第68話
「美月、ふざけないで」
「それはこちらのセリフですよ、友梨佳さん」
「俺のセリフだ!」
二人をきっと睨みつけるが、彼女らはぺろっと可愛らしく舌を出した。
アンナが滅茶苦茶困惑したようなラインを大量に送ってくるのは、恐らく友梨佳と美月が原因だな。
「……でも、アンナがまさか男に興味を持つとは思いませんでしたね」
「……なんだ、女好きで有名なのか?」
「いえ、だってアンナって頭の中お花畑といいますか、この前のラジオでも言っていましたけど白馬の王子様みたいな人がいいんですよ?」
「それは好きな異性のタイプだろ?」
「いや、これ絶対惚れてますよ。せ、センパイに惚れている私が言うんです、間違いありません……」
「俺は乗馬経験はないんだが……」
「でも、さっそうとピンチを助けたところに惚れている可能性は高い」
……そういうものかね?
「といっても、たかが誘拐犯をぶっ潰しただけだぞ?」
「たかがって……その認識はおかしい」
「いやいや、あいつら準備体操にもならないほどの雑魚だったぞ?」
「それはセンパイが強すぎるだけです。一般人はそんな危機に遭遇して、まず助けに動きませんから。やっても、110番くらいです」
……それはまた薄情な世の中だな。困っている人がいるのなら助けないといかんだろ。
「まあ、それじゃあどうすればアンナのこのラインが収まると思う?」
その相談を待っていたとばかりにきらん、と友梨佳の目が光る。……こういうときの友梨佳はまったくもって信用ならない。どうせ、ろくでもないことを言うに違いない。
「アンナが雄一に惚れている前提で言うのなら、彼女がいるというしかない」
「……学校で彼女を作れ、ってことか。といっても俺の評価悪いしな」
「ここに適任がいる」
「どこにだ?」
「私ですよ」
「美月じゃない」
友梨佳と美月がむっと睨み合う。
……まあ、でも確かに二人のうちのどちらかと付き合っていると言えば、もしかしたら多少ラインは減るかもしれないがな。
……嘘でもそれは言いたくねぇな。
と、アンナから電話がかかってきた。マジかよ……。
俺は小さく息を吐いてから、携帯を耳に当てた。
「もしもし?」
『長江さんって……ふ、二人と結婚してるの?』
「私とはしてる!」
「私とですね。美月です、美月とはしていますよ。もうそれはラブラブですから」
「違う友梨佳! 友梨佳と!」
二人が声をあげ、俺はため息をつく。右側からは二人の声が聞こえ、スマホからは――
『えええ!? や、やっぱり二人と結婚しているの!? いつから日本は重婚が可能になったの!?』
「……してねぇよ。それについては誤解だ」
『ご、誤解……?』
「ああ。こいつらが俺と付き合っていることにしたくて嘘ついただけだ。俺は有名人と付き合うつもりはねぇからな」
『……ゆ、有名人と付き合うつもり、ないの?』
「ああ」
これだけ伝えておけばあきらめるだろう。
『あ、アタシも……それはだめ、なの?』
「……は?」
『ひ、一目惚れしちゃったの。もう、あなたのことを考えると落ち着かないの! 私もあの誘拐犯たちみたいに痛めつけられたくてたまらないの!』
電話をぶちっと切った。俺は頬をひきつらせながら、友梨佳と美月を見る。
「……おい、アンナって結構ヤバい奴か?」
「うん。この三人では私だけが普通」
「何言ってんですか。私だけですよ」
「……三人全員やべーやつなのか。まともなのは俺だけ、か」
俺が呟くようにそういうと、彼女らはぶんぶんと首を振った。
「雄一も十分おかしい」
「そこは、友梨佳さんに同意です。誘拐犯をRPG序盤に出てくる魔物扱いするセンパイがそれいうのはなしですね」
再びスマホが震えたので、もう一度電話に出る。
『い、いきなり切らないで!』
「それは、悪かった……」
『興奮しちゃうから!』
反射的に電話を切ってしまった。
……おい、どうすりゃいいんだよ。
もう一度アンナから電話があったので、ひとまず俺たちが一緒にいる状況について説明をした。