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占い師

 こんにちは。なにか御用ですか。

 お礼? あたしに?

 ……………………ええっと、たくさんお話いただいているところ悪いんだけど、お会いしたことありました? いま初めて会ったんじゃないの。ちがう。へえ。


 雨のそぼ降る夜ふけに、とつぜん声をかけられた。

 うーん、やっぱり人ちがいじゃないですかね。覚えてないですねえ。服装がその時と同じ、と言われましても……


 あの時言われたことをその通りにやってみたらすべてが万事うまくいくようになった。あなたは命の恩人です……


 なにをどう言ったのか、まったく覚えていませんが、そう言われて悪い気はしません……ちなみにあたしはなんて言ったんです。


 「壁の塗装を煎じて飲め」? あっはっは。それであたしはどこの壁って言ったんです。


 あなたがよく行く場所の。東側の階段の。三階の踊り場。へえー。ちなみにその建物はなにで作られているんですか? 材質は?


 ……コンクリート? 鉄筋コンクリート? じゃあ塗装もきっと化学塗料ですねえ。あっはっは。効くはずがねえや。あなたよくそんなもの飲んでお腹壊しませんでしたね。おいしかったですか? どんな味がしましたか? 魔法のような味でもしましたか? あっ、ちょっと、急にぶつなんてやめてください。痛いじゃないですか。


 こちらこそごめんなさい。あなたがあんまり素直な人だったので、愉快になってしまいました。今回はちゃんと効いたみたいだったのでいいんですけど、他人の言うことを、あまり鵜呑みなさらない方がいいですよ。


 はあ。それであなたは、占いのお礼を言いに……律儀な人ですね。きっと気まぐれにやったことなのに。

 ことがうまい具合にいって良かったですね。ではさようなら。




 え、ちがう? 名前? あたしの? お店の場所も?

 ええと、言ってることがよくわからないのだけど、やっぱり人ちがいだったんじゃないでしょうか。

 占い師? あたしが? ちがいますけど。


 ……あなたの話をまとめると、占いが当たったので、お礼の意味をこめてSNS? とやらであたしの評判を広げたい、そのために占い師であるあたしの名前と、ふだん占いを行っている場所を知りたい、と言っているのですね。


 先ほどもお伝えしたとおり、あたしは占い師じゃぁありません。占いを商売にしているわけじゃありません。だから評判を広げてくださらなくて結構。あなたからだって一円もとっていないでしょう? とった? 一万円? あらー。ほんとうに、人ちがいじゃないでしょうか。お金のことは全然気にしてない。あ、そう。じゃあいいです。


 占い師じゃないならなにをしている人なのか?


 ……ええと、実はね、あたし記憶喪失なんですよ。だからなにをしている人なのか、という質問は答えにくくて……ええ、本当に。信じられませんよね、信じてくれなくていいです。ああ、謝らないでください。


 はい。はじめのほうは色々と大変でした。それにすごく落ちこみました。生活になじめるように努力しはじめたのは、最近のことなんです。


 住所も職業も身よりもなかったので、警察とか役所とか裁判とかほんと面倒くさかったですよ。

 名前ですか? いまはヤマダです。そうです、あそこにある看板と同じ名前です。ヤマダ。


 そんなわけでヤマダは、どこかに勤めることもなく、街をフラフラしているんです。そろそろ働いてお金を稼がないととは思っているのですが……もういっそ、占い師でもいいようになる気がしてきました。


 けれどあなたからいただいたらしい一万円は、どこに消えてしまったんでしょう。もう一度もらったらわかるかもしれないなあ。やめておく。そうですか。では悩みができたら、その時はよしなに。


 占い師じゃないならどうしてあんなアドバイスをできたのか、ですって?

 

 ここまで話してしまったのでお教えしますが、実はね、あたし人の未来とか過去なんだりが見えるんです。見ようと思って見えるわけじゃないんですけど。信じてください。ついでにお伝えしておくと、あなた三日後に亡くなるみたいです。路上で。ええ。お悔やみ申し上げます。


 そうそう、憶えていることもあるんですよ。親しかった友人たちのことはよく覚えています。

 あなたは先ほどあたしのことを、初めて会った時とずいぶん雰囲気が違うと言われましたね。それはたぶん、友人を偲んで真似をしていた最中だったんだと思います。そうすると、気がまぎれるものですから。


 いまですか? これがあたしの素なのかって? 教えない。




 ところで、SNSについてもう少し詳しく聞かせてくれませんか。お金は払えませんが、あなたの憂いをはらう手助けはできます。いらないって、まあそんなこと言わずに。


 SNSというのは、掲示板に張り紙をするような感じで、使えば自分の存在を主張できるものなのですか?


 …………………………ううん、なんだか急に自分がばかになった気分です。知らない単語が多くて、話がよく見えません。習いたての外国語のラジオを、無理やり聞いているみたい。聞き取れはするけど意味はわからない、みたいな……


 そうですね、あなたの言う通り、そのあたりの知識が消えてしまっているのかもしれません。なぐさめてくれてありがとう。ここの人たちはみんな、会う人会う人優しくしてくれて、……。


 ちがいます。占い師をはじめるからその宣伝をしたいというわけじゃなくて。

 友人を探しているんです。


 仲のよかった友人です。でも、その人がいまどこでなにをしているのか、わからないんです。

 そしてむこうも同じ状況のはず。あたしの安否を気にしていると思います。


 連絡をとろうにも、なにをどうすればいいのかわかりませんでした。無為に街をさまようばかりの日々でした。

 それが、やっと希望が見えてきた。


 お金を稼いでスマホを買う。そしてSNSをはじめてみる。これが当面の目標です。

 むこうもSNSをやっていれば、きっとすぐに繋がることができるし、やっていなくても、人づてにあたしの存在に気付くかもしれない。

 可能性は高くはありませんが、やらないよりは断然いい。


 そうと決まれば、さっそく準備をはじめなくては。

 お礼を言いにきただけだったのに、あたしの身の上話を聞いてくれて、どうもありがとう。先ほど言ったことは冗談ですので忘れていいですよ。


 ええ、そうです。あなたが三日後に死ぬというやつ。

 教えてあげたじゃないですか、人の言うことをあまり鵜呑みなさらない方がいいって。いて、いてっ。だからそんなにすぐ人を叩いちゃだめですって。


 大丈夫。もう壁の塗装を煎じて飲まなくても、あなたはおのずからいい道を選んでいける人です。

 さようなら。またどこかで会えるといいですね。

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