第70話
俺は小さく息を吐く。……別にアンナのことは嫌いじゃないが……やっぱり、有名人だからなぁ。
連絡するくらいなら構わないが、今後悪化したら、な――。
悪化した末路である二人を見る。……友梨佳も美月も、我が家のごとくくつろいでいる。
このボロアパートをたまり場にされても困るというわけだ。
「雄一は、アンナと仲良くしたいということはない?」
「まあ……悪い子じゃないとは思うが、積極的に仲を深めたいわけじゃないな」
「……それなら――ここで関係を断つための一手を放つ」
友梨佳がぴっと指を立てた。友梨佳が自慢げに言うときはそこはかとなく不安だ。
でも、訊ねないわけにはいかなかった。
「何か、いい作戦でもあるのか?」
「デートをする」
「……ん? 仲を深めないための作戦じゃなかったのか?」
デートしたら……今のアンナにはむしろ嬉しい状況なのではないか? だって、俺のこと……まあ、その一目惚れしたとかなんとか言っていたしな。
「うん、普通にデートしたら。でも、アンナはあくまで、雄一に一目惚れしただけだから」
「つまり……どういうことだ?」
と、その時、美月がきらんと目を輝かせた。
「……つまり、センパイの本性を知ってもらって嫌われればいいということですね?」
「イエス」
友梨佳がこくりと頷く。
「……なるほど。まだアンナはあの状況下で俺に惚れただけだから……俺を知ってもらえば嫌われるってわけだな?」
「ただし、雄一は普段通り振舞ってはダメ」
「なんだと?」
「そうですね。センパイは結構優しいですから、ますます惚れられるかもしれません」
「うん、私なら間違いなく惚れる」
「私もですね」
……おまえらそこで変な張り合いを見せないでくれ。
俺は一つ咳ばらいをする。
「それじゃあどうするんだ? ……冷たく接しても逆効果じゃないか?」
「……そういえば、そうだった。アンナは普通じゃない」
「……そうでしたね。ってことは、逆にアンナさんに滅茶苦茶優しくするのはどうでしょうか?」
「……逆転の発想」
「はい。アンナさんはたぶん、センパイに罵られるためにデートに来るはずです」
「さすがのアンナでもそれが目的じゃないだろ、とは断言できなかった」
こいつら友達だろ? いやむしろ友達だからこそこういう正当な評価ができているのかもしれない。
「ですから、逆にもうかなりの紳士っぷりで接して、もてなしてしまうんです。そうすれば、恐らくアンナさんは欲求不満状態になるはずです」
「……そして、俺への興味を薄れさせる、と」
「そういうことですね」
……なるほど。確かに理にかなった作戦だ。
「でも、一度はデートしなきゃいけないんだろ? 大丈夫か?」
「大丈夫じゃないですかね? とりあえず、一度予定聞いてみましょうか。センパイ、土日はどちらも暇ですか?」
「土曜日用事があるな」
そういった瞬間、友梨佳と美月が驚愕とばかりに目を見開いた。美月にいたってはスマホを手から落としていた。
「どこの女!?」
「女じゃねぇよ!」
「じゃ、じゃあなんなんですか……っ? だ、だってセンパイが土日に外に出るなんて!」
「そんな驚くんじゃねぇよ! 失礼だなおまえら! ……普通にアルバイトがあるんだよ」
「ば、バイト?」
友梨佳が首を傾げ、美月もまた同じように傾げていた。
「……どこでボディーガードですか?」
「そんな物騒な仕事じゃねぇよ! ただ普通にカフェで仕事するだけだ」
俺がそういうと、二人はまた驚愕と言った様子で目を見開いた。