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2.

今日の舞踏会は王室が開催する為、王城にて行われる。

城門が開かれ、馬車で入口まで着けられるのだが、とんでもない渋滞が起こるらしい。

まぁ、この世界に駐車場(駐馬場?)なんて存在しないので、入口までずらっと並んで順番に降りるのだろう。

主人を下ろした馬車は城門外にずらっと並んで待つそうだ。

私達も時間までかなりの余裕をもって出発した。

馬車の窓から流れる街並みを憂鬱な気持ちで見ていると、向かいのお兄様に話しかけられる。


「今日のリズはとても綺麗だね。いつもそうやって綺麗にしていればいいのに」


ちょっと、お兄様。

人をいつも汚いみたいに言うんじゃないよ。

私は外を見たまま口を尖らせた。


「普段の私には不必要ですわ」


「そうかい?いつも使用人と区別がつかないような格好をしているけれど」


「綺麗なドレスでは仕事は出来ませんの。私にはいつものワンピースで十分なのです」


「仕事かぁ。パティスリーはかなり繁盛しているようだね」


私は窓からお兄様に視線を移した。

……きっとカルロお兄様は、私の全ての店の経営状態を把握してるに違いない。

優しい笑顔で温和に見えるが、若く優秀なマンデルソン家の跡取りは抜け目がないのだ。

私は頷いて肯定する。


「ええ、ご承知の通り利益もすでに昨年越えですわ。来春には2号店も計画しております」


「素晴らしい成果だね。テイクアウト事業の方も安定しているようだし、リズの商才には感心するよ。最初に事業を興したいと聞いた時はどうなることかと思ったけどね」


「ありがとうございます」


お兄様が最初に反対したのは当然だと思う。

むしろ家族全員、家令であるローレンスにまで反対されたし。

実はあまりある事ではないが、私は仕事をしている。

というか事業主、つまり社長である。

子供の頃から結婚が出来ないならば、穀潰しにならぬよう仕事ができないか思案してきた。

しかし伯爵家の令嬢となると、他貴族の家に奉公に出るわけにもいかず、かと言ってそれ以外に仕事がない。

時間があれば書庫に籠り、この世界の事、沢山の職業などを勉強した。

街に出て店を見て回ったりするうちに、昔の《私》の知識が使える事業をおもいついたのだ。

それが飲食事業だった。

今手がけているのは2つ。

1つはパティスリー、お菓子店の経営。

前世でも、お菓子やケーキは大好きだったし、友人と食べ歩きをしたりも結構した。

自分で作ることは出来ないけど、職人を雇い、どんなお菓子を作って欲しいか、原案を私が出す。

試作を重ね、この世界にまだないスイーツを次々に創り出す事が出来た。

しかも菓子の包装にもこだわり、凝った包装紙や容器を使って、貴族の女性達に大変受けている。

美味しい上にハイセンスな店として、王都で人気店の仲間入りを果たした。

そして2つ目はテイクアウト専門店の経営。

こちらは箱での店を持たず、露天で販売するスタイル。

かつて働いていた《私》も、昼休みに移動販売車に並びランチを買っていた。

その時の事を参考にしてみた。

店を造る予算が抑えられるし、人件費も少なく低予算で利益が生み出せる。

場所使用の許可さえ下りれば、簡易キッチンを設置し、その場で焼いたり煮たりする。

それをお弁当にして販売するのだ。

匂いにつられた客を捕まえられるし、手軽に温かい昼ご飯が食べられると、あっという間に話題になった。

特に働く男性達にご好評頂いている。

と、いう感じで、経営者として日々忙しい毎日を過ごしているのだから、綺麗な格好で優雅に過ごしている時間はないのだ。

まぁこの世界も貴族の女性が働く事は良しとされないので、表に出ることも、名前を出すこともしていないけれど。

カルロお兄様の名前を借りて働いている。


「仕事も順調だし、そろそろ恋人でも作ったらどうだい」


にこにこと軽い調子でお兄様は言った。

背中の傷痕の事も承知で言っているのだ。

けして嫌味や冷やかしではなく、私の為に言ってくれているのは分かっている。


「お兄様は無茶を仰いますのね。恋人って想い想われなきゃいけないのですよ。私だけが想っても、恋人にはなれないのです」


「それはもちろんさ。でもリズだって懸想されているだろう?名無しの君とか」


名無しの君とは、髪飾りをプレゼントしてくれた方の事だ。

どこのどなたか、名前も知らないので私達は名無しの君と呼んでいる。


