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3.

閉じた瞼に光を感じ、私はそっと目を開けた。

重い瞼を上げればぼんやりと視界が開けてくる。

まず目に映ったのは、見なれた天井だった。

私の、リズベスの部屋の天井だ。

ー私、眠っていたのかしら……。

そう思い、体を起こそうとして私は悲鳴を上げた。


「っああ!!」


体を起こそうと身じろいだだけなのに、全身を激痛が走ったのだ。

私は小さな自分の体を丸め、痛みを逃そうと息をつく。

開いたばかりの目は涙で滲む。

全身の骨でも折れているのだろうか。

こんな痛みを経験したことは私も、《私》にもなかった。


「お嬢様!?」


バンッと乱暴にドアが開き、聞き慣れた声の主が入ってきた。

焦った顔が、ベッドで悶える私の視界に映る。


「イザベラ……」


声を出すと、喉がカラカラなのが分かった。

水が飲みたい。

そんな事を考えていた私を見て、イザベラは口元を押さえ、真っ赤な顔でボロボロと涙をながした。

イザベラが泣いてる!!

驚いた私は、一瞬痛みを忘れ目を見開いた。

イザベラはマンデルソン家の乳母であり、教育係であり、元メイド長でもある。

父の乳母として勤め始め、その手腕を買われ現在に至るまで40年、ずっと我が家に尽くしてくれている。

乳母、教育係でもあるイザベラに、私は毎日の様に怒られていた。

ご令嬢らしからぬ私を、鬼のような形相で追いかけてくるイザベラから半泣きで逃げ回っていた。

怒った顔ばかり見ていたけど、もちろん良い事は笑顔で褒めてくれたし、イタズラをして驚いた顔も見たことある。

でも、イザベラが泣いている姿なんて、私は見たことがなかった。


「お嬢様!!意識が戻られたんですね!!今、お医者様を!!ああ!旦那様と奥様にもお伝えを!!」


イザベラは驚いて固まる私に構わず、足をもつれさせながら部屋から飛び出して行った。

水が飲みたいと伝える暇もなかった。

私がイザベラを泣かせてしまったのかしら……。

少なからずその事にショックを受ける。

驚いたお陰で意識はハッキリしていた。

《私》を思い出した事も、なぜ体が痛くて動けないのかも。

そうだった。確か、森に木苺を摘みに行って、そこで突然現れた魔術師に襲われて……

そこまで思い出して、ハッとする。

ユアンはどうしたのだろう。

ユアンの無事を確認しようとして意識を手放してしまったけれど、ユアンは無事だったんだろうか?

怪我していたり、あの後例の魔術師に連れ去られたりしてないだろうか?

