな……」
でもすげぇな。誰でも見れる場所にそうやって自分の本が出回るんだからな。
美月とともに本屋へと向かって歩き出す。と、俺の左手が柔らかな感触に包まれた。
それは美月の手だ。
「手、つないでも……いいですよね?」
「ああ……構わないが」
「えへへ……ありがとうございます」
ただ握るだけではなかった。美月は指を絡ませてきた。
さすがにこれは緊張する。おまけに今日は仕事ではない。
仕事モードのスイッチも入りにくい。それでも、俺は仕事、仕事と思い込むことにより平常心を保つ。
「……ど、どうですかセンパイ?」
「いや……まあ、そうだな。こんなところを誰かに見られたら刺されるかもと思ってな」
「友梨佳さんにですか?」
「……」
背後を見ると……こえぇよっ! 顔の半分ほどはマスクで隠れているというのに、その他者を呪い殺すかのような視線だけですべてが理解できる。
……今はまだ友梨佳だけだからいいが。
……午後にはアンナとのデートだろ?
その時はおそらく、友梨佳と美月の二人から睨まれることになるんだよな。
マジで呪い殺されるかもしれないな。
今は笑顔の美月と本屋を目指して歩いていく。美月はかなり顔を隠しているというのに、どこか周囲からは羨望のまなざしを向けられる。
……まあ、目もとだけでも美人かどうかって案外わかるからな。むしろ、マスク詐欺という言葉もあるくらいだしな。
そこでふと俺はあることに気づいた。
人気歌手、人気声優、人気モデルとのデート……。
この日程……一般人とかけ離れているのではないか?