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5.

それから更に2週間経ち、怪我をしてからまる1ヶ月が過ぎようとしていた。

怪我もかなり良くなってきて、お医者様からも通常生活の許可が昨日下りたばかり。

昨日も診察してもらったが、やはり背中の傷は痕が残ってしまうようだった。

あまり気にしていない私を家族や使用人達は、なんて健気だと涙した。

……本当に気にしてないだけなのだけど。

そして今日、私はウキウキしながら庭の散策に出ようとしていた。

久しぶりにネグリジェからワンピースに着替え、イザベラに帽子を被せてもらおうとしていると、扉がノックされる。

許可の返事をすると、ローレンスが入ってきた。


「失礼致します。お嬢様、お客様がお見えでございます」


「お客様?どなたかしら?」


「ユアン・メイスフィールド様でご……」


ローレンスが言い終わらないうちに、私は部屋を飛び出した。

しばらくベッド生活だった足は、筋肉が落ちて思うように走れない。


「お嬢様。ティールームでございます」


もつれる足で階段を降りる私に、頭上からローレンスの通る声が聞こえる。


「わかったわ!!」


私はローレンスに教えられたティールームに向かって走る。

本当はノックをして入るのが礼儀だけど、ノックもせず、バターン!と勢いよく飛び込む。


「ユアン!!」


突然勢いよく開いたドアと私に、ユアンはビックリして飛び上がった。

そんなユアンに構わず駆け寄り抱きしめる。


「ユアン!!無事で良かった!!」


「り、リズ……」


あの日から1ヶ月、ユアンに会ったのは今日が初めて。

無事だとは聞いていたけど、可愛がっていた幼馴染の無事を自分の目でずっと確かめたかった。


「あの時は、怖い思いをさせてごめんなさい」


腕の中からユアンを離すと、ユアンはブンブンと頭を振った。


「ぼ、僕のせいで、リズに怪我をさせて……僕こそごめんなさい」


「ユアンは何も悪くないわ!やめようって言ってたユアンを連れて行ったのは私だもの。怖かったわよね……本当に本当にごめんなさい」


「でも……リズは僕を守ろうとしたから怪我したんでしょう?」


確かにあの時思ったのは、ユアンを守らなくちゃという事だった。

こんな所に連れてきた自分の責任だから、という気持ちもあった。

でも、何より思ったのは。


「大切なユアンを守るのはあたりまえでしょう?」


弟のように可愛がっているユアンを何としても守りたかったのだ。

ユアンは綺麗な紫の瞳を細め、笑顔でありがとうと言った。

ああ……天使だ。ほんっとに可愛い。

こんなに愛らしいユアンが、あのゲームのユアンに成長するなんて想像がつかない。

冷たい目でこちらを見て『出て行ってくれ』て言われたり、睨まれて『君に関係ない』て突き放されたり……ゲームの序盤はけっこう酷い扱いされてましたよ?

中盤になっても無視されたり、迷惑な扱いされたり……ユアン難易度高し!!と、攻略サイトを見て回ったり。

そこへ開いたままのドアをノックする人物が。

イザベラがお茶とお菓子を持ってきてくれたのだ。

私達はお茶とお菓子を食べながら、会えなかった間の話をした。

途中入ったイザベラのお説教に、二人して縮こまる場面もあったが、しばらく会えなかった私達の話は尽きなかった。

ユアンは何度かお見舞いに来ようとしたが、おじ様に止められたらしい。


「リズは怪我でベッドから出られないから、良くなってから行きなさいって言われたの」


「そうよね。面会謝絶状態だったから」


「めん、かい……しゃ?」


「気にしないで。寝てなきゃ駄目よって、なってたって事」


分からない単語に首を傾げるユアンに微笑んで、私は言い直した。

「そっか」と言ったユアンは、少し眉を寄せて私を上目遣いで見上げる。

何この天使。

7歳で母性に目覚めそうなんですけど。

あ。

中身は20うん歳も入ってるけども。


「……まだ、どこか痛いところある?」


「ユアン……」


心配そうに尋ねるユアン。

なんて……なんて……


「なんて優しい子なのかしら……!心配無用よ!!もうすっかり元気なの」


「そう!よかったぁ」


ニコニコ微笑む天使に後光が見える……!!

