第52話
しばらくして、美月もようやく普通に動けるようになった。
「……はぁ、それにしてもこんな体験するとは思いませんでしたよ」
「でも……声優とかやっているとやっぱり多いんじゃないか?」
いや、滅茶苦茶偏見だが……友梨佳にしてもそうだが、有名になると変なファンがつくというのは聞いたことがあったからだ。
実際、親父の元に来る依頼もそういったストーカー被害の調査は多いらしいしな。
……第一、ストーカーというのは有名人じゃなくてもあるものだしな。有名人ともなればもっと大変だろう。
「……まあ、決して少なくないことはありませんよ? ファンレターとかでちょっと怖いな、って思うのは時々あります。……でも、あそこまで行動的な人は今までいませんでした」
「それだけ熱心なファンだったんだ、良かったな」
「本気で言っています?」
「冗談に決まってるだろ」
俺はオレンジジュースを飲みながら、美月の方を見る。彼女の表情もだんだんと柔らかなものになっていく。
「でも、やっぱりすごいですよね? ナイフにもまったくビビらなかったですし、鮮やかに倒してくれましたし……本当にかっこよかったです」
心からという感じで言った美月に、俺は短いため息を返した。
「別に凄くはないな」
「凄いですよ」
「凄くないんだ。いいか? 俺にとっては当たり前なだけだ。そういう点でいえば、俺からしたらおまえだって凄いってことになるんだよ」
「え、私ですか?」
「ああ。俺からしたら、声優のおまえは凄い。だって、俺にはおまえみたいに色々なキャラクターを演じられるような才能はないからな。だけど、おまえにとってはもうそれは当たり前だろ? 俺と美月は、あくまでジャンルが違うだけでどっちも一つの道を究めている。だから、お互いに凄さってのは変わらないはずだ」
「……な、なるほど。ちょっと納得できました」
「それに、あのストーカーをおびき寄せたのは、まぎれもなくお前の演技のおかげだからな。あそこで、ストーカーが何もしてこなかったら、ただただ俺たちがイチャついて終わるだけになっちまうからな」
「……」
美月はじっと俺を見てくる。おい、人の冗談を完全無視はやめてくれない? 悲しくなるから。
席に座っていた美月はすっと立ち上がると、俺の隣に並んだ。それからぎゅっと抱き着いてきて、耳元で囁いてきた。
「演技、じゃないですよ?」
「……あぁ?」
「だから、演技じゃないです。全部本当の気持ちです。あのまま、センパイに何されても私いいと思っていたから、あんな風に話せたんです」
「……」
「……さっきは、途中で終わっちゃいましたけど、演技の続き……しますか?」
美月は頬を赤らめながら、こちらへと顔を寄せてきた。
俺は一度深呼吸をしてから、彼女の体をとんと離すように押した。
「それなら十八禁作品にデビューしたらいいんじゃないか?」
「むー、センパイのバーカ」
べーと、美月は舌を出し、それからくすりと笑った。
彼女の笑みに俺も同じように口元が緩んだ。
〇
それから数日後。
そういえば、ソシャゲーの新キャラの収録が終わりました! とかメッセージが届いていたな。
試しにソシャゲーを開くと、今日の夕方に新衣装が実装されるらしい。
仕方ない、ガチャを回して当ててやるとしようか。
目的の時間になって、ソシャゲーを開いてみる。
データダウンロードの後、新衣装としての紹介が入った。
……新衣装なので、ガチャで当てる必要があるようだ。俺がやっているのはファンタジー系のゲームなのだが、衣装が違うだけで新キャラ扱いなんだよな。
……うまい商売だな。
とりあえずガチャを回すための石が結構溜まっていたので、引きまくってみた。
……でねぇぞ! 仕方なく、一万円を課金してから、もう三十連回した。
そこで、やっと新キャラの彼女を当てることができた。……くそ、一万もかかったぞ。本人呼んだほうが安く済みそうだ。
それから、彼女のボイスを聞いてやることにした。あとでからかうためにだ。
「……滅茶苦茶迫真な悲鳴だな」
ストーカーに襲われたことさえ、彼女は経験として糧にしてしまったようだ。
さすが、売れっ子声優ってのは違うな。
そう思っていると、スマホが鳴り響いた。画面を見ると、美月からの電話だった。
「もしもし?」
『センパイ、私のキャラクターの新衣装が実装されましたが……見ていただけましたか?』
「らしいな」
『もう、すぐに見てくださいって言ったじゃないですか』
「見たよ、そして一万持ってかれたぞ、どうしてくれるんだ?」
『えっ、じゃあお詫びにまた今度遊びに行きませんか』
「お詫びになってねぇぞ?」
『び、美少女とのデートはお詫びになると聞きました』
「ああ……そうか。用件はそれだけか? 電話切ってもいいか?」
『ま、待ってくださいっ。私今暇だから、話し相手になってくれませんか?』
「他を当たってくれ」
『お願いします、センパイ。センパイの声、聞いていたいんです。この前なんですけど――』
ふざけた調子の美月が無理やりに話題を振ってきた。
俺はため息をつきながら、その相手をしていった。