第73話
俺は友梨佳と美月を空いている席まで案内してから、一礼をする。
「センパイ、とても似合っていますね」
「ありがとよ、それじゃゆっくりしていってくれ」
周囲に聞こえない程度にそう伝えてから、俺は水の用意へと向かう。
……だが、かなり注目をあつめているのがわかる。
二人はいつもとは少し毛色の違った変装をしている。
眼鏡、マスクをつけ、普段テレビに出ているときのような髪型から見事に変えていた。
友梨佳は三つ編みをサイドテール気味にしているし、美月も前髪や後髪の向きを変えている。
……それでも、やはり目立つ。二人の顔が整っているのは十分に分かったからだ。
特に目立ったのは、有坂さん目当てできた男性客が、友梨佳と美月に熱視線を向けているところだ。
二人はメニュー表を眺めていて、俺は別の空席になったテーブルを拭きに向かう。
しばらくして、二人の席から呼び出されたので、俺はすぐにそちらへと向かった。
「ご注文、お決まりでしょうか?」
「雄一はいくら?」
「当店はそういうお店ではありませんので」
友梨佳は心底残念そうにため息をついていた。
「まったく友梨佳さんは……センパイ、あとで家でですよね?」
「何もしませんが?」
軽くボケた二人だったが、すぐに当店イチオシのパンケーキを注文してくれた。
……まあ、二人も俺の邪魔にならない程度という気づかいはしてくれているようだ。
注文を取り終えたところで、休憩に入っていたセンパイが戻ってきた。
この人、いつも休憩から戻ってくるのが五分くらい遅刻してるんだよな。
センパイは軽くあくびをしながら店内を見回し、それから目を見開いていた。
「おい……陰キャ。あのテーブルの二人組はまだ来たばかりか?」
「ええ、そうですね」
俺は先ほど受けたオーダー用紙を彼に見せる。テーブル番号などを見て、彼は納得したようだ。
「おい、おまえ……あそこの席に料理を運ぶときはオレがやるからな!」
「ほんとですか? お願いします」
「おう、任せとけ」
ニヤニヤ、と彼は嬉しそうに口元を緩めていた。
俺としても、またパンケーキを持っていくことになったら、またちょいと絡まれそうだったからな。ここはセンパイにお願いしよう。
そう思っていたのだが、
「おい! 東!! さっき休憩室みたら、床がびしょびしょだったぞ! なにしたんだおまえ!」
店長がやってきて、先輩を怒鳴りつけていた。東はびくっと肩をあげてから、口笛を吹いていた。
「お、オレじゃないですよ! ほ、他に誰か使ったんじゃないですか? お、おい陰キャ、使ったよな?」
「いえ、使っていませんが」
「てめぇ……っ!」
「東、掃除してこい!」
「……わ、わかりました」
彼はなぜか俺に舌打ちを残して、休憩室がある裏へと向かっていった。
「まったく……ていうか、雄一もちょっとは言い返さないのか?」
屈強な店長が腕を組み、こちらを見てきた。
……見た目は完全にヤクザなんだよな、この店長。
ただ、趣味が裁縫、好きな食べ物がパンケーキと、かなり可愛らしい趣味をお持ちなのだ。
「知っていますか店長。喧嘩っていうのは同レベルでしか起きないんですよ?」
「喧嘩はな。ただ、一方的に因縁つける輩はちげーだろ? ケジメってもんをつけさせないとな」
その顔で言うと、指とか切り落とすようなことになりそうなんで勘弁してください。
ていうか……ちょっとまて。
「あっ、パンケーキできたから運んでー」
しばらくして、友梨佳と美月の席のパンケーキが出来上がった。
……なんだよ、結局俺が運ぶのか。