第64話
土曜日は散々だったが、それも昨日で終わりだ。
日曜日。二人とも朝から忙しそうに家を出ていったので、すっかり部屋は静かになった。
……久しぶりに、誰にも邪魔されない休日だ。
軽く伸びをする。
外の天気も良いし、運動日和だなっ。
体を鍛えるため、ジャージに身を包んで外にでた。
ここ最近は友梨佳か美月に絡まれていたため、あまりトレーニングはできていなかった。
まずは十キロ走って、それから筋力トレーニングでもしてくるか!
近くのランニングコースを走っていく。途中、噴水のあるランニングコースを通っていると……なんだ? 人が滅茶苦茶いるな。
確かにいつも、それなりにランニングしている人、散歩している人などがいるのだが、それとはまた別の人の集団ができていた。
「それじゃあ、これから休憩になります!」
野次馬が少し気になって俺がそちらに向かうと、なんだかちょうど休憩となったようだ。それで多少、人も散らばった。
……カメラやスタッフと思われる人がいる。その中央には、一人の女性がいた。
誰か、有名人の撮影が行われているようだ。その女性は笑顔とともに、上を羽織ったあと、近くの出店にてアイスクリームを買いに向かった。
……あの人、どこかで見たな。
どこだったか? 直接見たわけではないな。たぶん、画像か何かでだ。
金色の髪に、青色の瞳――あっ、と思ったときだった。
その時だった。
幸せそうな顔でアイスクリームを持っていた女性の方へ、スーツにサングラスをかけた大男が近づいていく。
ちらと男がやってきた方を見ると、黒塗りの大きな車もあった。
……怪しい野郎だな。
大男は、女性へと近づいていく。途中、気づいたスタッフが止めに入った瞬間だった――思いきり顔面が殴り飛ばされた。
「え!? な、なに!?」
「な、なんかの撮影じゃないのか!?」
さっきまでの穏やかな空気が一変し、悲鳴があちこちであがる。
スタッフは意識がないようで、起き上がらない。他の人たちがばたばたと慌てだす中、大男はまっすぐに女性へと向かう。
「てめぇ、こっちに来やがれ!」
大男が女性の腕をグイっと引っ張り、その体を持ち上げる。
「え? ええ!?」
「いいからこいってんだ!」
「兄貴早く、車までつれてきてくだせぇ!」
遠くで声が聞こえ、女性は担ぎ上げられる。その拍子に、持っていたアイスクリームが手からこぼれおちる。
「アタシのアイスクリームぅぅ!」
いやそうじゃねぇだろ! 俺は思わず聞こえた声に心中で叫んでしまう。
「だ、誰かぁ! た、助けてくださいぃぃ! アタシ、絶賛誘拐されちゃっています!」
犯人も馬鹿だが、この女性も危機感なさすぎだろ!?
聞き覚えのある声で、やはり確定した。
あの誘拐が本物なら……と身代金とかが目的なんだろうか?
あまりにも抜けていたため、俺はてっきりドラマやコマーシャルとかの撮影でもしているんじゃないかと思ってしまい、すぐにそちらへは向かわない。
慌てた様子のスタッフが近くにいたので、声をかける。
「あれ……撮影とかじゃないのか?」
「ち、違いますよぉ! は、早く警察に電話しないと……っ! い、119!」
「……110番ね」
まあ、消防に連絡しても警察に回してくれると思うが。
とにかく、ガチの誘拐なら助けたほうがいいだろう。
犯人たちをじっと見る。あと二十メートルほどで車に到達しそうだ。
大男が女性を担いでいき、女性は必死に暴れようとしていたが、まるで意味がなかった。
俺はすぐに地面を蹴り、一瞬で大男のほうへと向かい、その背中を蹴り飛ばした。
「ぐぬ!?」
衝撃に吹き飛んだ大男が、女性を落とした。俺は彼女を抱きかかえるようにして受け止めた。