「それはカルロお兄様のご想像に過ぎませんわ」


「そうかな?女性に髪飾りを送るなんて、愛がこもってるに決まってるよ」


いやいや、知らない男性から愛のこもったプレゼントなんて怖いから。

それに。


「名無しの君が80歳の紳士だったらどうするのですか」


「うーん…………そういえば、子供の頃仲良くしていた男の子がいたじゃないか」


「……ユアンの事ですか?」


私の質問には答えず、お兄様はユアンの話にシフトする。


「そうそう。ユアン君。彼は魔術学園に入ったんだよね。元気なのかい?」


「もう卒業しておりますが、連絡を取っていません。何年も前に手紙が来なくなって、それっきりです」


そうなのだ。

実はユアンとは数年前から音信不通だ。

6歳の誕生日の後、魔術学園へ入学したユアンは寮生活となった。

会うことは出来なくなったけど、手紙でお互い近況報告をしたりしていたのだが。

確かユアンが魔術学園に入って卒業する手前、私が13歳の時まではたまに手紙のやり取りをしていた。

忙しいのか、短い手紙の中で『あまり危険な事はしないように』と口癖のように綴られていたのには、毎回苦笑していた。

卒業手前の最後に届いた手紙には『卒業後、国立魔術研究所に入所する』と書かれており、てっきりメイスフィールドの自宅に戻って来るのかと思っていたのだが、ユアンは戻ってこなかった。

『頑張って』と送った手紙が宛先不明で戻ってきてから、ユアンからの手紙も届くことはなくなってしまった。

だからと言って心配はしていない。

ユアンは最強魔術師として、あと数年もすれば主人公と出会うはずだから。

彼は彼の道を進み始めているのだろう。


「そうなのかい?他に身近な男性は……」


「お父様とお兄様達しかおりませんが」


「そんな事はないだろう。この前もバーナード男爵と……」


「お兄様」


私はお兄様の話を遮って、にっこり笑って見せた。


「私の事より、次期マンデルソン伯爵のお相手はどうなっていらっしゃるの?そろそろ身を固めたほうが宜しいのでは?」


私の反撃にお兄様は困ったように「そうなんだよねぇ」と言った。


「父上からも母上からも、毎日のようにせっつかれていてね。部屋にお見合いの姿絵で山が出来ているんだ……」


お兄様は、はぁと溜息をつく。

2番目のお兄様はすでに結婚していた。

ただ爵位を継ぐのは長男の役目なので、2番目のお兄様は騎士の仕事に就いている。

やはりマンデルソン家を守るため、両親はカルロお兄様に早く結婚して欲しいのだろう。


「ぱぱっと結婚しちゃえばよろしいのに」


「うわぁ……リズは適当だなぁ。みんな素敵で決められないんだよねぇ」


何を言っているのか……そんなキャラじゃないでしょうに。

笑顔のお兄様の方へずいっと身を乗り出す。


「で、本当の所どうなんです?」


「浪費家、性悪、自信過剰、詐欺の姿絵を送ってくる……などなど、なかなかバリエーションが豊富でね」


うわぁ……壮絶☆

さすがにあまりキツイ義姉ができるのは勘弁して欲しい。


「平凡な女性でいいのだけど……それが1番難しいんだよねぇ」


「平凡が1番ですからねぇ」


平凡が1番いいのだ。

だって我々モブ兄妹、平凡を愛し平凡に愛されし存在なのだから。


「お兄様は今日の舞踏会、しっかりお嫁さん探しをしてくださいませね。私は会場に入りましたら別行動を取らせて頂きます」


「お嫁さん探しって……はいはい。リズはどうするんだい?」


馬車のスピードが徐々に落ちている。

そろそろ城門手前、渋滞に合流するのだろう。


「私はひたすら壁と一体化するよう努めます」


「いや、努めなくても……」


「ひたすら壁にくっついていますので、お兄様も私に話しかけないでください。壁の花……いいえ、壁の苔となりましょう」


「……うーん。意味わからないけど、ポジティブな後ろ向き発言だねぇ」


苦笑するお兄様から窓に視線を転じれば、王城がもう少しの所まできていた。

自然と眉間にシワが寄ってしまう。

ああああ……行きたくない。

往生際が悪かろうが、やっぱり行きたくない。

どうか目立ちませんように……。

私は祈りを込めて王城を見上げる。


舞踏会の開始まで、あとわずか。

舞踏会はまだ始まらんのかい。

と、ツッコまれそう……( ´•౪•`)‬

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