3.
城の入口で馬車を降りた私達は、大広間に向かって進む。
お城に来たのって初めてだけど、やっぱり豪華なのねぇ。
みっともないとは思いつつ、周りをキョロキョロ見回していると、明らかに周りと違う煌びやかな一行が目に入った。
その中に一際目を引く美少女が1人。
あれって……あれって……!!
「クラウディア・キャンベル様……!!」
「ああ、良く分かったね。キャンベル公爵令嬢のクラウディア様だよ。いやぁ、お美しいね」
分かったも何も、よーく知っていますとも!!
薄いラベンダー色の髪は柔らかに波打ち、白い肌に薄いピンクの唇、溢れんばかりの大きな瞳はアイスブルー。
まるで月の女神。
けれど女神のような見た目に反して、とても情熱的で勝気な性格の彼女は──乙女ゲームの敵役なのだから。
確かアルバート殿下の婚約者で、どのルートでも主人公に嫌がらせや邪魔をしてくるはずだ。
主人公にとってライバル令嬢なんだけど……実は私は好きなキャラだったりする。
なんか地位も美貌も兼ね備えているのに、1人の男の為に必死だな、余裕ないんだな、とか思ったら可愛くなってしまったのだ。
だから略奪になる王子ルートは最初の1回しかプレイしていない。
目の前にいるクラウディア様が、私が知っているクラウディア様より少し幼いのは、現在がゲームの3年前だからだと思う。
それでもゲームのキャラクターを実際に見ることが出来るなんて!!
ユアンもゲームのキャラクターだけど、6歳までのユアンじゃゲームのキャラクターに会った、って感じはあまりなかったのよね。
何はともあれ、小さい頃に死ななくて良かった!
クラウディア様によって底辺だった私のテンションは急上昇した。
そうよ。よく考えたら王国主催の舞踏会だもの、ゲームのキャラクター達にもに会えるかもしれないんだ!
あ。今日は王子の為の舞踏会だもの、アルバート殿下を見れるのは確定だわね。
もしや今日の舞踏会でアルバート殿下とクラウディア様は婚約されるのかも!
一緒にダンスを踊っていらっしゃる場面は、さぞや眼福でしょうね……。
こうしちゃいられない!
「お兄様!!行きますわよ!!」
「え!?急にどうしたの?」
「場所取りしなきゃ!!フロアが良く見えて、しかしながらひっそり目立たずに壁と一体化できる場所!!ポジション取りが大切ですわ!」
「ちょ、え、言っている意味が分からな……」
「いいから!!」
目立つのは絶対NG。
けれどゲームファンとしては見逃せないアルバート殿下&クラウディア様の眼福スチル!(?)
それを観察できる場所を探さなきゃ!!
戸惑うお兄様を引きずるようにして、私は鼻息も荒く会場へと進む。
その後ろ姿をクラウディア様が見ていたことは、後ろに目が無い私には気がつく術はなく──
「……あの方は?」
ましてや私の事を尋ねているなど、きっとモブキャラの神でさえ予想しなかったに違いない。
……まぁそんな神がいるかは別として。
私はそのまま会場へと足を踏み入れた。
さすがはお城の舞踏会、それはそれは煌びやかな世界ですこと。
高い天井からはいくつも豪華なシャンデリアが輝き、端から端まで全力で競走できそうな程広い会場を、これまた細やかな飾りが施された柱が囲んでいる。
あちこちで楽しそうに語らう人達も豪華な衣装で会場に華を添えていた。
周りには美味しそうな軽食やスイーツが並ぶテーブルがあり、溢れんばかりの花が生けられている。
「ほえぇ……」
デビュタントで参加した舞踏会とは比べ物ならない豪華さに、私は間抜けな声を出してしまった。
この世界にカメラがあったなら、一生の記念に撮影しまくりたかった……。
などと口を開けて考えている私をお兄様が覗き込む。
「綺麗だろう?本来社交界シーズンにはリズが参加している世界なんだよ」
「そうですわね……」