ユアンの無事を確かめたくて起き上がろうにも、体が痛くて起きられない。

誰か来て!と思った時、


「「「リズベス!!」」」


激しくドアを開けて複数の人達が入って来た。


「ああ、リズ!意識が戻ったんだね。良かった……本当に良かった……!!」


そっと頬に手を触れ、お父様は少し涙ぐみながら優しく微笑んだ。


「リズっ……ぐすっ……よがっ、ううぅ……よがっだっ、う、うわぁぁぁん」


お母様は私の手を握って号泣してしまった。

綺麗なお顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになってしまっている。

後ろではお兄様達が安堵の表情でこちらを見ていた。


「ごめん……なさい」


こんなに皆に心配をかけたのは、私が森になんて行ったせい。

《私》の記憶が戻ったからか、自分の行いがどれほど危険なことか理解出来た。

貴族の、しかも子供が供もつけずに外に出るなど、金銭目的で傷つけられても、悪い大人に捕まったとしてもおかしくないのだから。

しかも今回は上位魔術師から襲われるという、それ以上に危険な目に合っている。

優しく頬を撫でながら、お父様に問われる。


「何があったか、覚えているかな?」


「はい……あ!ユアンは?ユアンは無事なのですか!?うぁっっ!!」


「リズ!!」


勢い込んだ拍子に痛みが走り、呻いた私にお母様が悲鳴のような声を出す。

お父様はお母様に「落ち着きなさい」と優しく言ってから、私を見た。


「リズも落ち着きなさい。ユアンは無事だよ。心配はいらない」


「本当に?怪我は?どこか怪我したりしてない?」


落ち着けと言われても矢継ぎ早に尋ねる私に、お父様は苦笑しながら言った。


「大丈夫、本当に無事だよ。怪我も膝を擦りむいたぐらいだった。大怪我をしたのはリズ、君なんだよ?」


「大怪我どころではありません!!」


お父様の言葉に、お母様の怒った声が重なる。

涙でぐちゃぐちゃの顔で、お母様は泣きながらも目を釣り上げていた。


「血だらけで……全然目も覚まさなくて……お医者様にはこのまま目を覚まさないかもと言われていたのですよ!!」


「ローズ」


お父様が肩を抱くと、ぶわっとお母様から再び涙が溢れた。


「何日も目を開けず……このまま天に召されたらどうしようかとっ……」


「っ……お母様」


「目が覚めて本当にっ、良かった……」


「ローズ、リズは目が覚めたばかりだから先生に診てもらったら少し休ませよう。その後、ゆっくり話しをしよう」


「っズズ……はい」


お父様に呼ばれたメイドが、お母様を支えながら部屋を出ていく。

お父様は執事に先生を部屋まで連れてくるよう伝えると、私に言った。


「リズ。ローズが言ったように、君は3日間も目を覚まさなかったんだ。……死にかけていたんだよ?」


死にかけていた、というお父様の直接的な言葉で、自分が本当に危なかったのだとゾッとした。

お父様はそんな私の頭を優しく撫でてくれる。


「ユアンは本当に無事だから、リズはまず、自分が良くなる事を考えて欲しい」


ユアンが無事ならそれでいい。

私のように怪我もなかったようだし。

実際にこの目で無事を確認したいけど、ベッドから起きられない状態ではそれも叶わない。

それに、私を安心させる為にお父様が嘘をついたとは思えなかった。

私は素直に頷き、お父様を見上げた。


「お父様……」


「なんだい?」


「心配かけて……ごめんなさい」


お父様が微笑んでくれたところで扉がノックされ、執事とお医者様の先生が入ってくる。

先生に診てもらい、怪我が治るまではベッドから出ないよう言いつけられた。

しばらくはベッドで過ごすことになりそうだ。

お父様は、診察を終えた先生と部屋を出ていく前にこう言った。


「聞きたいことがたくさんあるだろう?お父様もリズに伝えたい事がある。でも、それは体が良くなってからにしよう」


お父様の言う通り、聞きたいことは沢山あったが、先に釘を刺されてしまっては諦めるしかない。

伝えたい事と言うのも気になるけれど。

ゆっくりお休み、と言って部屋を出ていくお父様の背中を見送った後、「イザベラ」と小さな声で乳母を呼んだ。


「どうされました?お水をお飲みになられますか?」


さすがイザベラ。

自分でも忘れていたけど、喉がカラカラだった。

イザベラから水を飲ませてもらい、ホッと一息つく。

でも、イザベラに伝えたかったのは水が欲しいと言うことじゃない。


「イザベラ」


「なんでございましょう、お嬢様」


「イザベラにも心配かけて……ごめんね」


素直に謝った私に、イザベラは少し目を見開く。

だけど直ぐに普段の顔に戻ると、


「お説教はお元気になられましたらしっかり致します」


と、宣告。

やっぱり怒られる事になりそうだ。

ユアンの言った通りだったな……。

ユアンがどうしているか気にはなったけど、お父様に言われた通り、まずは療養。

はぁと深く息を吐き、目を閉じた。

こうして無事(?)生死の淵から戻ってきた私は、その後1ヶ月ほどベッドでの生活を余儀なくされたのだったー。





ベッドでの生活も2週間ほど過ぎた頃、怪我もだいぶ良くなってきた。

動く度に激痛で唸ることも無くなり、楽になった。

