2.
「ねぇ、メリッサ。本当にどこも変じゃない?」
フカフカのソファに腰掛けた私は、本日何度目になるか分からない同じ質問を口にする。
決して下品ではないが一目で高級品と分かる調度品に囲まれた応接間に通されて数分。
寛ぐことなど出来ずモゾモゾとお尻を動かしながら壁際に控えるメリッサを振り返る。
「どこもおかしくありませんよ」
「私みたいな地味顔が可愛いデイドレスなんて着て調子に乗ってるわ!みたいにならないかしら?」
「なるわけありません。お似合いです」
「じゃあ、じゃあ……」
「大丈夫です」
まだ何も言ってないのに!
何も言う前にバッサリ切り捨てられてしまった私は仕方がなく前を向く。
何故こんなに落ち着かないのかって?
それはここがメルジスタ王国で一番の権力を誇るキャンベル公爵家で、高級感溢れるこの部屋がキャンベル公爵家の応接間だからだ。
先日突如届いたクラウディア様からのお茶会の誘い。驚く事が続くと人は段々麻痺してくるのか、それとも適応するよう出来ているのか。
何故私にそんな誘いが届くのかとか、ひっそりと平和な生活を望む私がなぜに主要人物とばかり関わってしまうのかとか……混乱することはあったものの、迷わずお茶会に参加するお返事をした。
だってあのクラウディア様にお会いして、会話する事が出来るんだもの!
月の女神のような美しさ。それはこの前の舞踏会でも拝見できたけど、なんと今回のお茶会は2人っきり。
目の前で前世で好きだったクラウディア様の姿を堪能出来るなんて嬉しすぎる。
なんで私とお茶会をしたいのか分からないけど2人なんだから会話もあるだろう。
どう考えても勝ち組な容姿と家柄を持って尚、好いた男性を巡って嫉妬で意地悪とかしちゃうとか可愛いと思わない?
しかも意地悪って言ったって貴族社会の常識を伝えてるとか、当たり前の苦言を呈してるとか、言ってる内容は王家の婚約者として当然なことばかりだったと今にすれば思うし。
確かに「あなたの卑しい品性では理解出来ないのかしら?」と目の前に立ちはだかられた時はまさに悪役令嬢って感じだったけど。
公爵令嬢で美人で王子の婚約者なのに、王子が取られちゃうんじゃないかと心配になっちゃうなんて普通の女の子だわ。
しかも世に言う悪役令嬢みたいに物壊したり危害を加えようとしたりはないのよ?
正々堂々(?)邪魔してくるとかいい子すぎるでしょう。
そんなクラウディア様と現世では会ってお話し出来る、こんな機会を与えられて断れるわけがない。
まぁ、今回の話をしたカルロお兄様は「今度はキャンベル公爵家でお茶会……!?」と白目剥いていたけれど。
カルロお兄様の間抜けな顔を思い出しちょっと愉快な気持ちになっていると、扉がノックされる。
慌てて立ち上がり返事をすると、ちょっと声が裏返ってしまった。
一気に心臓がバクバクと動き出す。
開いた扉から美しいラベンダー色の髪の毛を煌めかせ、クラウディア様が現れた。
今日は少し濃いブルーのデイドレスがクラウディア様の美しさを際立たせている。
いや、何を着ても美人は美人なんだけどね。
それにしても……生クラウディア様が目の前に!!
めちゃくちゃ綺麗……と言うか可愛い!まだ少しあどけなく少女と女性の中間くらい?
とても危険な可愛さだわ!
