第66話
警察に事情を説明し、俺はようやく解放された。
無駄に疲れてしまったな。
もう、ランニングに行く気力も失せたので、俺はまっすぐに家へと帰った。
シャワーを浴び、すべて終わったときだった。
ピンポーン、とチャイムが鳴った。
また、友梨佳か美月か? と思って外に出ると、
「こんばんは、お昼ぶりですね」
にこり、微笑んだ小園アンナと、その隣ではスーツ姿の女性がいた。俺はぱたん、と扉を閉めた。
足が挟みこまれた。
「ちょ、ちょーっと! アタシですアタシ! 小園アンナですぅぅ!」
「知りません」
「お昼、誘拐されかけた人です! 助けてくれたじゃないですかぁ!」
扉を何度もたたき、泣き出してしまう。……近所迷惑極まりなかったので、俺は小さく息を吐いてから扉を開けた。
「……それで? 何しにきたんだ?」
「お礼を言いにきたんです」
「……まあ、散々もう言われた気がすると思うんだが」
「いけませんっ! まだ、命を救ってもらったお礼まではしていません! このまま、このまま返してしまっては、小園アンナの名に恥を塗ることになります!」
「いや塗っといていいから! 俺はもう十分お礼はもらったから、もういいから。それじゃあな」
「ああっ、お待ちになってください!」
扉を閉めようとしたら、がんと足が割り込まれた。
……なんだこれは、芸能人の標準装備なのか?
「それで、どうしてここがわかったんだ?」
「警察に住所を聞かれた際に答えていたじゃないですか」
「……なるほどな」
アパート名と部屋番号を覚えていた、そんなところだろう。
すっと、アンナの隣にいたスーツ姿の女性が頭を下げた。
「私は小園アンナのマネージャーを務めているものです。今回はアンナを助けていただき、ありがとうございました。こちら、お礼の品として、どうぞ受け取ってください」
どこかの店で買ってきたのだろう品が入った袋が渡された。
それを受け取った俺は、小さく頷いてから扉を閉めようとすると、再びアンナが足をはさんできた。
「ま、待って! 連絡先とか教えてもらってもいいですか!?」
「……なんで?」
「まだ、今回だけでお礼は終わらないからですよ! まだまだ、お礼の品に関しては考えているんですから!」
「……えーと、じゃあ……住所に送りつけてくれればいいんで。はい、それじゃあ……」
連絡先を教えてください、というのを俺は実は何度か経験して、苦い思いをしている。
それは友梨佳と美月だ。奴らに連絡先を教えた結果、今のように絡まれるようになってしまったのだ。
だから、有名人に連絡先は教えない。そうすれば、奴らは忙しいのだから、知らないうちに忘れてくれるのだ。
「だ、ダメだよぉ! なんで、教えてくれないのぉ! 教えてよぉ!」
また泣き出しそうになるアンナに俺は頬が引きつる。
「……マネージャーさん、いいんですか? 気軽に連絡先とか教えちゃって」
「普通であれば止めますが、あなたはたいそう真面目な方だと見受けられましたので」
「いやいや、初対面でしょ?」
「確かに、あなたと私は初対面ですが……友梨佳さんと美月さんのマネージャーと私は知り合いですので。あなたの名前を聞いた時、ピンときたんです」
「……マネージャーさん、あなたもしかしてあの二人のマネージャーの知り合いなんですか?」
「はい、コスプレ仲間です」
「……」
この三人のマネージャー、全員そこでのつながりかよ……。
……なるほどな。
と、未だ状況が分かっていないようで、アンナが首を傾げていた。
「え? 友梨佳と美月とも知り合いなの?」
ここまで言ったら仕方ない。正直に答えるしかないだろう。
「知り合い……ではある」
「れ、連絡先は知っているの?」
「知らん」
「知っているはずですよ?」
マネージャーがそういって、アンナがむくーっと頬を膨らまし、スマホをこちらに向けてきた。
「ずるいよ! 私にも教えてよぉ!」
「……はぁ、わかったよ」
俺は仕方なく、彼女にスマホを渡して、連絡先を交換した。
嬉しそうに、彼女は微笑んでいた。
アンナはスマホの画面を見て目を輝かせた後、すっと立ち上がった。
「それじゃあ、またあとで連絡するね!」
「ああ、忘れてもいいからな?」
「忘れないよ! じゃあね!」
「……ああ、さようなら」
「またね!」
「さようなら……」
「ま、た、ね!」
「……またな」
……アンナが満足げにうなずいて、手を振って去っていった。
良かった、どこかの二人みたいに泊まりたいと言い出さなくて。
とりあえず、アンナであれば……友梨佳と美月に対処してもらえばどうにかなるのではないだろうか。
相談しておこうか。