クー
冬の童話祭2020 最終日に間に合いました。
クー
少年、少女の皆さん。冬のおくりものと聞いて何を連想しますか? クリスマスのプレゼントかな? それともお正月のお年玉かな?
太郎くんは大みそかの日に、1日早いけどお父さん、お母さんからお年玉に子犬を買ってもらいました。お父さんお母さんは太郎くんが冬休みに入って毎日ペットショップに通ってその子犬を眺めていたのを知っていたのでした。ちょっと高い買い物でしたが、一人っ子の太郎くんにいい遊び相手も出来て子犬の成長を通じて何か得るものもあるだろうと太郎くんに買い与えたのでした。
ケージにペットフード、ペットシートに首輪とリード。全部買い揃えました。小さな段ボールの箱に入れられた子犬は初めて店の外に出たことで不安そうにクー、クーないています。
居間の隅にお父さんが組み立ててくれたケージに水をいれた皿と一緒に子犬を入れてやると、初めての場所で見慣れない人たちに不安なのか子犬の後ろ脚がプルプル震えていました。真っ黒い子犬がケージの中からつぶらな瞳で太郎くんを見つめるのです。太郎くんがそっと子犬を抱き上げ首筋をなでてやると目を細めて気持ちよさそうにしています。寝床用に用意した小さな丸いクッションの上に寝かせてやるとやはり疲れていたのかすぐに眠ってしまいました。そこで太郎くんは子犬の上にふかふかのタオルをかけてやりました。
太郎くんは「クー、クー鳴いてるからお前の名前はクーだ。クー」
子犬にクーと名前を付けてあげました。
クーの一番好きな遊びは、太郎くんの投げたボールを走って追いかけてそれを咥えて太郎くんのところまで持って帰ってくることです。最初のうちはクーの口の大きさに比べてボールが大きくてなかなかうまく咥えることが出来ませんでしたが、クーが少しずつ大きくなり鼻先も伸びてくるとうまく咥えることが出来るようになりました。
二番目にクーの好きなことは散歩です。クーは散歩を覚えてから家のペットシートではなかなかおしっこやウンチをしなくなり、散歩に連れて行ってもらえるまで我慢するようになってしまいました。散歩をサボるとクーが可哀そうで毎日、朝と夕方必ずクーを散歩に連れて行ってやるのが太郎くんの日課になりました。大雨の日以外は必ずクーと短くても散歩しました。
雨の降っていない日の太郎くんは学校に行く前にクーを散歩に30分ほど連れて行きそれから朝ご飯を食べて登校します。夏のあいだは問題ありませんが、冬のあいだは寒くてまだ暗いうちから散歩に行かなくてはいけません。それでも太郎くんの握るリードをうれしそうに尻尾を振りながら引っ張るクーを見ていると全然つらくありませんでした。
太郎くんは中学、高校と卒業し、やがて地元の大学を卒業し市役所に勤めるようになりました。今では周りから太郎さんと呼ばれています。
そのころには、もうクーの真っ黒だった毛並みはしらがで大分白くなって、ところどころ薄くもなってきていました。あんなに散歩が大好きだったクーですが、自分で歩くことが難しくなってきて、家の中で丸くなって寝ていることが多くなりました。それでも外に出たいのかたまに起き上がって窓の外を眺めてクー、クーないています。
太郎さんは歩いての散歩は無理そうなので犬用の乳母車を買って、それにクーを入れて近所を周るようになりました。乳母車の中のクーは横になっても尻尾をゆっくり振っています。ときおり乳母車から降ろしてやるとそこで頑張っておしっこやウンチをするのです。
太郎さんが仕事から帰って玄関を開けるとクーが尻尾を振りながらよたよたと歩いて来て出迎えてくれるので、そのままクーを乳母車に乗せて散歩に行きます。そのころから太郎さんはクーのケージの脇に布団を敷いて寝るようになりました。そして、1年、2年と過ぎ、クーが15歳で迎えた大みそかの朝、クーは太郎さんの寝ていた布団の脇のケージの中で目を閉じたまま冷たくなっていました。
――クー、今までありがとう。