じっくりクラウディア様を観察したいところだけど、まずはカーテシーで迎える。
クラウディア様の方が目上なのでただ突っ立てる訳にはいかないのだ。
「ご機嫌よう。クラウディア・キャンベルと申します。ようこそお越し下さいました」
声も美しい!……じゃなくて。
「リズベス・マンデルソンと申します。本日はお招き頂きありがとうございます」
「突然お誘いして迷惑ではなかったかしら?ぜひマンデルソン様とお話ししたいと思ってお誘いしてしまいましたの。いらして頂けて嬉しいわ」
「迷惑だなんてとんでもございません。とても光栄ですわ」
クラウディア様は微笑んで胸に手を当てる。可愛い。
貴族なんてものは微笑みの下で何を考えてるか分からないけど、とりあえず可愛い。
「良かった。今日はお天気もよいのでテラスでお茶にいたしましょう?ぜひ当家自慢のお庭もご覧に入れたいわ」
「まぁ、素敵ですね。ぜひ拝見したいです」
うふふ、おほほな会話を交わし、私たちはテラスに移動する。
これでも私だって伯爵家の娘なのだ。
貴族の嗜みである微笑みと上辺の会話ぐらいちゃんと出来る。
心の中では、めっちゃまつ毛ながー!とかウエストほっそ!とか興奮していても、だ。
テラスには既にティーセットが準備されており、色とりどりのお菓子やケーキが並んだテーブルには綺麗な花が飾られていた。
テラスから望む庭園は白とピンクの薔薇が咲き誇り、薔薇のアーチを進んだ先には天使が飾られた噴水や蔦薔薇に彩られた東家などが見える。
クラウディア様に促されテーブルに着くと、キャンベル家の侍女がお茶を注いでくれる。
ふわっといい香りのするお茶はきっと高級品なのだろう。
それどころか紅茶の注がれた茶器を見れば、詳しくない私でも分かるぐらい高級そうだ。
さすが公爵家。
至る所がゴージャス。間違っても割らないように気をつけよう……。
クラウディア様がお茶に口を付けたのを見てから私も口を付ける。
家で飲んでるお茶も美味しいけど、それ以上に香り高い美味しいお茶だ。
「とても美味しいです。それに素敵なお庭ですね」
お茶を頂いてから先ほど誘い文句で出てきた庭を褒める。
どんな庭であろうが招かれた客の礼儀として褒めるのがマナーだけど、本気で立派な庭園だったのでお世辞抜きの本心だ。
「気に入って頂けて良かったわ。三代前のお祖母様が王家から降嫁された際に植えられた薔薇ですの。王家と当家にしかない特別な品種なんですのよ」
「貴重な薔薇なんですね。素晴らしいですわ」
にっこりと微笑まれたクラウディア様に「女神か」と脳内の私は目を輝かせたが、表面上は淑女の微笑みを崩さずクラウディア様に同意する。
そんな私を見たクラウディア様が一瞬笑みを消したように見えたが、次の瞬間には微笑んでいたので見間違いかもしれない。
それからは取り分けられたケーキを頂きながら会話を続けていく。
クラウディア様の美少女っぷりを堪能しながら美味しいお茶とケーキを頂くなんて、なんて素敵なご褒美だろうと思っていたが、徐々に気になることが。
先ほどから会話の中で「王家とキャンベル公爵家のつながり」みたいなフレーズが多いのだ。
多いというか、ほとんどその流れの話しかしていない。
「キャンベル公爵家の避暑地に国王陛下ご家族がいらしたことがある」とか。
「我が家の家庭教師は以前王妃陛下の王妃教育をしていた」とか。
その度に私は「素晴らしいです」「さすがですね」など相槌を打っているけれど、さすがに何か思惑があるのでは?と思い始めている。
でも私に王家との繋がりを話して一体何になると言うのだろうか。
一般的にすごい家柄なんだと思えば、その恩恵に与ろうとクラウディア様に侍るような人達はいるだろう。
けれど私は社交の場にもほとんど参加せず、キャンベル公爵家がマンデルソン伯爵家と繋がりを求めてるなんて話もお兄様は言っていなかった。
今回の話を聞いて白目剥いてたくらいだし。
「ところで」
はてさてと首を傾げていたところ、クラウディア様が微笑みを消したお顔でこちらを見る。
急に真顔になると美人なだけに迫力があるな……。
ちょっとビビりながらも私はティーカップを戻しクラウディア様の言葉を待った。
「マンデルソン様は……アルバート王太子殿下と懇意にされていらっしゃるの?」
「……ほへ?」
とんでもない事を言い出したクラウディア様にさっきまで被れていた淑女の仮面が剥がれ落ち、アホみたいに口を開けてしまった。
そんな私を見て何を思ったかクラウディア様は表情を曇らせる。
「やはりそうなのね……」
いやいや、このポカン顔を見てなんで「そうなのね」になるの!?
「いえ、ちょっと誤解が」
「この度、私クラウディア・キャンベルがアルバート殿下の婚約者に内定しました」
「え、あ、おめでとうござ」
「例え殿下とマンデルソン様が良い仲だとしても、これは国としての決まり事ですから納得頂きたいわ」
「ちょっ、まっ、ですから誤解で」
「流石にアルバート殿下もご納得頂けると思うの」
全部最後まで言わせずぶった斬ってくるな、この人!