「マンデルソンの家柄なら大きな舞踏会には必ず招待されるからねぇ。父上がいつも断っていたけど、これからは参加してみたらどうだい?」
こんな煌びやかな世界に参加出来る環境にあるのはありがたいことだけど……。
やっぱり目立たず生きるには不要な世界だ。
「いいえ、私には不相応ですわ。また好奇の視線に晒されるのはごめんですもの。今回限りで結構です」
私はお兄様の腕から離れ「では」と言った。
「ここで解散致しましょう。お兄様はしっかり良いお相手を探してくださいませ。私はポジション取りにまいります。それでは」
「よく分からないけど、楽しんで」
早速近くの男性から挨拶をされたお兄様から離れ、良いポジションを探し始める。
部屋の隅は目立たなくていいけど、フロアまでの距離があるし、意外とお喋りを楽しむご婦人達が陣取ることが多い。
軽食などのテーブル付近だと、ひっきりなしに人が来るし……。
かと言って、壁の真ん中にポツンと立つのも目立つ(前回経験済み)。
悩みながら歩いていると、コソコソと話す声が耳に入った。
「あちら見かけない方ね」
「ほら……マンデルソン伯爵のお嬢様じゃない」
「ああ……あの傷物とかって言う……」
チラっとそちらを見れば慌てて目を逸らされた。
おおぅ……「お前見かけない顔だな」的なのは不良マンガ位だと思ってたけど、自分が体験することになるとは。
ヤバイヤバイ、さっさと壁と一体化しなくちゃ。
テラス側の壁が良さそうだと、急いで歩み寄る。
柱の裏側を選べば目立たないし、フロアの中心近くだからダンスもバッチリ観察出来そうだ。
壁に寄りかかり、ふぅっと息をつく。
よし。
ポジションは完璧だ。
後はあまり好奇の目に触れない事を祈るばかり。やっぱり気分がいいものではないしね。
さてさて、腰を落ち着けた事だし、ゆっくり観察して楽しもうかしら。
私は豪華な会場や女性達の衣装、ゲームキャラがいないかなどをキョロキョロ観察し始めた。
あのケーキ、色がとても綺麗だけど何味かしら?
あら!!あの方のオレンジのドレス、素敵なデザインねぇ。
まぁ、イケメン発見!
あー……でも攻略キャラではないわね。
おおぅ!美少女発見!!
て、クラウディア様か。
などと柱の影から楽しんでいると、突然ファンファーレが鳴った。
上座側の扉近くに立つ男性が、通る声で告げる。
「ファゼルド国王陛下、ヴィオラ王妃陛下、ご入場ー」
扉が開き、我がメルジスタ王国の国王陛下と王妃様がご入場される。
皆、紳士淑女の礼をとり迎えた。
「続きまして、アルバート殿下ご入場ー」
陛下と王妃様が着席されると、次いでアルバート殿下が扉から現れる。
おおおおおおお!!
キタキタキタキターー!!
柱の影で淑女の礼を執りながら、心の中で叫ぶ。
現れたのは、まさに乙女ゲームのアルバート様だった。
サラサラのハニーブロンド、優しく甘い顔立ち。
海のような爽やかなブルーの瞳を細め、笑顔で登壇したのは、あのアルバート様で間違いない。
いやーーーーーーー!!
本物ーーーーーーー!!
まるでアイドルにでも会ったかのようなテンションの私は、ふんふん鼻息が荒くなってしまう。
ゲームの攻略キャラが……実物が目の前に……!!
アルバート殿下がご自分の席の前に立ち、上段から来場客を見渡しながら挨拶をする。
「今宵は私の帰還祝いにお集まり頂き感謝する。どうか心ゆくまでお楽しみいただきたい」
アルバート殿下が楽団に手を挙げて見せれば、すぐに音楽が始まった。
招待客達もざわざわと動き始める。
私もしっかりフロアが見えるよう、柱の後ろから顔を突き出した。
通常は1番地位の高い国王陛下と王妃様が最初のダンスを踊るのだが、立ち上がる様子がない。
今夜は主役のアルバート殿下が最初のダンスを踊るようだ。
パートナーは通常地位が高い女性が選ばれるはず。
てことは、やっぱり公爵令嬢であるクラウディア様かしら?