想像の中で目が眩んでいると、メイスフィールド家の侍女が「お話中に失礼致します」とユアンの傍に腰を折る。


「坊っちゃま、そろそろ失礼する時間でございます。リズベスお嬢様は回復されたばかり、あまり長居をしてはお体に良くありません」


言われて気がつけば、結構時間が経っていた。

楽しい時間は過ぎるのが早い。

名残惜しいけど、今日はここまでね。

私はソファーから立ち上がる。


「ユアン今日はありがとう。また一緒に遊びましょうね」


「うん……」


ユアンを見送ろうと、イザベラが開けてくれたドアを出た時、ユアンに名前を呼ばれ振り返る。

そこにはさっきまでと違い、力強い眼差しのユアンが夕日を背に立っていた。


「僕、魔術学園に入ることになったんだ」


「ええ!お父様から聞いたわ。スゴいわね!」


そこであなたは首席になるのよ。

とは言えないけど、何故か私が誇らしくなる。

ユアンはコクンと頷いた後、しっかり私を見て言った。


「魔術を勉強するんだ。僕、魔術師になるんだよ」


「そう!きっとスゴい魔術師になれるわ」


「うん!スゴい魔術師になって、もうリズに怪我させたりしないよ。僕が守る!」


「ユアン……」


スゴいどころか国1番の魔術師になっちゃうんだけどね、と心の中で突っ込んでいた私は、ユアンの言葉にハッとさせられる。

きっと私が怪我したのがかなりショックだったのね……。

死にはしなかったけど、結局トラウマになってしまったのかしら。

でも私モブキャラだから、多分今回みたいなデンジャラスな事には今後巻き込まれないと思うわ。

──怪我の事なんて気にしないで。私なんて守らなくても大丈夫。

そう伝えようとすると、先にユアンが私をイザベラの方へそっと押す。


「送らなくても大丈夫。リズはまだ無理しないで」


じゃあ、と言って駆け出すユアンは途中で一度振り返り、


「僕、必ずスゴい魔術師になるよ!そうしたら、リズをずっと守るからね!」


もう一度、宣誓するかのように叫ぶと、また走って行ってしまった。

その後を侍女が急いで追いかけて行く。

「坊っちゃま!お待ちください!」という声が、だんだん遠くなっていった。


「喋る隙がなかった……」


ティールームの入口で佇んでいた私は呟いた。

後ろからイザベラの声が返ってくる。


「ユアン坊っちゃまも、少し大人になられたんですねぇ」


「大人に?」


しみじみ言うイザベラに私は振り向く。


「ええ。僕が守るんだ、なんて素敵じゃないですか」


ああ、そうか。

泣き虫のユアンが強くなろうとしている。

こうやって男の子は大きくなっていくのね……。

私はイザベラの言葉に頷き、ユアンが去って行った方へ視線を戻す。


「巣立っていく、子ガモを見送る親ガモの気持ちね……」


「…………」


あら何故かしら。

イザベラとの間に冷たい風を感じたわ。

そんな私に溜め息をつき、イザベラは言った。


「何を仰っているのか……せっかく坊っちゃまがプロポーズをされたと言うのに」


「…………」


うん?

何だって?

今プロポーズって言いました?


「プロポーズ?」


「はい。プロポーズ」


「誰が?」


「ユアン坊っちゃまが」


「……誰に?」


「お嬢様に決まってますでしょ」


決まってませんけど!?

そんな馬鹿な……。

ゲーム的にも、お子様ユアンの性格的にも、私にプロポーズなんて有り得ないでしょ。


「ふふ、変な事いうのねぇ。ユアンはまだ5歳よ?プロポーズなんて知ってる訳ないじゃない」


「そのような事はございません。5歳であれば、婚約者がいらっしゃる方も在られます」


「そうだけど、だからって、ユアンはプロポーズなんてしないわよ。だって──」


ユアン【メインキャラ】、私【モブ】だもの。

そんな事あるわけない。ここは交わらない別次元のものだから。

とは、イザベラに言えないけれど。


「とにかく、きっと私の怪我を自分のせいだと思ってしまったのよ……そして強くなろうと、新たな1歩を踏み出そうとしているんだわ」


そうよ!

ユアンを見習って、私も新たな1歩を踏み出さなくちゃ。

こうしちゃ居られない。

私はイザベラにガッツポーズで言った。


「イザベラ!私も新たな1歩を見つけるわ!!」


モブで特殊な能力や才能がなくても。

傷痕があってお嫁にいけなくても。

私は好きだったゲームの世界で、第2の人生を生きる事が出来る。

だったら満喫しなきゃもったいない。

その為に何をしたらいいか。

それを見つければ私も未来へ踏み出せるはずだ。

──そうね、まずは生涯独身だとして、生活する為に私に出来る事はあるかしら?


ご令嬢らしからぬがに股で部屋へ向かう私をイザベラはため息とともに見送っていた。


「ユアン坊っちゃま……お可哀想に」


などという、哀れみのこもったイザベラの独り言は、意気揚々と進む私には知る由もなかった。

お読み頂きありがとうございます!

ランキングに載ってる訳でもないのに

こんなに沢山の方に読んで頂けて感謝です!


さて、次回より本編へ突入します。

楽しんで頂けますように……ビクビク

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