第71話
「……え、センパイ、バイトなんてしていたんですか?」
「ん? あ、ああ……なんだ。言ってなかったか? 一応一人暮らしを始めるにあたって、アルバイトをしているんだよ」
「でも、入学した時はしていなかったはず」
「……一年の時は面接で落とされただけだ」
だいたいどこもダメだった。俺の陰気くささがにじみ出ていたのが原因だろう。
美月が苦笑している。
「……それは、うん、どんまいですね」
さすがにすべて親に頼るというのもアレだからな。といっても、今の家賃とかは俺が中学までに仕事を手伝った分だから気にするなと親父は言ってくれているが。
「それじゃあ、今はどこでしているの?」
食い入るように友梨佳がこちらを見てくる。なんでこいつこんな興奮しているんだ。
助けてと美月を見ると、こちらも同じく鼻息が荒かった。
「……カフェだ。『ダリーズ』っていうカフェでな。週、一日から二日程度入っているんだ。……といっても、どちらかというと人が足りないときの穴埋めって感じだな」
親父の知り合いが経営しているそうで、人がいないときに助けてほしいということで俺が入っているというわけだ。
あとは、可愛い系の女性店員がわりと多いのもあり、簡単なボディーガード的な意味もある。
といっても、始めたのは二年生からで、おまけに今のところ特に問題などは起きていなかった。
問題があるとすれば、大学生の先輩がねちっこく俺に絡んでくることくらいだった。
「カフェ……」
「……カフェですか。制服とかもちゃんと着るんですよね?」
「ああ、まあな。指定されたのがあるよ」
カフェの制服は女性店員のは可愛らしいもので、男性店員のは落ち着いたクールなものだった。
わりと人気らしく、近くに大学があることからもわりとアルバイトの申し込みは多いらしい。
俺がそこでアルバイトできているのは、完全に店長のコネのおかげだな。使い勝手の良さもあるのかもしれない。休日に急にシフトの穴埋めを頼まれても、だいたい引き受けるからな。
「……なるほど」
「……分かりました。まあ、それは今は置いておきましょう。土曜日が無理なら日曜日はどうですか?」
「……そうだな。日曜日は一日問題ないな」
「分かりました、確認してみます」
美月がスマホを操作する。おそらく、アンナにラインを送っているんだろう。
「それにしてもアルバイトしているなんて。お金に困っているのなら、言ってくれればいいのに。いくらでもあげるのに、それで後でいくらあげたか教えて、婚約届をちらつかせるのに……」
「脅しじゃねぇか。どっちにしろ、もらえるわけないだろうが。仕事ならまだしも」
「なら、私を毎日抱きしめる仕事として雇うのはどう?」
「それ普通俺がお金払う立場だからな?」
「そんなことはない。毎日家にいてくれれば、それだけで私は頑張れる」
「……へいへい」
美月がこちらを見てきた。
「とりあえず、日曜日、14時くらいからなら大丈夫みたいですよ?」
「別に無理に時間作らなくてもいいんだぞ?」
「そうも一応伝えたら、ちょっと疲れているくらいが気持ちいいから、って返ってきました」
「あっ、そうですか……」
「それなら、午前中は私とデートして、練習しよう」
「え、練習?」
「うん、滅茶苦茶優しく王子様のようにもてなす訓練」
……まあ、やっておいたほうがよさそうなきもするな。
「あの、何ちゃっかり友梨佳さんがその役をやろうとしているんですか? 別に私でもいいですよね?」
「ダメ」
「なぜですか?」
「私が一緒にいたいから」
「私もいたいです……っ! こうなったら、じゃんけんで決めませんか?」
「望むところ」
……別にどちらかに拘る必要もないと思うんだがな。
「別に……14時まで時間あるんだし、2人ずつで時間わけてやればいいんじゃないか? そんで、昼を一緒に食べてアンナと合流するみたいな流れでさ」
「……」
「……」
友梨佳と美月はしばらく考えるように顔を見合わせたあと、こくりと頷いた。