侯爵家にもご令嬢はいらっしゃるけれど、まだ10歳だったはずだし。
私同様、周囲もアルバート殿下が誰にダンスを申し込むか注目していた。
アルバート殿下は上段から降り、周囲を見渡して1人の女性で視線を止めた。
そしてツカツカと歩き女性の前まで行くと、王子スマイル全開で手を差し伸べた。
「リズベス・マンデルソン伯爵令嬢、どうかファーストダンスを踊って頂けませんか?」
「……………………んん!?」
──どういう訳だか、この私に、だ。
会場はしんっと音が消え、私は口が開かず、あごを突き出すように言った「んん!?」のまま固まってしまった。
どこかでパリーンとグラスが割れる音が聞こえた。
お……お……お?
あまりの想像外の衝撃に、私は動くことも出来ず柱の影で固まったままアルバート殿下を見ていた。
何故に私!?
むしろ何故私を知っている!?
めちゃくちゃ目立ってるんですけど、どーしてくれるの!?
いやいや、何故に私!?
混乱しすぎて思考がループする私より先に、周囲の人々がざわめき立つ。
他の人達だって得体の知れない小娘がお相手に選ばれるなんて、想像もしていなかったに違いない。
周りの声が耳に入ってくる。
「マンデルソン伯爵にご令嬢なんていたのか……?」
そこから!?
ま、社交界に出ないし仕方が無いか。
聞こえてくる陰口に、頭の中でツッコミを入れる。
「アルバート殿下と交流がお有りになるのかしら……」
ありませんけど!?
この世界では初見ですけど!?
「たいして美人でもないが……」
悪かったわね!!
モブキャラの運命だよ!!
さ·だ·め!!
「マンデルソン伯爵令嬢……?傷物という噂の……?」
あーハイハイ。
噂じゃなく真実ですよー。
「傷物……?」
「何でも背中に醜く大きな傷痕があるとか……」
「幼い頃に魔術師に殺されかけたらしい………」
「なんでそんな方が……」
ヒソヒソ……ざわざわ……。
あああ……本当は私もざわざわする群衆側の役割なのにぃ。
周りからの痛いほどの視線を浴びて、私はどうする事も出来ず周囲を見渡すが、助けがある訳もなく。
この場から逃げたくても、王子のダンスの誘いを断るなんて出来るはずがない。
なんで私がこんな目に……。
いったい何が起こったらこんな事になるのだろうか。
私はただひっそりと、柱の影から観察を楽しもうとしていただけなのに。
泣きそう……むしろ口から魂出そう……。
私は死にそうになりながら、ドレスの両端をつまみ腰を折る。
「よろこ……っ!?」
「喜んで」と言い終わる前に背後から、ゴゥっと唸る急な突風に襲われた。
なになに今度は何なのーーーー!?
会場の所々で「きゃっ!!」と悲鳴が上がる。
私も顔に手を翳しぎゅっと目を瞑った。
突然吹き荒れた風は直ぐに治まり──何故か私は誰かに後ろから抱かれ、腕の中に収まっていた。
「!?」
状況が分からず、目をぱちぱちさせる私の頭の上から、不機嫌な声が王子の名を呼ぶ。
「アルバート……どういうつもりだ」
ちょ、殿下を呼び捨てって……一体誰!?
何が起こっているのぉぉ!?
