MAP No.21 独白──新進気鋭の女剣士
あたしがこの『欠けたる月の鉄鎖宮』に来たのは、もうかれこれ三年以上前のこと……。
うわッ! なに、そんなに経ってるの?
……まあいいや。
ちょうど百日戦争も終戦直前だったかな。
当然、知ってるよね? モルガンヌがディヴェドに電撃戦をしかけた百日戦争のこと。なんてったってモルガンヌの兵隊さんなんだから。
そのころ、あたしは貿易商人の隊商の一員だったんだ。父さんも母さんもその隊商に所属する商人でね。
だから、必然的にそこで働いていた。
あちこちについていったなあ。モルガンヌ国内なら、主だった都市は行ったことがある。
国外は、ディヴェド北部が少しあるくらいか。
……なんでそんな怖い顔するんだ?
本当にディヴェドが嫌いなんだな、あんたは。
さて、そのとき、あたしは所属する隊商からはぐれてセルテスス峡谷にいた。
なんでかって?
隊商が野盗に襲われて、あたしは警護役の仲間と一緒に囮になってみんなを逃がしたのさ。
百日戦争のせいで南部国境は荒れてたから、どさくさまぎれの盗賊が横行しててね。国境沿いは剣呑な土地ばかりだった。
あ~んたみたいな近衛親衛隊のエリートは国境の僻地なんて興味ないんだろうけどさッ。
あら、ご機嫌斜めね。
あんたにも心が傷つくなんてぇ高尚な精神活動ができたんだ~。
……冗談よ。泣かないでよ。気持ち悪い。
話を戻すけど、あたしは仲間とはぐれちゃって、一人だけどんどん追い込まれて峡谷の奥へ逃げていった。
で、結局、多勢に無勢で仕方なくセルテス・ルーの地下遺跡に潜り込むしかなかった。
父さんの話では、セルテス・ルーは、モルガンヌがまだこれほど強くなかった昔に、マヴィオリ帝国の迫害を受けて逃げた人たちが作った地下都市って聞いてたんだけど。まさか迷宮の一部とは思いもよらなかったよ。
どこで『欠けたる月の鉄鎖宮』につながったのかは、今でもわからない。
最初はすぐに外に出られるつもりだったんだけど、五日過ぎても迷子のまま。
食糧は尽きるし、右も左も変な光る玉が浮いてるし、黒小人やミーン・シーに出くわすしで、本気で死ぬ覚悟をしたわ。
え?
どんなことを考えたかって?
う~ん……そのときは初恋の人を思い浮かべて、告白できなかった娘時代の失敗を悔やんでた。
言っときますけど、あたしはまだ若いからね!
あんたと同じぐらいよ。
いや、一つ二つ若いはず!
ちッ……なに言わせんの!
それで、話を戻すけど、水も尽きて行き倒れていたところを定期巡回している自警団ギルドの連中に拾われて命拾いしたわけ。
その後、モルガンヌ・ギルドを紹介されて、外回り組でやっていくことになった。
どのギルドでも探索を主任務とする外回り組では生存率向上のために大抵五人から十人ごとにチームを組むのが主流でね。
あたしもギルド内のいくつかのチームから誘われたけど、あまり気乗りがしなくて、初心者は足手まといになるからとしばらく断っていたんだ。
あのときは本当にびっくりしたよ! なんてったって誰も脱出できないって諦めてたから。
だけど、それが無理もないものと実感できたのが、三ヶ月と経たないうちだった。
化け物が徘徊するわ、迷宮の通路は形を変えるわ、出口はないわと、お先真っ暗だった。
相当打ちのめされたね。
……なんだよ、その疑り深い目は。あたしが落ち込んだら、そんなにおかしいか?
いや、だからって、あんたに抱いて慰めてほしくなんかないし……。
いいから、寄るな!
ええっと──それで、毎日くさくさしていたんだけど、とあるチームが声をかけてくれた。
チーム名は『クォルトン』。リーダーだった男の名前だ。
男五人とあたしを入れた女三人の合計八名のチームだった。
平均年齢は今のあたしたちより少し上でね、年下のあたしはいろいろと教えてもらって、そのお陰で今もこうしていられるわけだ。
そのチームの何がよかったのかって?
そりゃあ、みんな迷宮から脱出してやるって気概のある奴ばかりで勢いがあったからね。落ち込んでいたあたしには藁にもすがるような気持ちがあったのかもしれない。
だからって、いい加減な気持ちで加わったわけじゃないよ。
チームの一員として、きっちり役割を果たすつもりで入ったんだ。チーム・クォルトンにはその価値があった。
だけど、三か月くらいは優先的にクォルトンたちに付き合うぐらいで、基本的にはフリーとしていろんなチームの数合わせに参加したんだ。
その甲斐あって、チーム・クォルトンがベストであるという思いが強くなって、常に行動を共にするようになった。
それからの三年間は迷宮に囚われたにしては充実していたね。鉄鎖宮にある全ギルドでもトップテンに入る評価を受けていた。
あたしはここで本物の実力と生き抜く知恵を身につけたんだ。
今度はなに? チームメイトを教えてほしい? 女だけ?