先生にベッドの中でなら読み書きしても良いと許可をもらえたので、思い出した事を紙に書き出そうと考えた。

イザベラにお願いして、紙とペン、それにベッドに乗せられる台を用意してもらう。

書き物がしたいと言った私に、

「お嬢様が書き物をしたいなんて……」

と驚いていた事も付け加えておく。

他の使用人達も

「目が覚めてからお嬢様が急に大人びた」

と、不審がっているようで、私は少しドキッとした。

私は7歳のお転婆だけど、《私》は大人なのだから仕方がないのだ。

過去を思い出したはいいけれど、思い出した時が生死の狭間でのことだったので、一度記憶を整理してみようと考えた。

頭の中だけで考えるより、文字にした方が整理しやすそうだし。


「まず、《私》の事で覚えている事は……」


・女性で20歳以上であったこと

こちらの世界で女子は16歳の社交界デビュー【デビュタント】から一人前の女性として扱われる。

それから考えるとずっと大人だった訳だけど、

詳しい年齢は覚えていない。

・結婚はしていなかったこと

・働いていたこと

・ゲームが好きだったこと

名前や詳しい年齢も思い出せないけど、なんで死んでしまったのかも分からない。

記憶にないんだから突然の事故か病気なんだろうと推測する。

部分部分で思い出せない事もあるけど、私が《私》であったことは間違いない。

そして、1番気になるのが…


「乙女ゲームのこと、なのよね」


前世で遊んでいた乙女ゲームは、本当にこの世界と同じなのか。

《私》の記憶が蘇ったあの時、ユアンの特徴と名前が一致したことで、ここがゲームの世界だと決めつけてしまったけど……

実は偶然の一致で、ゲームとは全然別物、なんて事はないだろうか。

とにかく思い出しながら書いてみよう。

まずあのゲームのタイトルは何だったかしら……思い出せない。パス。

舞台はファンタジーな貴族社会だった。

魔法が存在する世界で、不思議な力や道具なんかもあったり。

今私がいる世界も魔法は存在する。

魔法とは言わず魔術と呼ばれているけれど、魔法も魔術も同じものだ。

我が国メルジスタは魔術師育成にとても力を入れていて、魔術を学ぶ為の学園も用意されている。


「世界設定は似てなくもない…ぐらいの感じかしら」


メモに魔法=魔術と書いてみる。

ゲーム中の国について細かい事までは思い出せないので、ストーリーも書き出してみよう。

平民の娘として暮らしていた主人公。

実は伯爵家の娘だったことが発覚。

そのまま伯爵家に引き取られ、貴族となるのだけれど、平民としてずっと生きてきた主人公は貴族の生活や勉強に四苦八苦する。

そんな中、様々な男性と出会い困難を乗り越えながら、恋を育んでいく……

といった内容だったはず。

前世の《私》に言わせれば、まぁ在り来りなストーリーね。

だいたいこういう話って、主人公は貴族に染まってない明るくて、身分に構わず誰とでも親しくなれるっていうのが鉄板よね。

だけどこの世界で7年生きてきた私に言わせれば、そんな馬鹿な、と。

身分に構わず誰とでも親しく……なんて考えただけで恐ろしい。

それに王子様と結ばれたら「幸せ♡」だけでは済まない。

第1王子ということは王位継承権第一位。

結婚したら行く行くは王妃になる。

平民だった主人公には、それはそれは過酷な妃教育が待っているはずだ。

そもそも血筋はともかく、平民として育った主人公が王族に召し上げられるなんて現実的じゃない。

現実的……と考えて、はたっと気が付く。

もしここがそのゲームの世界なら、現実的でないのは私の方だわ。

コホン……。


「……まぁ、それは置いといて」


主人公と書いたところに沢山の“?”を書き殴っていた私は、ズレた思考を修正した。


次は攻略対象についてかしら。

メインの攻略対象は5人だったわね。

1人目はさっきも出たけど、王子様。

国の第1王子で金髪碧眼のThe王子様な容姿。

文武両道。穏やかで誰にでも優しい王子様。

“なんだけど”と続く設定、今後はなんだけど設定とよぶけど、実は腹黒っていう設定。

普段はキラキラな王子様が、ワルーイ顔で微笑むのにハートを射抜かれた女子多数。


「女子って、腹黒好き多いのよねぇ」


7歳らしからぬ台詞だったな、と反省しつつペンを走らせる。

そんな腹黒王子の名前は…


「アルバート・タウンゼンド様」


1番最初に攻略したキャラですからね。

しっかり名前も覚えてますとも。

そして、私の住むメルジスタ王国の王子様の名前は…


「アルバート・タウンゼンド王子…」


はい。名前の一致キター。

アルバート様の容姿については不明。

社交界デビューもまだな私には、王子様にお会いする機会など無いもの。

噂程度の情報によれば、とても美少年という話だけど、ゲームのキャラと似ているのかは不明。

確か私の1,2コ上の年齢だから、実際にお顔を拝見しても似てるかどうか分からないと思うしね。

でもユアンだけじゃなく、アルバート様の名前まで同じとは……

やっぱりここはゲームの世界なんだろうか。

次はゲームキャラのユアンについて、整理しながら書いていこう。

お読み頂きありがとうございます。

ご意見、ご感想など頂けたら嬉しいです。


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