連続する想定外の事態に混乱を通り越し、私はパニックになっていた。
そんな私の前で、アルバート殿下は先程までの王子スマイルを消し、ニヤニヤと面白そうに笑って答える。
「どうもこうも、彼女にダンスを申し込んだんだが?何か問題があったかな?」
「何が”問題があったかな?”だ。……俺を引っ張り出すためだろう」
「さぁ、何のことだか分からないな。……まぁ、久しぶりの再会を楽しめよ。嫉妬深い男は嫌われるぞ」
「……」
最後は私達にしか聞こえない声で、アルバート殿下は囁いた。
そして私と同じく状況についていけず、ポカーンとしている群衆に向かって笑顔で告げる。
「どうやらお相手のいるご令嬢にダンスを申し込んでしまったようだ。どなたか私と踊って頂けるレディはいらっしゃらないだろうか?」
すると呆けた集団から、すっと1人の女性が進み出た。
その美少女は凛とアルバート殿下を見つめ、ドレスを広げて腰を引く。
たったそれだけの所作さえ優雅で目を奪われた。
「クラウディア・キャンベルと申します。アルバート殿下、宜しければ私と踊って頂けますか?」
「もちろんです、クラウディア嬢。では、音楽を」
王子の声で我に返った楽団による演奏が始まり、中央に進み出たアルバート殿下とクラウディア様が華麗にダンスを始める。
演目は軽やかなポルカだ。
一体何事だったのかと、最後まで呆けていた人達も徐々に2人のダンスに魅せられ、そちらに集中していった。
──私以外は。
待ちに待ったアルバート殿下とクラウディア様の眼福ダンス、だけどこの状態で楽しむ余裕があるはずもない。
ええっと……。
この状態からどうすればいいのだろう。
未だ謎の人物に後ろから捕まっている私は、まだパニックから抜け出せていない。
固まったまま変な汗が背中を伝う。
アルバート殿下とクラウディア様のダンスが終わったら、また物凄い注目されるんじゃなかろうか?
それは非常にまずい。
もうこれ以上モブらしからぬ注目を浴びるのは御免だ。
何が何だか分からないけど……帰ろう!!
舞踏会には参加したわけだし、もう帰ってもいいわよね!?
よし、と気合を入れて腕から脱出しようと身じろぐ。
「場所を変えるか……リズ、目を閉じていて」
「ひょえっ!?」
けれど耳元で囁かれ、一瞬で決意は挫かれた。
私はくすぐったくて首を引っ込め目を閉じる。
次の瞬間、足元がグニャリと揺れ、立っている感覚があやふやになった。
「ひぃっ!!お、落ちるぅぅぅ!!」
浮遊感に恐怖を感じて抱えられている腕にしがみつく。
けれどそれは一瞬の事で、すぐに浮遊感は消え、足の裏に地面を踏む感覚が戻ってきた。
風を頬に感じるってことは、ここは外?
「もう目を開けていいよ」
そう言われ恐る恐る目を開けば、整えられた草木と花が咲き誇り、夜の月明かりに水が輝く噴水の前に立っていた。
周りを見渡せば、少し離れた場所にお城が見える。
てことは、お城の庭園か。
…………。
ん!?庭園!?
驚いた私はキョロキョロと周りを見回す。
何で庭園!?
さっきまで舞踏会の会場に居たはずなのに。
「空間転移した」
私の疑問に答えるように背中から声がする。
そこで初めて、自分がその人の腕にしがみついたままなのに気付く。
あわわわ!!
私は焦って手を離した。
そして距離を取りつつ後ろを振り向く。
「!!」
そして再び目を見開く事になった。
風になびく艶やかな髪は黒。
長めの前髪から覗く瞳は、月明かりに照らされてアメジストのように輝いている。
何度もテレビ画面で見た、ゲームのユアン様の姿がそこにあったのだ。
「ゆ、ゆ、ゆ」
「久しぶり……リズ」
「ユアン様ーーー!?」
「……は?」
思わずゲームの時の呼び方をした私に、ユアンは怪訝そうな顔をした。
ヤバイ!!
本物のユアン様だわ!!
ユアンがユアン様に育ってる!!
ちょっと少年ぽさは残っているけれど、何度攻略したか分からないユアン様が目の前にいて……。
「……リズ?」
私の頭はそこでショートした。
キャパオーバーで目を回したのだ。
きっと漫画の世界なら頭がボンっと爆発していただろう。
何故かアルバート殿下からダンスに誘われ。
周りからのどえらい視線を浴び。
突如後ろから抱きしめられ。
訳も分からず庭にいて、ゲームのイチオシキャラ、ユアン様が現れるって……。
そりゃモブの私にはキャパオーバーよ。
どこか頭の片隅で冷静な私が言う。
世界が暗転する前、「リズ」と呼ぶユアンの声と、ポルカの軽快な演奏が聞こえていた──。
お読み頂きありがとうございます!
書きたいことを書きまくったら
詰め込み感が半端ない……
やっとこ物語が動き始めました。
次回も1週間以内に更新予定です。