あんたバカでしょ。
嬉しそうに頷くな!
わかったよ。簡単に教えてやる。
一人はすっごい美人で、名前はセトレ。セトレ姉って呼んでた。
普段は抜けたところがあるんだけど、弓矢と短剣が得物で遠距離からの援護でいつも敵の数を減らしてくれたんだ。
だけど、彼女の一番のお得意は料理なんだ。あれ以上の料理は味わったことがない。また食べたいよ・・・。
二人目はランティスース。西国の出身でしなやかな獣のような身のこなしで赤銅色の肌から『赤いヒョウ』なんてアダ名までもってた。
モルガンヌ・ギルドの所属じゃないんだけど、クォルトンがどうしてもって交渉して迷宮探索ギルドから出張ってもらったんだって。
あたしの細剣は彼女仕込みでね。ただし、あたしの倍は手数が多かった。
あんたなんか三秒ともたないわね。きっと。
で、三人目はリーダーのクォルトン。
集団戦闘の天才でかなりのイケメン。
もちろん、男性だ。
……ふぅ。
本当に男はどうでもいいと思ってるんだな。あからさまに興味なさそうな顔しやがって。
わかった、わかった。でも、もう教えてやんない。
あたしたちはだいだい一回の探索で一ヶ月ぐらいは潜って、二週間以上あけてから次の探索に挑む感じのペースだった。
今の地図にもあたしたちが調べ上げたところも結構あるんだ。
ナハハハハ、驚いたか。もっと先輩を敬いなさい。
この迷宮は各階層が一定の広さではないし、それぞれが複雑だからちょっと潜って簡単に制覇、というわけにはいかないの。
だから、下の階層にはカルスツールのような砦が中継地点として幾つもある。
そして、フロア探索も全容を解明するまでに時間がかかり、時折構造が変化してやり直しとなる。
そう言えば、一年ぐらい前からこの迷宮の構造変化が小刻みに頻発していたのよね。
そうしたら、半年前に『大異変』が起きて、迷宮のいろんな場所が大きく変わってしまったわ。
よくよく考えると、何があったのかしら……。
ごめん、ごめん。話を戻すわ。
とにかく、チーム・クォルトンは着実にその足を伸ばして二桁階層にもそろそろ届こうかという勢いだった。
そして、大異変の少し前のこと。複数のチームが合同で三十人規模の中規模パーティを編成して第九階層に潜ったときにあたしたちも参加した。
実はその階層にはもの凄いお宝が隠されてるって噂があって、第十階層を目指す前の肩慣らしでそのお宝を探しだそうと潜ったんだ。
そうしたら、運よくいかにも宝を守っていますって感じの扉を見つけたんだけど、番人がいた。
その番人、というより怪物の群れに襲われた。
あんたが倒した失われた英雄も五人ぐらいいたんだけど、最大の脅威は三人の巨人だった。巨人の大きさはあんたの三倍以上で、鎧兜に身を固めた恐ろしい奴らだった。
応戦したけど、退却は必至でね。
下手したら全滅の憂き目に遭うところだった。同じチームの仲間も一人また一人と倒れたわ。
最初にやられたのは大剣の遣い手でいつも前線で踏ん張ってたダールセン……。
髭の濃い中年でいっつも親父ギャグを口にして、あたしが突っ込んでやってたんだ。あの親父、カッコつけて真っ先に飛び出していきやがった。
青ざめた顔でダジャレも口にせず、時間を稼ぐと口走っただけだった。
次はセトレ姉だった。
巨人の目を狙って矢を射ってたんだけど、失われた英雄に後ろからバッサリね。
……クッ。
言っとくけど、泣いてないから。ちょっとそのときのことを思い出しただけよ。
とにかく、パーティの戦列はどんどん崩れていった。どうやっても巨人には対抗できなくて、無惨なぐらいだった。
だけど、クォルトンが……。
彼は他の勇敢な仲間に呼びかけて数人でしんがりを務めた。あたしは一瞬迷った。
クォルトンは逃げろと叫んだわ。結局、あたしは怯えて他の人と一緒に走って逃げた。
その後、急いで救援を連れて砦から戻ったけど、そこには主を失った鎧や剣が転がっているだけで、死体すら残ってなかった。
それに、ようやく見つけた扉も影も形もなくなって、ただの通路になってた。
街まで戻ってまもなく大異変がおきて地図は大きく変わってしまった。
後悔はしてない。
だって、今、あたしは生きているからね。贅沢を言うつもりはないよ。
ただ、一つ言えるのは、次はイヤだ。
さあ、これが半年前のあたしの話。
え、何よ?
……チィッ!
わかったわよ。ちゃんと話してあげる……。
今日、ボダッハ・グラスにとり憑かれていた男がいたでしょ。彼が……クォルトンよ。
彼の亡骸だったんだろうけど、ちょっと動揺したわ。
フン。
すまなさそうな顔をするなんてらしくないわね。
さて、そろそろあのお嬢様も近づいてきた。お話はここまで。
ああ、それと、最後に一つ言っておくけど、あんたと違って、クォルトンはあたしを怒らせなかった。
これ、重要だから。よーく覚えとくように。




