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1.始まりはポルカと共に

──そして、現在。


あれから10年少々が過ぎ、私は18歳になっていた。


「リズベスお嬢様。髪を結い上げますので、前を向いて下さいませ」


「ああ、ごめんなさいね」


ボーっと窓の外を見ていた私は、髪を梳かしていた侍女に言われ、ドレッサーの鏡へ向き直る。

ありきたりな薄茶色の髪と、これまたありきたりな焦げ茶の瞳の女性が、憂鬱な顔で映っていた。

18歳になった私の姿だ。


「緩く編み込んで、後れ毛を残しましょうか。飾りはお嬢様のお気に入りの物に致しましょう。パールに致しますか?それとも花の方がよろしいですか?」


テキパキと手を動かしながら、侍女のメリッサは髪飾りについて私に尋ねる。

えー。どっちでもいいんだけど……。

私は適当にそちらを見た。

どちらの飾りも細工が凝っていて、うっとりするほど素晴らしい品だ。

一昨年と去年の誕生日に届いたプレゼントなのだが、実は送り主は不明。

届け先はリズベスで間違いないというのだが、送り主は伝えられていないとの事だった。

ちなみに今年は送り主不明の花束が届いた。

得体の知れないプレゼントを良く使えるな、と思われるかもしれないが、鑑定士に問題がないか確認してもらっているし、何よりとても素敵で私は気に入ってしまったのだ。

けれど、今はそのお気に入り達も私の心を晴らしてはくれない。

はぁ……と溜息をついて、鏡越しにメリッサへ視線を移す。


「メリッサにまかせるわ。どちらも素敵だもの」


覇気のない私の返答に、メリッサの片眉がピクと動いた。

髪を結い上げている手を止め、私と視線を合わせる。


「お嬢様……まだ拗ねていらっしゃるのですか?往生際が悪いですよ」

「だってぇぇぇ、嫌なものは嫌なのよ」


そう。

私は憂鬱で、やる気がなくて、嫌で、拗ねているのだ。

何がそんなに嫌かって──。


「舞踏会なんて嫌なのにぃ……お父様だって行かなくていいって仰っていたのにぃ」


「そうは仰られても……王室の舞踏会なんて、いくらお父上のマンデルソン伯爵でもお断りできません」


本日開催される王室が開く舞踏会。

そこへの参加が心から、本当に、嫌なのだ。

先日、第1王子であるアルバート様が、隣国の留学からお戻りになられた。

それを祝って王室が舞踏会を開くらしいのだが、身分がそれ相応の家のご令嬢で、年頃の娘達には全員招待状が届いた。

我が家にも、もれなく届いた。

要は、帰還祝いと言いつつ、お嫁さん探しを兼ねているだろう事は想像に難くない。

──シンデレラに出てくる王子様か。

と、私はツッコんだが、別に私に関係ないしと思っていた。

私に招待状が届いていたとしても、参加するとは思っていなかったから。

ところが招待状が届いた次の日。

お父様の書斎で思いもよらない爆弾が投下されたのだ。


『リズ、今回の舞踏会は兄のカルロのエスコートで行っておいで』


『え……えぇー!?』


『お父様とが良かったかい?でも今回はローズをエスコートするから……』


デビュタントのエスコート役はお父様だった。

て、そうじゃなくて。


『そうではありません!!お父様!!舞踏会はデビュタント以外、参加しなくて宜しいとおしゃったではありませんか!』


突然の話に猛抗議する私に、お父様は申し訳なさそうに言った。


『残念ながら今回は国の催しだからねぇ』


『そんな……』


ガクっと項垂れた私をお父様は憐れんだが、参加が取り消される事はなく、本日に至る、と言うわけである。

メリッサは結い上げた髪に、少し迷ってからパールの飾りを付けていく。

そのまま手を休めることなく言った。


「デビュタント以来、舞踏会に参加されないなんて……よほどデビュタントで嫌な思いをされたのですね」


「嫌な思いってゆーか……悪目立ちするってゆーか……」


メリッサが言う通り、嫌な思いをしたと言えばしたのだけど、それよりも変に目立ってしまった事の方が問題だった。

16歳になった私の社交界デビュー。

通称デビュタント、と呼ばれる舞踏会デビューを私はけっこう楽しみにしていた。

前世でも経験したことのない舞踏会なるものを実際に自分の目で見られるのだ。

色とりどりのドレスや、豪華な会場、綺麗なスイーツに華やかな世界。

ワクワクして参加した私だったが、会場に入って間もなく、周囲からの視線に気がついた。

それは好意ではなく、好奇の視線だった。

「傷痕があるらしい……」「傷物なんてお可哀想に……」などと囁かれているのを耳にして、そういう事かと合点がいった。

貴族の情報力はすごい。

政治や経済だけでなく、噂話の類まで広く耳に入る。

マンデルソン伯爵家の娘は、背中に大きな傷痕があるという話も知っていたのだろう。

集団見合いと呼ばれる舞踏会なだけあって、そういった情報は回るものだ。

より条件の良い相手を探す為に、情報は大切なのである。

もちろん私は結婚出来ない事は承知しているので、デビュタントに結婚相手を求めて来たわけではない。

ただ、せっかく乙女ゲームの、しかも貴族の家にに生まれたのだから、ドレスを着て着飾ったり、舞踏会の雰囲気を楽しみたかっただけなのだけど……これは失敗したかなと感じた。

