MAP No.00 迷宮の扉──踏み込んだ男
その男は背が高く、黒いマントにその身を包んでいた。石畳を踏む長靴は足音ひとつ立てず、ひそやかに歩を進める。
顔つきはまだ若く、猛禽類を思わせる鋭い目は左右の暗がりに怪しいものが出てこないか気を配った。逆立つぐらい短い髪は灰色がかった夜の色をしていた。
彼が手に持つ松明は今にも消えそうだ。両側は石組みの壁が続いて、狭い通路の先は暗闇に覆われている。
松明に火が残るうちに木の扉が現れた。鍵穴はない。
渡された役に立たない地図とにらめっこをしながら、ぐるぐると入り組んだ迷宮を二日間さまよってようやく見つけた、お目当ての扉であった。
男が身を屈めて表面に触れると、指の腹に湿った感触があたった。目を閉じて掌に魔法の触覚を総動員して扉にかけられた魔法がないかと探る。
すぐに単純な閉鎖のまじないがかけられていることがわかった。ただし、それはとても古く、強力なものだ。
男は立ち上がると、教本に載っていた開鎖の呪文を唱えた。
すると、扉は小動物のようにブルッと震えてから、嫌な軋みとともに開いた。
扉の向こうには灯火があるらしく、弱い光がこちら側へと射してくる。
事前に聞かされている話によると、この先に進めば簡単には戻れないらしい。
この扉を閉ざしている呪文は複雑なものではないため、魔法さえ簡単に開くことができる。しかし、古いだけに融通は利かず、裏からは一切開かない一方通行なものであるとのことだ。
誰が誰から聞いた話か知らないが、奥まで入って確かめたのかと問い返したくなる内容である。
男は首と肩を廻したあと、雑嚢を右肩から左肩、またその逆へと何度も担ぎ直してためらった。
だが、いつまでもここで二の足を踏んでいる暇はない。すでに二日を費やして、ようやく入り口にたどり着いただけなのだ。
男はガリガリと頭をかいて最後の足掻きをしたが、これ以上躊躇していても何の解決にもならなかった。
ついに思い切って足を踏み入れた。
と、案の定、その背後で扉は意地悪な音を発して、ひとりでに閉じてしまった。
予想通りではあったが、男は恨めしげに一瞥をくれてから奥へと歩を進めていった。