なるほど。さっきから王家との繋がりをアピールしていたのはこの流れの為だったのか。
なんて分析してる場合ではない。
あわあわしてる内に進んでしまうクラウディア様に心の中でツッコミを入れつつ、私は慌てて誤解を解こうと立ち上がる。
立ち上がった拍子に椅子が音を立ててしまい、クラウディア様が驚いた顔でこちらを見た。
「全くの誤解です!私はアルバート殿下と良い仲ではありません!それはもう全く!」
力いっぱい、握り拳をつけて全力で否定する。
良い仲どころか仲良くもないし。不敬を気にする事なく言わせてもらえば、性格に問題があるポンコツ王子だし。
こんなに全力で否定したのだから誤解だったと分かってもらえただろうか。
しかし予想に反してクラウディア様は厳しいお顔でこちらを睨んでいる。
「惚けなくてよろしいのよ。良い仲でないのなら、何故先日の舞踏会で貴方をダンスに誘ったというの?」
「あれは、何というか、一言で説明出来ない事情があったというか……」
アルバート殿下は、ユアンに私と再会する機会を作ろうとしただけなんだけど、これを一言で説明するのは不可能だ。
まるで浮気がバレた時の下手な言い訳みたいになってしまい、更にクラウディア様の不信を買うことになってしまった。
「やっぱり。言えない仲という事ね。それに……あの時の髪飾り」
「髪飾り?」
「付けていらしたでしょう?アルバート殿下から贈られたパールの髪飾りを」
「アルバート殿下から贈られたって……贈られた!?」
確かに舞踏会の日、昨年名無しの君から頂いたパールの髪飾りを着けて行ったけど。
あれがアルバート殿下からのプレゼントだったって言ってるの!?
仰け反って驚く私を嘘がバレて驚いてるとでも思ったのか、クラウディア様も立ち上がりこちらを責める様に睨め付ける。
「バレて無いと思っていたのね。あの髪飾りは我が家の商会で取り扱ってる物で、昨年アルバート殿下からの依頼で王家に届けさせた物なの。貴重な物で数も出回ってないから誤魔化そうとしても無駄ですわよ」
「いやいやいや!アルバート殿下からの贈り物な訳がありません!だってアルバート殿下とは舞踏会でお会いした時が初めてなんですよ!?」
「まあ!そんな誤魔化しが通ると思ってらっしゃるの!?ではあの髪飾りはどうやって手に入れたというの?」
「あれは……見知らぬ方からの頂き物で……」
「そんな訳がないでしょう!もっとまともな嘘はなかったのかしら」
側から見たらクラウディア様の言う通りなんだけど。
だけど真実なんだからしょうがない。
アルバート殿下と初めて会ったのは舞踏会のダンスの時だったし、髪飾りは名無しの君から届いたもので相手の事は何も知らないし、全くもってアルバート殿下と良い仲ではないし。
「とにかく!嘘なんて何も言っていません!私はアルバート殿下を好きでも無いし、アルバート殿下も私を何処にでもいる女だと評していらっしゃいました!」
ユアンが褒めちぎっていた割に何処にでもいそうな女で驚いたって言っててものね。
その通りだと自分でも思うけど、放って置いてちょうだい。
「そんな親密な会話をする間柄なんですのね!それなのに嘘で押し通そうなんて見苦しいですわよ!」
お茶会といえば微笑みを貼り付けて内心を悟らせず、言葉の駆け引きで社交をする場なはずだが、今や2人とも立ち上がり、微笑みどころか片や目を吊り上げて怒っている状態で。
もはや混沌だ。
だから私の処理能力が限界を超えたとて、誰にも責められないんじゃなかろうか?
何を言っても分かってもらえず、逆に悪い方へと向かっていくことに焦れた私は禁断の言葉を口にしてしまった。
「嘘ではありません!だいたい私はしがないモブなんですよ!?」
「……もぶ?」
首を傾げるクラウディア様の様子が目に入らず、私は両手をバンッとテーブルに付き訴える。
「王子様と恋に落ちるのは主人公だし!悪役令嬢であるクラウディア様から叱られるのも主人公です!モブの私じゃありませんんんん!!」
「だから『もぶ』ってなんですのぉぉ!?」
綺麗な青空の下、私達の絶叫が響いて消えていった。
投稿に時間いただきました!
楽しんでいただけます様に(๑˃̵ᴗ˂̵)