私は目立ちたくないのだ。

それがいい意味であっても悪い意味であっても。

本来私のゲームでの役割は終わっている。

だから、1モブとして周囲に紛れねばならない。

その他大勢にならなければいけないのだ。

それなのに壁に張り付いて目立たないように縮こまっていれば、「誰にも踊って貰えない」と笑われ。

ちょっと移動すれば傷物令嬢だと注目を浴び、陰口を叩かれるなんて……目立ちすぎだわ!!

非常に目立ちすぎる……!!

心無い陰口に嫌な思いをしたけど、それより注目されることに嫌な汗をかいてしまった。

これはモブ人生として宜しくない、そう思い、お父様に直訴し舞踏会参加はそれ以降なくなった。

よほど辛い思いをしたのか……と、お父様がいいように誤解してくれたお陰である。

それなのに……。


「国の大規模な舞踏会なんて……最悪」


やはり深い溜息が出てしまう。

一昨年のデビュタント以来、公の場に出る事も無かったし、私のことなんてもう誰も気にしないと良いのだけれど……。

それは楽観的すぎるかしら。

はぁ、ともう一度溜息を吐いた私と「終わりました」とメリッサが言ったのは同時だった。

メリッサに促され、大きな姿見の前に立つ。


「とてもお綺麗ですよ、お嬢様」


ドレスの裾を整えながら、メリッサは笑顔で言った。

確かにメイクとドレスによって、いつもの3割増しぐらい綺麗になった私が映っている。

モブキャラなので、目を引く美人ではない、まぁそこそこ、どこにでもいそうレベル、な私が3割増しになるなんて。

メリッサ、恐るべし。

しかも今日のドレスは、お父様が少しでもモチベーションが上がるようにと新調してくれたものだ。

上半身は首元まで隠れるロイヤルブルーの滑らかな生地。

ノースリーブになっていて、脇から首に向けて生地が集まるよう作られているので、野暮ったい雰囲気にならずに背中の傷も隠せるよう工夫されている。

鎖骨あたりから金糸で刺繍が入っていて、胸下の切替に使われているゴールドカラーのリボンと合わせてある。

胸下からは中央で分かれたロイヤルブルーの生地の下に、幾重にも薄いブルーやパープルの生地が重ねられていた。

更に裾の方にはビジューが散らしてあり、動く度にキラキラと光って見えた。

髪は緩く編み込まれ軽くまとめた後、パールとレースで出来た飾りが付けられ、髪全体にパールが散らしてある。

メイクもばっちりで、準備は完璧だ。


「本当に素敵に仕上がってるわ。別人みたい。ありがとう、メリッサ」


「何を仰います。お嬢様はもともと美人でいらっしゃいます。いつも着飾らないだけで」


使用人だもの「10人並みです」とは言えないものね。

いつも着飾らないって、舞踏会やお茶会に行かないんだもの、必要がないわけよ。

こんなにキラッキラのドレス姿になれるのは嬉しいんだけどなぁ……。

舞踏会でひっそり目立たず過ごせるいい方法が思いつかないまま、刻刻と舞踏会の時間は近づいていた。

そして──。

コンコン。


「どうぞ」


「そろそろ出掛けるよ。準備はできたかい?」


ドアを開けて現れたのは上のお兄様だった。

ついにカルロお兄様が迎えに来てしまった。

お父様譲りのくせっ毛と、お母様譲りの柔和で綺麗な顔立ちのお兄様。

マンデルソン家の嫡男である彼は、良家のお嬢様方にはなかなか優良株だ。

顔良し、地位良し、適齢期。

そんなおモテになるお兄様に、エスコートさせて申し訳ない。


「準備出来ておりますわ……嫌だけど」


「おお、リズベスとっても綺麗だよ」


「ありがとうございます……嫌だけど」


「じゃあ、出掛けようか」


「はぁい……嫌だけど」


「あははは」


カルロお兄様は笑いながらドアを開けて私を促す。

あああ、行きたくないぃぃ。

負のオーラを背負って進む私の背に、


「行ってらっしゃいませ。お嬢様……どうぞ、ご武運を」


と、メリッサの応援が届き、


「うむ。行って参る……」


という悲壮感漂う私の返答に、隣でお兄様が盛大に吹き出した。

可哀想な妹を笑うなんて……失礼なお兄様。

こうして、私の長い長い舞踏会の夜は幕を開けるのだった。

お読み頂きありがとうございます♡

今回は少し短めです。

次話も2.3日以内に更新します。

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